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四十九話『証拠品』


 夢現の状態ながらも、車両の僅かな揺れが心地よく、僕は久しぶりに安心した状態で身体を休めることが出来ていた。


「そろそろ着くよ」

「ほな、起こそか」


 花さんは振り返ると、「あれ?」と目を丸くする。


「二人とも、起きてるやん。寝られへんかった?」

「いえ、微睡みましたよ。おかげで、身体が楽になりました」


 僕は身体を起こしながら、首を回す。眠り自体はかなり浅かったが、心を休めることが出来たからか、ずっと硬直していた身体が少し解れたような気がした。


 窓の外を見ると、まだ太陽の気配こそないものの、青の濃淡が薄くなってきている。時刻は五時四十分。そろそろ、街が目覚め始める時間だ。


「あの茶色いビルだね」


 繁華街の裏通り、古い建物や店が立ち並ぶ中、真五郎さんが指差した先に四階建ての色褪せたビルがあった。


「ただ、気をつけなあかんな。ここにも待ち伏せしてる可能性ある。……何かあった時にすぐ出られるように、二組に分かれて、一組はちょっと離れたところで車止めて待機してこか」

「じゃあ、僕と加藤さんで見てきます」

「あ、鍵は入ってすぐの傘立ての下に隠しておくって言ってたよ」


 真五郎さんの言葉に頷き、僕と加藤さんは車から出た。外気が火照った頬を冷まし、それが緩みかけていた緊張感を、引き締め直してくれる。


 不気味なほど静かな通りを進み、僕たちはビルの前までやってきた。どうやら、コインロッカーは地下にあるらしい。


 ビルに入ろうとしたその時、僕は足元にあるものを見つけた。


「……これ、血痕ですよね。それも、落ちてからそんなに時間が経っていない」


 加藤さんは屈んでじっと見つめると、「ええ」と深い呼吸をした。


「警戒を強める必要があるようね」


 入口から入ってすぐにある傘立ての下を調べると、確かにそこには小さな鍵が隠されていた。ということは、相模さんがここまで来たのは間違いない。


 奥へと進んでいくと、血痕は地下の階段へと続いていた。それほど量は多くないものの、まるで僕たちを導くかのように、狭い感覚で点々と印を刻んでいる。


 やけに響く自分たちの足音を聞きながら階段を下りると、消えかけた蛍光灯の下、狭い空間を囲むように、コインロッカーが並んでいた。


「えっと、十三番ですね」


 鍵に書かれた番号のロッカーを探し、鍵を差し込む。僕は息を止め、思い切ってロッカーを開ける。するとそこには、小さな黄土色の紙袋があった。


 紙袋を手に取って中を見てみると、小型のビデオカメラと、ICレコーダーが入っていた。おそらくここに、幹部たちのやりとりが記録されているのだろう。


「あとは、届けるだけですね」


 その時、外からけたたましいクラクションの音が聞こえてきた。僕たちは顔を見合わせると、急いで階段を駆け上がる。


 そして、外へと出ようとしたその時、入り口から二人の男が入ってきた。その手には拳銃が握られ、そして銃口はこちらへと向けられている。


「加藤さんっ」


 僕が走り出すと、加藤さんは「わかってるっ」と言葉を返し、乾いた破裂音が立て続けに二回、僕の鼓膜を震わせた。


 その瞬間、二人組の手から拳銃が弾き出され、二人は怯んだ。


 僕はそのまま二人の間隙へと突っ込むと、すぐさま一人の横腹を思い切り蹴り飛ばし、そして身体を捻ってもう一人の胸倉を掴んで引き寄せると、その腹を押し込むように膝蹴りした。どちらも、一応手加減はしたものの、もしかしたら骨くらいは折ってしまったかもしれない。


 まあ、こちらに明らかな殺意を向けていたので、それくらいは仕方ないだろう、と僕は自分に言い聞かせ、そのまま加藤さんと共にビルの外へと出た。


 外に出ると、真五郎さんの乗っている車両が、数人の男たちを追い回していた。男たちは何とか避けながら拳銃を発砲するものの、当たらない。助手席では、花さんが拳を突き上げて笑っている。


 二人は僕たちを見つけると、バックで戻ってきた。僕たちが急いで後部座席から乗り込むと、「どうやった?」と花さんが振り返る。


「ありましたっ。ビデオカメラとICレコーダーが」

「よっしゃ。ほな、とりあえずここ抜けんで。いけ、真五郎っ。全員、明けの明星までふっ飛ばしたれっ」


 真五郎さんは「任せなさい」とアクセルを思い切り踏むと、四人の男の塊へと向かって車を走らせた。タイヤが唸り声を上げながら男たちを襲い、男たちは逃げるものの、僅かにがん、と鈍い衝動が伝わってきた。


「あ、あの、今、ぶつかりませんでしたか?」


 僕がおそるおそる訊ねると、花さんは「自業自得や」と短い鼻息を飛ばす。


「人の命を取りに来るんやから、自分らも命懸けんかいっ」


 振り返ると、一人の男性が足を押さえて、のたうち回っている。あの様子だと命に別状はなさそうだが、それなりの怪我はしているだろう。無茶苦茶だな、と呆れたものの、僕も人のことは言えないので、それ以上は黙っておいた。


 しかし、彼らもやめておけばいいものの、しつこく一台の車が追いかけてきた。するとそれを確認した花さんが、「なあ」と加藤さんに輝いた瞳を向ける。


「あんた、射撃の腕、凄いんやろ? あれ、撒くの面倒やから、タイヤ撃ち抜いてや」


 花さんが追いかけてくる車を指差すと、加藤さんは「了解」と頷き、窓から上半身を出した。そして狙いを定めると、躊躇いなく引き金を引く。すると、僅かに前方左のタイヤが揺れたものの、車は特に変わらずに走っている。


