四十八話『花と真五郎』
「んー。まず、どこから話した方がええやろか。じゃあ、とりあえず、軽く自己紹介でもしとくか」
女性は「えっと」と、首の根元をボリボリと指で掻く。
「ウチは、北陸支部の河童ハンター、徳山はな。で、こっちが同じく北陸支部でハンターやってる、松尾しんごろう。あ、一応、身分証見せとくわ。ウチら、ハンターっぽくないってよう言われるし」
二人の身分証を確認すると、確かに、二人は僕たちと同じ河童ハンターだった。
助手席に座る徳山花さんは、年齢は二十代半ばから三十くらい。白に近いほど明るいストレートの金髪で、肌の色も白い。背中に龍が描かれている赤のスカジャンを羽織っていて、田舎のコンビニの前で座りながらカップ麺を啜っていそうな、そんな風貌だ。
一方、車両を運転している松尾真五郎さんは、いかにも大人しく温厚そうな見た目をしている。年齢は外見からは判断が難しいものの、おそらく三十代。かなりの巨体で、百キロは超えているのではないだろうか。
すると加藤さんが、「わたしたちは」と自己紹介すると、徳山さんが「いや」と掌を向けて、それを制止した。
「火伯支部所属の、加藤萌華と瀬織流やろ。わざわざ教えて貰わんでも、どっちもよお知っとる。なんせ、今、世間で一番有名なハンターやし。……それに、あんたのことは、以前から知っとった」
徳山さんが加藤さんを指差し、加藤さんは眉をひそめる。
「すみません。わたしはあなたのことを知らないのですが」
「あー、別に敬語じゃなくてええよ。うちら、施設に入った年も年齢も、多分同じやから。あれやろ? 今年、二十八歳」
加藤さんは「ええ」と頷く。
「しかし、どうしてわたしのことを?」
「そりゃ、東北の施設生に化け物みたいな狙撃手がおるって、当時ウチがいた瀬戸内地区まで噂が回ってきてたし。しかも、ウチと同期ときた。せやから、絶対ウチの方が先にハンターなったると思って、勝手にライバル視しとってん」
「まあ、負けたけどね」
「真五郎は要らんこと言わんでええねんっ、たった一年やろ、一年」
徳山さんは松尾さんを軽く睨むと、大きく息を吐く。
「とにかく、同じハンターやし仲良くしようや。ウチらのことは気軽に、『花』、『真五郎』って、下の名前で呼んでくれたらええから。……で、何の話やったっけ? ああ、せやせや。まずはウチらがなんであんたらを助けに来たかの説明をせなあかんな」
花さんは空咳を挟むと、真五郎さんの肩に手を添える。
「……今から二十分くらい前に、突然、真五郎に、相模さんって人から電話がかかってきた。『頼みたいことがある』って、それもえらい焦ってる様子で」
「相模さんと真五郎さんは、元々、お知り合いなのですか?」
「同い年で、施設生の頃からの親友やねんな?」
真五郎さんは「うん」と頷く。
「でも、びっくりしたよー。幽霊かと思っちゃった」
それもそうだろう。相模さんは表面上、殉職していることになっているので、死者から電話がかかってきたとなれば、誰だって驚く。
花さんは「で」と続ける。
「真五郎が、なんで生きてんのか訊いても、『説明している暇はない。今から言う場所と時間に、指名手配されてる加藤と瀬織というハンターが来るから、そいつらを助けてくれ』ってさ。ほんま、ど深夜に、いきなり何やねんって感じやろ。しかも、拳銃持った奴らが待ち伏せてる可能性が高いから気をつけろって。任侠映画か」
「でも、相模くん本人も、その危ない人たちに追われているみたいだったし、何より、彼が頼みごとをしてくるなんてよっぽどだから」
「で、真五郎はウチをわざわざ起こして、急いで助けに向かったってわけ。……ってかほんま、何でウチやねん。他にも二人、暇な班員がおったやろ。人が、気持ちよくスヤスヤ眠っとったのに」
「ご、ごめん。でも、こういう時に頼りになるのは、花ちゃんだから」
「やめーや。照れるやんけ」
花さんが真五郎さんの身体を揺らし、車が左右に蛇行する。僕が「あ、危ないですよっ」と困惑すると、花さんは真五郎さんから手を離した。
しかし、何となく話は掴めた。
おそらく、幹部が相模さんの存在に気付き、幹部は相模さんをマークしていた。相模さんはそのことを知らず、僕たちとの待ち合わせ場所へと向かった。しかし、そこで相模さんは尾行されていることに気がつき、急いで逃げた。
そして当然、相模さんを追っていた奴らは、相模さんが待ち合わせていた相手が来るのを待つ。もしかしたら、その相手が僕たちだということにも、勘付いていたかもしれない。
相模さんは逃亡しながらも、僕たちを助けるため、親友である真五郎さんへと電話をかけ、そして相模さんの要望を受けた真五郎さんが、花さんを連れて僕たちを助けにきてくれた。
この筋書きだと、奴らがあの場所で僕たちを待ち伏せしていたことにも、説明がつく。
花さんは、「それで?」と、僕たちに好奇心を纏ったような、そんな眼差しを向ける。
「……それで、とは?」
僕が問い返すと、「いや」と花さんは呆れる。
