第13話 苔むした古代城、はじめての“内見”
ユータとカイの新国家プロジェクト、まずは「住まい」から。冥帝の軍資金を握りしめ、セリア&エクレオも冷やかし半分に同行して、山間の断崖に張りつく古代城を“内見”。外観は苔とひび割れだらけ――なのに基礎は妙に完璧。玉座の脇に「魔城礎石」の受け、地下には謎の円形装置……建築士ユータの脳がフル回転し、カイの脳内は“新居での甘い生活”が暴走気味。気づけば、物件ページの『今すぐ購入』が光っていて――。
山間の断崖に、石造りの大城が張りついていた。
緑の苔とツタが外壁を覆い、塔の屋根はいくつか傾き、石の橋やアーチには無数のひび。風が吹くたびに蔦がさわさわと鳴り、古い鈴のような音がどこからともなく響く。
「ここが……」
ユータは思わず息を呑む。
「写真より苔がすごいな」
隣のカイが真顔でうなずいた。
「遊びじゃないですからね?」
後ろからセリアが水晶端末を起動しながら歩み寄った。透明な魔法陣のスクリーンがぱっと展開する。
「記録では“ドロミア=ヴァルゼル”の拠点、『滅びの城』。長らく空き家。――危険度は高、でも基礎は堅牢」
(“滅びの城”。……ドロミアは滅びた、のか)
ユータは心の中で、どこか物悲しい伝説を想像する。
「わーすっごい! 映える〜!」
エクレオは既にアーチの下でポーズを取っていた。「苔むしムービー撮るから、ちょっとだけ待って〜!」
エクレオを置き去りに、三人は石橋を渡って正門へ。
近づくほど、ユータの表情は引き締まっていく。
ひび割れた目地――だが石は噛み合い、沈みが少ない。アーチの割れ筋は“死んだヒビ”で、荷重は別の経路に逃がしている。
「……基礎、やたらしっかりしてる」
独り言が、感嘆に変わる。
カイが横目で笑う。
(……ユータと一緒に住めるなら、苔だらけでもここは楽園だ。朝は苔庭で肩を並べて茶を飲み、夜は――いや、落ち着け俺。壁厚は遮音性が高い……って何を確認している。あんなことや、こんなこと……いや、落ち着け)
カイは小さく咳払いをして、表情を引き締め直した。
「見て、壁の通し穴。ここ空気の通り道だ。風の縦坑で換気して、苔の層で湿度を調整してる……現代のサステナ設計と同じ発想。いや、それ以上に理にかなってる」
ユータは指で苔の縁をそっと撫で、暗渠の角度を目測する。「勾配が三分。水勢を殺さず淀ませない絶妙ライン……!」
重い扉をこじ開け、内部へ。ひんやりした空気と、苔と石灰の匂い。
崩れた廊下の先に、細い光の柱が降りていた。天井の採光スリットが、まだ生きている。
「うわ、キレイ」
エクレオが両手で光をすくう真似をする。
「見て、この梁。土台に“くさび型”でガッチリ噛ませてある。石と一体化してて、ちょっとやそっとじゃ抜けない。……古代魔族の職人、相当こだわってたんだな」
ユータは石梁を見上げて唸った。「再利用できる。補強すれば、まだまだ使える」
謁見の間へ。苔むした玉座と、その横にちょこんと置かれた低い台座。台座には、円形の受けと古代文字の刻印。
玉座の座面には、なぜか色褪せた座布団。
「……この魔王、腰が悪かったのかな」
ユータが呟くと、
「……案外、実用主義の魔王だったのかもしれんな」
カイは玉座を見つめたまま、ぽつりと言った。
ユータの心はこの城に決まった。
胸の内が高鳴る。
彼はカイへ振り返った。「ねえ、カイ」
「うん」
「可愛いものも、ちゃんと作る。薔薇の刺繍でも、詩のレリーフでも。……約束する」
ユータは少し照れながら笑った。
カイは短く息をのみ、視線を逸らして耳まで赤くする。
「……言わなくていい」
「でも言いたい。……ここ、僕たちの城にしたい。いい?」
ユータは正面から目を合わせる。
一拍の沈黙。
カイはゆっくり頷いた。「お前が決めたなら、俺は支える」
視線が絡み、ふたりは同時に微笑んだ。
「――はい、甘い空気終了。購入手続き入ります」
セリアが二人の間にスッと割り込むように台座の前へ。