 すると、加藤さんは間髪入れずに、二発目を発砲した。二発目は、フロントガラスの中央を貫通し、そこでようやく車両は止まった。


 花さんは「わお」と瞠目し、手を叩く。


 加藤さんは上半身を車内へと戻すと、手の拳銃を見つめる。


「この弾じゃ、タイヤに空く穴が小さ過ぎて、空気が抜けるまでに時間がかかるわ」

「せやから、運転手撃ち抜いたんか」

「まさか。人がいない場所を狙ったの。驚いてブレーキを踏んだのでしょう」

「なるほど。……それにしても、どっちも動いてんのに、よお当てるわ」

「大した距離じゃないから。それに、河童の皿に比べたら、的も大きいし命を奪わないから、気も楽だもの」


 花さんは「確かに」と手を叩いて笑った。こんなとんでもない状況にも関わらず、よくそんな平然としていられるな、と僕は花さんの精神力に感嘆する。


「それで、ここからどうするの?」


 真五郎さんの言葉に、花さんは腕を組んで首を捻る。


「えっと、その受け取ったやつを、瀬織の友達に届けるんやんな。……連絡出来るか?」

「一応、電話番号は控えていますが、携帯電話がありません」

「それやったら、ウチらの使ったらええよ」


 花さんが出した携帯電話を見て、加藤さんと僕は同時に、「あ」と声を出す。


「……それ、GPS機能がついているの。きっと、あなたたちがわたしたちと一緒にいるのは既にばれているから、それを持っていると、居場所を特定されてしまう」


 花さんは「なるほど」と自身の携帯電話を見つめる。


「じゃあ、捨てよか、真五郎」


 真五郎さんは「うん」と殊勝に頷き、そして二人は躊躇いなく、窓から携帯電話を投げ捨てた。


 その二人の潔い行動に唖然とする僕と加藤さんだったが、花さんは何事もなかったかのように、うなじ辺りを指で掻いている。


「これで居場所を特定されんくなった代わりに、連絡手段も失ったな。ってことは、とりあえず公衆電話探さなあかんな」


 その時、ふと、僕は紙袋の中に、一枚のメモ用紙が入っているのを見つけた。


「待ってください。中に、メモがありました」

「何て書いてある?」


 取り出して見てみると、そこには殴り書きで、関東第三地区のとある住所と日時、そして『受け渡し場所をこの場所、この時間に』という指示が書いてあった。


 全員がメモに目を通すと、花さんが「真五郎」と真五郎さんの名前を呼んだ。真五郎さんはそれだけで何が言いたいのか察したらしく、「うん」と頷いた。


「間違いない。相模くんの字だよ」

「おっけー。ってことは、その友人との受け渡し場所をその住所、時間を今日の午後七時にしろってことやな。まあ、欲を言えばその理由まで書いて欲しかったけど、血ついてるし、そんな余裕なかったんやろな」


 メモと紙袋には、相模さんのものと思われる血の跡が、所々に付着していた。ビルには血痕も落ちていたので、少なくとも、相模さんが負傷しているのは間違いないだろう。しかし、今の僕たちには、無事を祈ることくらいしか出来ない。


「それにしても、相模さんはどうして、受け渡し場所を指定したのかしら。瀬織くんの友人をそこまで来させるのは、危険だと思うけど。まだ、こちらからその友人のところまで持っていく方が、安全なはず」

「危険? どうしてですか?」

「おそらくだけど、瀬織くんの交友関係については、幹部も洗いざらい調べ上げてあるでしょう。そして、マスコミ関係で働くその友人のことは、警戒すると見て間違いない。だとするなら、こんなことを言うのも悪いけど、もしかしたらその友人、その場所に来るまでに消されるかもしれないわよ」


 消される。その言葉は、僕の首筋を冷たく這っていく。


 すると花さんが、「いや」と顎に手を当てる。


「確かに危険なんは間違いないやろうけど、来るまでに消されるとは思われへんな」

「どういうこと?」

「ウチが奴らやったら、そんな殺してまうなんて勿体ないことせえへんもん。あんたら二人と接触する可能性がある以上、張りついて泳がせとく」

「なるほど。わたしたちを捕まえるための、餌にするというわけね」

「そうや。だって、その子殺したところで、証拠品をウチらが持ってる以上、奴らにとったら根本の解決にならん。奴らからしたら、証拠品は勿論やけど、一連のことを知ってる人間は、全員消し去りたいはず。せやから、その友達がウチらと接触するまでは、消すことは考えにくい。まあ、接触したあとは狙われるやろうけど」


 僕はそれを聞いて、少し安心した。


 正直、僕は瑞己を、こんな危険なことに巻き込みたくはない。本音を言ってしまえば、あの時、相模さんに瑞己のことを伝えなければよかったと、後悔しているくらいだ。


 しかし、今はそんな我儘を漏らしていられる状況ではない。国の未来が変わるかもしれないこの瀬戸際に、苟も河童ハンターである僕が、情に流されて絶好のチャンスを逃すわけにはいかないのだ。


 加藤さんは眉間に軽く皺を寄せる。


「だけど、やはりどうして、相模さんが場所を指定したのか、気になるわね」


 すると真五郎さんが、「とりあえずさ」と人差し指を立てる。


「それは一先ず置いておいてさ、その証拠品、中身見てみない?」


 僕たち三人は互いに、丸い目を見合わせた。


「……ほんまやな。完全に忘れてた。それが最初にせなあかんことやったわ」


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