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第9話 ビアホールの祝福と初夜の準備

魔族の婚礼は、獲物を狩って焚き火で食べるだけ――。

そんな野営みたいな儀式に首をかしげたユータは、

人間と魔族の文化を融合させた“新しい婚礼”を提案する。

そして迎えた当日、笑顔と祝福に包まれる二人だったが……夜はまだ長い。

 大広間は、華やかなざわめきと芳しい香りに満ちていた。

 磨き上げられた石床に反射する無数のランプの光、天井を彩る魔法の飾り布がゆるやかに揺れ、祭礼の楽団が賑やかな音を奏でる。


 集まった客たちは、各地の魔族の貴族や職人、そして見知った顔も多い。

 ルシアスはグラスを片手に、広々とした会場を見回して感嘆の息を漏らした。

「ほう……この“ビアホール”とやら、なかなか趣があるではないか。立食形式とは、よく考えたものだな」

 グラスの中で黄金色の泡が静かに弾ける。


 隣にいたセリアは、目を細めて頷く。

「魔族の婚礼の習慣とは異なりますが……これはこれで素晴らしい。まさに文化の融合ですね」


 テーブルの向こうでは、エクレオが皿を抱えながら上機嫌で叫んでいる。

「もう、食べすぎです〜! 飲みすぎです〜! 愛の乱舞ですぅ!」

 その周りで笑いが起こり、賑わいはますます増していく。


 そんな光景を、会場奥から眺めるユータとカイ。

 並んで立つ二人は、互いに視線を交わし、どこか照れくさそうに笑った。


 ――数日前に遡る。


「ねぇ、カイさん。魔族の婚礼の儀って、どうやるの?」

 ユータは食堂のテーブルで紅茶を飲みながら、軽い気持ちで尋ねた。


 カイは、いつも通り落ち着いた声で答える。

「二人で獲物を狩りに行き、それを焚き火で焼いて食べる。それで終わりだ」


「……え、それだけ?」

「それだけだ」

「なんか野営みたいじゃん! もっとこう、華やかに皆で祝えるのがいいよ」

「……それが普通だ。俺たちの習慣だ」


 カイは少し不思議そうに首を傾げるが、ユータは身を乗り出した。

「せっかくなら皆が楽しめて、思い出に残る式にしようよ。立食形式のビアホールみたいな会場で、料理やお酒を自由に取って、笑って祝ってもらうんだ」


 その日から、ユータは設計図を描き始めた。

 柱の位置、照明の角度、テーブルの配置……火の精霊を使った料理の演出まで、細部にこだわった。

 魔族らしい豪快さと、人間世界のもてなしを融合させた、唯一無二の婚礼会場がこうして生まれた。


 ――そして、当日。


 正装に身を包んだユータとカイが会場に姿を現すと、歓声と拍手が一斉に巻き起こった。

 両手には、金属細工のランプがひとつずつ。その中では、小さな火の精霊がゆらゆらと踊っている。


 ユータとカイはゆっくりと客席を回り、各テーブルの中央にランプを置いていく。

 精霊の炎は、瞬く間にテーブル上の料理へと伝わり、豪快な肉の塊が香ばしい匂いを立ち上らせた。


 司会役のエクレオが、声高らかに宣言する。

「この肉は、新郎新婦が共に狩った獲物でございます〜! 皆さま、存分に召し上がれ〜!」


 笑い声と歓声が混ざり合い、会場は熱気に包まれた。

 魔族の文化を尊重しつつ、新しい形で祝福を受ける――それはユータらしい答えだった。


 宴の終盤、グラスを傾けながら、ユータは隣のカイに小さな声で囁いた。

「僕、この世界に来て……本当によかった」


 カイは、その言葉に一瞬息を呑む。

(……今だ。言わなきゃ。いや、でも……)

 胸の奥がざわつき、心臓が速くなる。

 そして――

「……ユータ。愛してる」


 ユータは、少し驚いたように目を瞬き、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。

「僕もです。愛してます、カイ」


 その瞬間、拍手と口笛、そして「おめでとう!」の声が会場を埋め尽くした。


 クラヴィスとルシアスが二人のもとへ歩み寄る。

「二人とも、おめでとう」クラヴィスが静かに言う。

 そして、ふっと笑って――

「さて……魔王ユータ」


「えっ、僕が魔王!? 冗談ですよね?」

 ユータは笑ってみせたが、クラヴィスもルシアスも真剣な表情を崩さない。


「近日中に領地を与える。どんな国にするのも、お前の自由だ」

「もちろん、我が国の建築の手伝いも頼むぞ」ルシアスが肩を叩く。

 ユータは一瞬戸惑い、そして深く頷いた。

「……こちらこそ、よろしくお願いします」


 ――その夜。


 部屋に戻った二人は、どこかぎこちなく向かい合った。

「……これって、初夜ってやつなのかな」ユータが小声で言う。


 カイはゆっくりと歩み寄り、瞳を細める。

 その瞬間――シャキンッ! と、五本の爪が一斉に鋭く光を放った。

 まるで抜き身の剣を突きつけられたような迫力に、ユータは一歩たじろぐ。


「ちょ、ちょっと……いいですか?」

 ユータはポケットから小袋を取り出し、中から銀色の爪カバーを取り出した。


「……何をしてる」

「実は……カイさんの爪、すごく鋭くて、僕、傷ついちゃうんです」

 恥ずかしそうに、けれど正直にそう告げるユータ。


 カイは短く息を吐き、何も言わずに右手を持ち上げると――

 シャキンッ! と音を立て、自分の爪をその場で切り落とした。

 長かった爪は、あっという間に短くなった……が、その切り口はやたらと鋭い。


「……いや、これ、逆に危なくない?」

「……」カイは無言で視線を逸らす。


「よし、じゃあ……紙やすりで削りますね」

 ユータは作業机から細かい目の紙やすりを持ってきて、カイの手を取った。


 するとカイは、指先を少し差し出し、わずかに耳まで赤くしながら「……あぁ」と呟く。

 その声音が、妙に可愛くてユータは思わず笑ってしまう。


「じっとしててくださいね……ほら、もうちょっと……」

「……くすぐったい」

「我慢してください」


 紙やすりが爪の先を滑るたび、カイの肩がほんのり揺れ、ユータの口元にも自然と笑みが浮かんだ。

 やがて、爪の先は丸くなり、触れても危なくない程度に。


「……はい、これで安全です」

 ユータが手を離すと、カイは短く「……ありがとう」と呟き、今度は自分からユータの手を握り返した。


──つづく。

無事に式を終えたユータとカイ。

甘くもぎこちない初夜の空気に、まさかの“爪問題”が発生!?

次回はさらに二人の距離が縮まる……かもしれません。

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