94話 絶対防御
日曜日。
今日は息子の誕生日。
朝から外にはいくつかの気配があった。もしかしたら昨日の子の抜け駆けがバレたのかも知れない。
「無視するから大丈夫。」
息子はそう言って外に出たのだけれど。
「きっも!いきなりきもすぎるわ!一方的に付き纏われて何で迷惑だってわかんねぇの?不法侵入で訴えられなくなかったら今すぐ帰って二度と来るな!」
玄関から暴言が聞こえて来て慌てて向かうと地べたに座り込んでいる女の子と転がっているプレゼント箱が開いたままのドアの隙間からチラッと見えた。
何?まさか息子が手を上げざるを得ないほどの何かが起きたの?
「だ、大丈夫?怪我はない?」
私が息子の背中越しに女の子に声をかける。覗き込もうとすると息子は間に立って遮り、私を玄関から出さないようにする。
「帰らないつもりなら今から通報するから。こっちは敷地にまで入られて故意にぶつかって来られたんだ。名前は?言わないなら証拠に写真撮らせてもらうけど。」
息子がポケットから取り出した携帯で女の子の写真を撮ろうとしたら女の子は顔を隠して走り去った。
息子は門のところまで行き、転がっていたプレゼントを外に向かって蹴り飛ばす。
「お前らもだよ!付き纏われて心底迷惑なんだ、帰れよ!家にまで来るとか頭おかしいんじゃねぇの?お前らみたいな自己中友達でも無理すぎるわ!」
家の外に向かって怒鳴り散らす。
握り込んだ和樹の拳は震えていた。
「和樹……何があったの?」
私も門まで走り寄った。見渡すと何人かの女の子がしぶしぶ立ち去った。軽蔑する様に眉を顰めて息子を睨んでいる子も居た。
「危ないから出て来んな。あと話があるからすぐ部屋まで来て。」
息子は家の中に入る様私を促し、自分も家に入ると鍵を閉めた。
息子に促され一緒に2階に上がり私は部屋に入ると息子がドアを閉めた。自分の机の前まで行き振り返って懐中時計を見せながら私に小声で聞く。
「母さん、この懐中時計一体何?さっきのキモイ女にいきなり抱きつかれそうになった時にこいつが光ってバリアみたいになったんだけど。」
私は絶句した。息子を守りたいとは思ったけど、結界は付与してない。
「それ……は……。ごめん私にも分からない。お守りだとしか。」
私は息子の手にある懐中時計を鑑定する。
守護の懐中時計 和樹専用 製作者唯芽
守護霊の憑代 使用者和樹を厄災から守るという製作者の強い意志に守護霊が呼応し効果が向上した 使用者和樹に危険が及ぶ時絶対防御
紛失防止 常にどこにあるかが製作者に分かる
私は驚いて声を出しそうになり、慌てて飲み込む。
絶対防御……。これが世間に知られたら何が起こるか分からないけれど、これは息子を絶対守ってくれるものだ。
でも常に居場所が分かる効果は私には要らないし、光るのは困る。そこだけは直さないと。
手元を見ていた視線を前に戻すと、息子は訝しげな顔をして私をじっと見ていた。
「一度点検させてくれないかな……。」
息子は懐中時計を持つ手を後ろに隠し押し殺した声で言った。
「嫌だ。」
まずいな、対応を間違えて不信感を持たれた。
「壊れてないか見るだけだから。ね。」
なるべく穏やかな声をかけ、手を伸ばそうとすると、息子は素早く机の引き出しに懐中時計を入れて鍵を閉め、その鍵をポケットに入れた。
「話す気ないならもういいよ。出てってくれる?」
息子は急に無表情になって、私に直接触れない様に手に持っていたカバンで私を部屋から押し出した。すぐ部屋の鍵を閉められる。息子からこんなにはっきりと拒絶の態度を取られたのは初めてだった。
「唯芽、どうした?和樹と何かあった?」
ドアの外には夫が居て、押し出されてきた私を受け止めている格好だ。
「うん。ファンの女の子が家にまで押しかけて来たんだけど和樹に触ろうとして、和樹がきつく怒って追い返したみたいなんだ。その時に女の子が転んじゃって。もう警察に行った方が良いのかも知れない。」
私達がリビングに戻って、警察に相談する内容を話し合っていると、しばらくしてから息子が玄関から出る音がした。後で息子の部屋に行って引き出しを確かめたが鍵は閉まっておらず、開けてみると懐中時計は無かった。
"マスター、もう和樹さんには正直に話して、結界発動時に光る効果を消させてもらった方が良いです。世間に知れるとどんな事が起こるか分かりません。"
唯花から念話が来る。
それは分かってるけど、親が人外だなんて知ったらあの子がどう思うか……。
"私和樹に化け物だと思われるのが怖い。"
"信頼を失ったままでも良いのですか?"
息子の表情の無い顔を思い出したら胸が詰まる。ふざけ合ったり悪態ついても私を心配してくれた息子があんな顔をするなんて思わなかった。
私達夫婦は一応警察署に行ってここ最近ストーカーに悩まされている状況を説明した。一応朝と夕方に時々巡回はしてくれる事になった。それだけでも抑止力になると思う。
あの女の子がもし怪我していたらこちらがまずい事になるかも知れないと思ったけれど、敷地にまで入っていきなり抱きついてきたのなら、身の危険を感じて咄嗟に突き飛ばしたのは正当防衛になるだろうとの事だ。ただ、その子が先に不法侵入したという証拠は何も無い。私達は家に帰ってからインターネットで防犯カメラを発注した。
異世界。
今日は明日の営業の為のスイーツを作らないといけない。あまり気乗りがしないけれど、それでも私の料理スキルは優秀らしく錬金術を使わなくてもお菓子が仕上がっていく。
アップルパイを焼く前の状態まで仕上げて収納した。窯で焼かずに店のオーブンで仕上げるのだ。
もう一品、みたらし団子は炭で焼いた。
料理に集中していると、落ち込んだ気持ちが少しずつ楽になっていく気がした。
この聖域の澄んだ魔力が私を癒しているのかも知れない。
焼きプリン、ガトーショコラ、バスクチーズケーキ、窯焼きで私が作れるスイーツは限られているけれど思い付く限り時間を忘れて作った。
作業が終わってガゼボで空を見てぼーっと放心していると、ココが久しぶりに私にひっついてきた。
「ココはいつも優しいね。ありがとうね。」
私は自分より随分大きくなったココにもたれかかってふかふかの羽根にうもれた。
私は馬鹿だ。
何故あの時息子を加害者だと思ってしまったのだろう。何故ドアの隙間から見えた時あの子を鑑定しなかったのだろう。息子に遮られた時顔だけでも千里眼で見ておけば良かった。
そもそも最初に通報を止めていなければ起こらなかった事だ。
私は本当に、咄嗟の判断が悪い。これではダメだ。いくら力があっても家族を守れない。




