第7話 瞬殺の第二試練――そして、腕に結ばれた想い
第二の試練は、操縦するゴーレムを選び、闘技場で戦うというもの。
ミラが選んだのは三階建ての巨体ゴーレム、対するユータは小型の魔鉱石ゴーレム。
派手さとは無縁の選択だったが――勝敗は、開始早々に決した。
そして、戦いの後に訪れるのは、誇り高き敗者の潔さと、カイとの静かなやり取りだった。
転移の光が消えると、そこはまるで天空を切り取ったような円形闘技場だった。
黒曜の観覧壁がぐるりと立ち上がり、その向こう側には濃紺の結界が夜空のように広がっている。星のような魔光がちらちら瞬き、風はなくとも高所の冷たさが頬を撫でた。
足元は乾いた砂地。昼間の熱を吸ったままじりじりと体温を奪い、踏みしめるたび細かい粒子が靴底をかすめる。石灰と鉄、古い魔獣の血のような匂いが鼻をくすぐった。
「ここが“選定の闘技場”よ」
三つの顔を持つミラが、同時に異なる笑みを浮かべる。本体は艶やかに、右のセーラはぱちぱちと手を叩き、左のグランマは不敵に口角を上げた。
「挑戦者はこの中から一体を選び、それを操って模擬戦に勝つの。選択を誤れば、力があっても沈むわ」
闘技場中央には六つの候補機体が半円を描いて並んでいた。
第一候補――三階建てほどもある石造ゴーレム。玄武岩の外殻に石灰質の関節、全身に乾いたヒビ。動けば粉のような石屑が落ち、鈍い摩擦音が空気を震わせる。
(動きは遅い。内部の剛性も落ちている……見た目は迫力だが、現場なら補修案件だ)
第二候補――黒鉄の装甲魔導兵器。胸部の魔力炉が青白く脈打ち、装甲の隙間から蒸気が吐き出される。
(溶接痕が荒い。リベットは不揃い。熱衝撃で座屈しやすい)
第三候補――樫と魔樹脂を組んだ木製機械獣。軽快そうだが、継手は二枚ほぞで剪断に弱い。湿気にも脆い。
第四候補――鎖の節で組まれた蛇型魔像。可動域は広いが、ピン結合の疲労に弱く、長時間戦は厳しい。
第五候補――背丈はユータの胸ほど、小型ゴーレム。灰銀色の肌は継ぎ目がほぼ見えず、魔鉱石の硬質な光を放つ。
(衝撃・熱・魔力に強く、重心が低い。足裏も広い……現場なら一番頼れるタイプだ)
第六候補――刃を無数に生やした球体兵器。止まればただの鉄塊、制御不能は目に見えている。
「私は――これ。」
ミラが迷わず一体目、巨大石造ゴーレムの前に立った。本体は勝ち気に笑い、セーラが「おっきいのロマン〜♡」、グランマが「王道だ」と頷く。
「力は正義よ。押し潰す、それで終わり」
ユータは迷いなく五体目の前へ出る。
「僕は、この小型ゴーレムで」
「えええ!? ちっちゃ!」
セーラが素で叫び、本体が肩をすくめる。「迫力が足りないわ」
「現場では、ちょうどよくて壊れにくくて扱いやすいが正義なんです」ユータは苦笑した。
「第二試練――開始!」
石の鐘が三度鳴った。
開始の合図とともにミラの巨体が最初から全開だ。
ドゴォン! 砂塵とともに突進。石柱がまとめて折れ、壁が砕け、闘技場の輪郭が揺れる。
「はは、いいわね、この暴力感!」本体が笑い、セーラは「ド派手〜っ♡」、グランマは満足げに目を細める。
一方のユータは、最初の一歩を“ゆっくり”置いた。小型ゴーレムが砂を噛む音を確かめる。
(乾燥砂、粒度は粗め。沈み込み三センチ。側圧は弱い。蹴りより“押し”で進む)
ただ静かに、淡々と巨体の足元へと回り込む。
“力”には弱点がある。
巨体がユータのゴーレムに向けて突進。脇を抜けざま、ユータは小型を石柱の影へ滑り込ませる。
(今だ)
狙いを定め、一歩で踏み込み、魔鉱石の拳を叩き込む。
(右脚の膝裏……関節部が甘い)
ゴッ。
乾いた衝撃音。
巨体の関節がゆっくり悲鳴をあげ、古いヒビがぱちぱちと音を立てて広がる。
次の瞬間、巨体のバランスが崩れ、そのまま前のめりに――
「っ……!」ミラの本体が眉をひそめる。
ドォォンッ!