水晶端末を操作する。
空中に“物件ページ”が開いた。『苔むした古代城 価格:1,800,000ディナール』。その下に、堂々と――
『今すぐ購入』のボタン。
「ほんとに“ポチる”の……?」
(手汗で端末落としそう……いや押すのセリアさんだわ)
ユータは現実世界の通販と似た感覚に半ば混乱気味にごくりと唾を飲む。
「買い物は勢いッス!」
エクレオが親指を立てた。
セリアが冷静に親指を押し込む。
――ピロリン♪
空中に『ご購入ありがとうございます』の淡々とした表示、そしてユータの腰の袋が、ふっ……と軽くなった。
「え、いま、物理的に軽くなった!?」
「決済は“冥帝帳”に直結。袋に入ってるのは顕現した残高。——残り、1,200,000ディナール」
セリアがさらりと言って、レシートらしき光の紙をユータに渡す。小さく「返品不可」の文字。
「リアル〜!!」
「では、所有権の確定に移る」
セリアが指し示した玉座横の台座。ユータは冥帝から授かった黒曜の石――“魔城礎石”を両手で持ち、慎重に嵌め込んだ。
ぴたり。
次の瞬間、台座の刻印が一斉に発光し、細い光の輪が床を駆ける。壁、柱、天井、外壁へ。城全体に結界の格子がぱっと走り、透明な膜がふっと揺れた。
『所有者認証完了――ユータ=ミナト』
『補助管理者登録――カイ=シェリダン』
澄んだ声が空間に響く。
結界光が静まるのを見ながら、カイの脳裏にふっと妄想が浮かぶ。
――玉座に腰掛け、白金の光を背に受けるユータ。
その右に控える自分は黒の外套を流し、片膝を折って控える自分。外套の縁には細い銀糸の縁取り、裏地には誰にも見えない薔薇の小さな刺繍。胸元の銀鎖にはユータの紋章。爪は短く整え、手袋は柔らかな革で音を立てない。来賓がざわつけば、自分が半歩進み、名乗りと要件を簡潔に捌く。ユータがわずかに手を上げれば、場は自然と鎮まる。退場の折、外套の陰で指先が触れ合う――それで十分に、満ちる
(いい……いや、最高だ。マントの裾はあと三指ぶん長いほうが威厳が出る。ユータの右手であり、夜はただの恋人でいたい)
「カイ?」現実のユータに名を呼ばれ、肩が小さく跳ねる。
「……なんでもない」耳の熱を咳払いで誤魔化した。
「地下も確認したい。水源と基礎の状態」
ユータが頷くと、四人は地下へ続く階段を下りた。苔に覆われた手すりはひんやりと湿り、階段の隙間から涼しい風が吹き上がってくる。
最下層。
そこは広い円形室で、床に複雑な魔法陣が刻まれ、周囲には古い装置が等間隔に並ぶ。黒曜の柱の先端には、瘤のような魔石のソケット。天井からは太い鎖が垂れ、その先には巨大な輪。
エクレオが目を輝かせる。「円形室……音響、やば……ここ、ライブできるかな?」
セリアが眉をひそめて制止する。「やめてください」
セリアはため息をひとつつき、端末を片手に床へ膝をつく。指先で刻線をなぞりながら、静かに言った。
「……ところで、この紋様、転移陣の記法に近いですね」
ユータも身を屈め、幾何の結び目を追う。
「でも配置が違う。普通は力を“逃がす”導線だけど、これは“集めて”中央に落としてる……持ち上げる仕掛けかも」
「つまり?」エクレオが首をかしげる。
「私にはわかりません。稼働していない何かの仕掛け、かもしれませんね」
四人で見渡した地下機構は、謎を残したまま静かに息を潜めていた。
だが、ユータの胸には確信めいたものが芽生えている。
(ここは、ただの廃墟なんかじゃない。まだ目覚めていない“機能”がある。起こしてやる)
つづく
読んでくれてありがとう! 今回は「廃城内見あるある」を異世界でやってみました。
玉座横の台座に礎石をはめて結界が起動、ここからユータの設計魔王ロードが本格始動です。地下円形室の正体、そしてこの城の“元主”にまつわる噂は次回で少し近づきます。さらに南の魔王の不穏な匂いも……! 感想で「この部屋こうリフォームして」案、ぜひ教えてね。




