10話 ご近所の川田さん
火曜。
ゴミ出しに行ったらご近所さんが居た。
「あらおはよう。」
川田綾子さん。恐らく50代くらいで、旦那さんと二人暮らし。川田さんの亡くなったお父上がここらの土地を沢山持っていたそうだ。会計事務所をしているとか。川田さん夫婦はようするにお金持ちだ。
「おはようございますー。」
ご近所さんと言っても家2軒分くらい離れていてあまり顔を合わす機会が無いから、不意打ちで会うと実に気まずい。 相手はそんな事は思ってはいない様子で、こんな私にも気さくに話しかけてくれる。 防犯上や災害時のためにもご近所さんとは仲良くした方が良いのだろうとは思うが、いかんせん私は人付き合いが苦手。親しくすればするほど変人扱いされるのだ。
雑談しようとしても一方的に自分の事を話してしまう癖があるから、家族以外には一線引かないと、変に思われたり喋ってはいけない事まで話してしまったりする。 子供の頃、父に「常に相手の気持ちを考えながら喋れ」とよく叱られたものだ。 それ以降も失敗ばかりして孤立したりしては、だんだんと雑談に苦手意識が強くなった。 私はただただ笑って流す。興味がないから全く頭に入ってこない。戻って何をしようか、この話をどうやって切り上げようか、そればかりが頭の大半を占めている。
私が趣味の事を一方的に話すのと、この人が私の興味の無い事を一方的に話すのと何が違うのだか全く分からない。私ではダメな足りない何かがきっとあるのだろう。むしろ分からないから私はダメなのだ。
まず私は自分の興味のある事をむしろ話してはいけない。しかしそうなると何を話して良いのか分からない。
テンプレートを何個も何個も覚えても、何度会話を頭でシミュレーションをしても、その通りになど会話が進んだ試しはないのだ。何故なら相手のリアクションがいつも想定通りとは限らない。
とりあえず、相手の言った事を一旦復唱してから、自分のではなく、可能であれば一般的見解を述べるというテクニックは一応覚えた。
それが成功しているのかどうなのか、私はこんなに個性的であるのに、周りからの評価は真面目で面白味の無い人である。昔は面白い人(蔑み)だったので真逆である。
私も成長しているのだ。
こういう雑談スキルも異世界で習得できれば良いのに!
やっとの思いで会話を切り上げて戻って来た。これからクローゼットの整理をする。
クローゼットを開けて浄化!浄化!わははは!
私は先程までの鬱憤を晴らすように浄化する。やっぱり1人で家で居るのが楽しい。浄化は実にいい。汚れと共にすさんだ心も洗われる様だ。
浄化でシャツから柔軟剤の香りが抜けてしまうアクシデントはあったものの、香りが残る様にイメージしたりして浄化のバリエーションは増えた。
スキルにはならなかったけれども、使い方の工夫はこちらでも練習できるみたいだ。
クローゼットがいっぱいで出し入れしづらかったので、いつか着るかもと信じて置いていた入らなくなった若い頃のよそ行きを、アイテムボックスに収納した。人間諦めも肝心だ。
気付けば夜だった。
「ごめんなさい。お掃除に夢中でご飯を作るのを忘れて。今からすぐ作るから!ごめんなさい。」
疲れて帰ってきた夫と息子にご飯を作ってないなんて、主婦としてあるまじき失態だ。私は床に手を付き真摯に頭をさげた。
「んー。じゃ、俺弁当買って来るわ。父さんは母さんについてて。なんかあったら連絡して。」
慣れた風に息子は言う。
「ああ。すまないね。」
完璧に土下座している私の前で夫がしゃがむ。その仕草にほんの一瞬だけ、過去がちらついてすぐ霧散した。
「良いんだよ唯芽。」
優しく諭す様な目。彼は続けて言った。
「ところで今日は誰かに会ったかい?」
私の失敗の原因を探っているのだ。
「川田綾子さん…。」
私はダメな主婦だ。
「そうか。わかった。大丈夫だよ。和樹がお弁当を買ってきてくれるからね。」
彼はいつも通り完璧に私を優しく慰める。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
いつもと全く同じ笑顔が、お手本の様に見えた気がした。
異世界の聖域。
ここへ来ると頭の中の霧が晴れた様になる。
ここでは私が私のままでいられる。
昨日は失敗したけど、また明日から頑張れば良い。大切なのは失敗の後どうするかだ。
まずは一晩放置してしまったベーコンを鑑定。
[グレートファングボアのベーコン やや塩気が強いが非常に美味しい]
セーフ!塩気が強くてしっかり風乾燥していたので一晩置いても傷んではいなかった。即座に収納する。
そしてピザ窯の続き。
まず火を入れる為の土台を土魔法で作る。水と土の複合魔法で粘土を作り、それを糊にして
ドーム状に組み上げていく。
最後に火と風の複合魔法で乾かしていく。
肝心の薪を買うのを忘れたので風魔法をチェーンソーの様にして木を切り倒し、枝を払って適当な大きさに切り風と水の複合で乾燥させた。
切り株はなんか良い感じだったので魔法で掘り起こして
年輪を生かした丸いローテーブルに加工した。
ちょっとずつおしゃれな空間が出来上がっていく。
世の中の男の子が隠れ家に憧れる気持ちが分かった気がした。