砂煙と轟音を残し、巨体は闘技場を揺らして崩れ落ちた。
「……は?」
三つの顔が同時に固まる。
「……え? 終わり?」
セーラは口をぱくぱく、本体は目を見開き、グランマでさえ言葉を失った。
まだ試合開始の余韻が残る中、勝敗はあっけなく決していた。
その時だった。
倒れた巨体の肩から、大きな石片が剥がれ、真下にいたミラへ落下する。
「危ない!」
ユータは小型ゴーレムの制御を放り出し、自ら駆け寄った。
肩でミラを押しのけ、背で衝撃を受け止める。
ゴンッ、と鈍い音。
背中に痛みが走ったが、ユータは平然を装う。
「……な、何を……!」
ミラが驚いた顔で見上げる。
「これくらい、大丈夫です」
ユータは笑い、砂を払った。
* *
転移の光が二人を包み、大広間へと戻る。
審判役の魔族が声高らかに告げるより早く、ミラが一歩前に出た。
本体がわざとらしく肩をすくめ、ふんっと鼻を鳴らす。
「……勝者はユータよ!」
三つの顔のうち、右のセーラは「悔しいけどカッコいい〜♡」と拍手し、左のグランマは「まぁ、認めざるを得ん」とぼやく。
だが本体は、負けを認めながらもツンと顎を上げ、堂々と歩み寄ってきた。
ミラは腰のポーチから小瓶を取り出す。透き通る蒼緑色の液体が、光を受けて宝石のように輝く。
「私は借りは作らない主義なの」
そう言って、迷いなくユータの背にポーションをかけた。
液が触れた瞬間、傷口はまるで時間を巻き戻すようにふさがり、痛みも跡形もなく消えていく。
「勘違いしないで。私があなたを助けたのは借りを返すため。私が同じ状況になっても、あなたを助けようとは思わないわ」
きっぱりとしたその態度は冷たいようでいて、誇り高く、潔い。
観覧席の魔族たちから「さすがファルメイア卿……」「美しい勝者だ」と称賛の声が上がった。
そこへ、ゆっくりと歩み寄ってきたカイがミラに向かって深く一礼する。
無駄のない所作、わずかに伏せた目元が礼と感謝を語っていた。
「恩に着る」――短くも、凛とした声。
カイはすぐにユータの前へ屈み込み、表情を和らげた。
「怪我は……」
「もう治りましたよ。背中は大丈夫です」
「……腕は?」
カイの視線がユータの左腕に落ちる。うっすら赤くなった擦り傷を見つけ、カイは黙って自分の首元に手をやった。
黒い布をほどく。いつも無造作に巻いていたバンダナだ。
「かすり傷でも放っておくな」
そのままユータの腕に、包帯のように丁寧に巻き付ける。
魔力ではなく、自分の手で守りたいという意志が、仕草のひとつひとつに滲んでいた。
「……ありがとう、カイさん」
ユータが少し照れたように笑う。カイは何も言わず、ただ結び目を軽く押さえた。
場を見渡していたクラヴィスが、低く響く声で告げる。
「第二の試練――これにて終了だ」
一瞬の間を置き、さらに声を張る。
「次は……最終試練」
天井の燭火がふっと揺れ、魂の灯珠が小さく脈動する。
第三の転移陣がゆらりと開き、その中心に向かってユータは一歩を踏み出した。
――つづく。
秒殺で決着した第二試練。
ミラの振る舞いはまさに貴族の矜持で、観覧席からも称賛の声が上がりました。
そしてカイは……やっぱりユータに甘い。
次はいよいよ最終試練。舞台は心を試す戦い。ユータが選ぶのは、自分か――それとも……?