「察し悪いな。ウチらは今、わけもわからんと、あんたら助けたわけやん。まず、なんで殉職してるはずの相模さんが生きてんのか。で、なんで指名手配中のあんたらが相模さんと会おうとしてたんか。最後に、なんでどこからどう見ても一般人じゃない怪しい奴らから命を狙われてんのか。ぜーんぶ、一から百まで、詳らかに説明しいや」
僕と加藤さんは顔を見合わせる。
この人たちは、信頼して大丈夫なのだろうか。
すると、加藤さんが小さく頷いた。
「……相模さんが頼った人だし、それに実際、この二人が来なければ、わたしたちは死んでいた。話しましょう」
話を終えると、車内には張りつめた静寂が降りた。静かなエンジン音とタイヤがアスファルトを擦る音だけが、小さく身体を揺らす。
しばらくして、花さんが「なるほどな」と呟いた。
「ずっと、おかしいなとは思ってたんや。ハンターが横領なんて、職務内容上、単独で出来るもんやないし、その直後に火伯支部の班長と班員が死んだのは、偶然にしてはタイミングが出来過ぎてた」
「それに、以前から、幹部に関しては不穏な噂が流れていたよ。裏社会の人間と繋がっているって」
「それにしても、まさかそんなことがあったとはよ……」
二人はさすがに驚きからか、それからもしばらく言葉が出ない様子だった。
車はどこに向かっているのか、分かれ道でも逡巡なく進んでいく。時間が時間なので、稀に大きなトラックとすれ違うくらいで、ほとんど人や車の姿はない。
やがて、車が赤信号で停車すると、花さんが沈黙を割るかのように、「よしっ」と手を叩いた。
「消化出来たわ。真五郎、ウチら、この二人に最後まで協力すんで」
真五郎さんは、「勿論」と頷く。
「じゃあこれから、その相模さんが手に入れているであろう、幹部と河童が繋がっている証拠を受け取って、それを広告代理店で働くあんたの友達に渡したらええんやな?」
「そうなんですけど、ただ、相模さんと連絡する手段がなくて」
「電話はさっきから何回かかけたけど、出られへんみたいやな。ただ、受け取りに関しては、多分大丈夫や」
「大丈夫?」
花さんが「なあ?」と真五郎さんに視線を向けると、真五郎さんは「うん」と僕たちに向かって、親指を立てた。
「相模くんから、助けたあとはここに行ってくれと、あるビルの住所を聞いてるんだよ。そして今、ぼくたちはその場所に向かっている」
「なるほど。第二の待ち合わせ場所ということですか」
「いや、多分、そこには相模さんはおらん」
「どういうことですか?」
「そこ、コインロッカーのあるビルらしくて、相模さんは、鍵を隠しとく場所を真五郎に伝えてある。相模さんは多分、逃亡しながら隙を見て、そこに証拠品を置くつもりなんやと思う」
そういうことか。しかしそれはつまり、相模さんは既に、証拠を入手出来ているということではないのか。
「ただそうなると、彼らも必死で、相模さんとわたしたちを、消そうとしてくるはず」
深刻な表情を浮かべる加藤さん。すると、花さんはじっと加藤さんを見つめると、突然、加藤さんの頬を、きゅっと両手で挟んだ。
「な、何しゅるのよっ」
驚き、目を見開く加藤さん。しかし花さんは手を離さず、「そんなことより」と、タコのような口になっている加藤さんを、軽く睨む。
「自分ら、何か、ウチらに言うことあるんちゃう?」
「……言うこととは?」
まともに話せない加藤さんに代わって僕が訊ねると、花さんは呆れたように長い息を吐き、僕に白い視線を向ける。
「いや、そんなん一つしかないやろ。あんたら、ウチらに助けて貰っといて、人として言わなあかんこと、まだ言ってないんとちゃう?」
あ、そうか。確かにそうだ。
僕は「す、すみません」と、慌てて頭を下げる。
「助けていただいて、ありがとうございました」
花さんは「よし」と頷くと、「あんたは?」と加藤さんを見る。加藤さんは「こえ」と頬を挟んでいる、花さんの手を指差す。
しかし花さんは、「あかん」と小さく首を振る。
「言うのが先や」
「……あいがとうございなひた」
花さんは「はい」と手を離し、加藤さんは薄らと赤くなった頬を撫でる。火伯支部には加藤さんにこんなことを出来る人なんていないので、僕は開いた口が塞がらない。
「真五郎、こっからそのビルまでどれくらいかかる?」
「早かったら一時間半かなー」
「結構かかるな。じゃあ、それまでどうする? みんなで恋バナでもする?」
加藤さんは「いや」とシートに背中を沈める。
「申し訳ないけど、わたしたち、あまり眠れてないの。だから一時間半、休ませて貰えると嬉しいんだけど」
「そっか。それはちゃんと寝た方がええ。睡眠と食事は大事やからな」
花さんは大仰にそう言うと、顔を正面へと戻した。
僕はここでようやく安心し、背もたれに身体を預ける。そして、深く息を吐いてそっと目を閉じようとすると、花さんがまた、振り返った。
「……子守唄とか要らんか? ウチ、めっちゃ歌上手いで」
加藤さんは「要らないわ」と即答し、花さんは「そうか」と頷いた。




