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八話『初陣』


『昨夜未明、○○市西部の山の麓で、犬の散歩をしていた女性から、人の身体のようなものが落ちている、と警察に通報がありました。警察が駆けつけたところ、成人男性と思われる人物の腕や足などが横一列に並べられていて、現在、身元を確認しているとのことです。警察によりますと、並べられていた身体は緑色に変色しており、爪のあとなどが見られることから、河童に襲われたとみて、周辺地域に避難指示が出されています』


 そこまで見て、班長はテレビを消した。


 真っ黒になった画面を、四人は黙って見つめる。


 班長は強く目を閉じ、深い息を吐き出すと、「よしっ」と火伯支部、特定動物捕獲管理班待機室に、快活な声が響き渡った。


「では今から、探索活動へと向かう。新しい体制における初めての活動となるが、瀬織は落ち着いて先輩の指示に従うこと。そして、加藤と八幡は、瀬織のカバーをしつつ、いつも通り、集中すること」


 三人の「はいっ」という返事を受け、班長はテーブルに地図を広げる。


「では、本日の捜索範囲だが、この赤円の範囲になる。高低差のあまりない、比較的単純な地形ではあるものの、油断はしないように」

「あの、一ついいですか?」


 班長は「何だ?」と僕に視線を向ける。


「えっと、この捜索範囲は、どうやって決めているのですか?」

「これは上が決めている。その判断は、これまでの捜索地域などを考慮して、精査されていると聞いている」

「上って、幹部たちですか?」


 班長は「そうだ」と頷いた。


 特定動物捕獲管理班は、四人一組が全国二十五の支部に分けられている。そしてその上には、二十人の『管理官』の役職に就く幹部たちがいて、その幹部たちが、全国に百人いる河童ハンターの指揮を取っている。


 班長は地形に関する注意事項などの説明を終えると、「では」と背筋を伸ばす。


「次に、装備品の確認を行う。全員、テーブルの上に装備品を出してくれ」


 全員、テーブルにバックパックとポーチを乗せると、その中から、医療キットや非常食、弾薬などの備品を一つずつ、声に出して確認していく。


「瀬織、血清の使い方はわかるな?」

「あ、はい。後方支援の際に使用したこともあります」

「よし。では、最後に、銃火器の確認を行う」


 テーブルには、四つの銃が並んだ。散弾銃が二挺に、ライフルが二挺だ。班長はそのうち、一切傷などがついていない散弾銃の一つを、僕の前へと置いた。どうやらこれが、僕に支給される散弾銃らしい。


「この班では、俺と瀬織がポイントマンとなるため、二人が散弾銃を扱う。どちらもR社の十番口径で、弾は河童の硬い皮膚を貫けるよう、スラッグ弾となっている。そして、俺の愛用しているこいつはポンプアクションだが、お前のものはガス圧作動方式のセミオートになっている。セミオートの欠点として、回転不備が挙げられることがあるが、今の銃ではほとんど起きないので、気にし過ぎる必要はないだろう。重さは三・六キログラム、装弾数は八発の固定マガジンだ。まあ、訓練生の頃に持っていたものと形式は同じだろうから、問題はないだろう」


 僕はそっと散弾銃を手に取る。散弾銃自体は、施設生の頃、訓練用に各自へ支給されていたので何度も手にしてきたが、やはりこれから実際に使うかもしれないと思いながら持つと、掌に圧し掛かる重みというのは、また変わったものとなる。


「しかし、わかっているとは思うが、この散弾銃はあくまで緊急用だ。基本的には、こちらが先に河童を補足し、ライフル銃で仕留めるのが鉄則だ」


 テーブルに置かれた二挺のうち、一つにはスコープがついていて、もう一つには何もついていない。しかし、銃の種類は全く同じだ。そのうち、スコープのついた方を加藤さんが、ついていない方を八幡さんが手に持った。


「ライフル銃は、H社のものを使用している。スコープは三倍から九倍の可変式スコープで、ベビーバレルがついてある。装弾数は五発で、ボトルアクション式となっている。かなりの高威力ではあるものの、それでも、距離や箇所によっては、一撃で仕留められない場合もある」

「それだけ、硬いってことですね」

「ああ。説明する必要はないとは思うが、河童の身体の中で柔い部分は三ヵ所。顔、腹、そして皿だ。それ以外の箇所は極めて硬く、傷をつけることすら困難だ」


 河童の脅威の一つが、その硬質性にある。背中や腕、足などは、刃物などでは傷をつけることすら出来ず、距離や角度にもよるが、威力の弱い銃だと跳弾してしまうほどだ。そのため、散弾銃も威力の高いスラッグ弾を使用することとなっている。


 しかし、班長が言った三ヵ所は柔らかく、刃物でも傷をつけることが出来る。特に、頭の『皿』と呼ばれる部分は、割れただけで絶命してしまう、河童にとっての絶対的な急所となっている。故に、河童を倒す最も簡単な方法は皿を割ることであるが、当然、彼らもそれを理解しているため、戦闘が起きた際は皿に最新の注意を払われるため、狙うのは容易ではない。


 その後、弾などの備品の確認を終えると、二台の車両で目的地へと向かうことになった。二台で向かうのは、車両が故障したり、河童に壊されたりした際のことを考えて、車両を分けて置いておくためだ。


 僕は八幡さんの運転する車両に乗り、前方を走る班長と加藤さんの車を、ぼんやりと眺めていた。


 すると、「どうや?」と八幡さんが僕の顔を一瞥した。


「えっと、どうって?」

「いや、二日目やけど、慣れてきたか? ……って、まだほとんど何もやってないから、慣れるも何もないか」


 声を出して笑う八幡さんに、僕は「そうですね」と苦笑する。


「……でも、上手くやっていけそうな気がします。職員のみなさんは優しいですし、雰囲気も凄くいいので」

「確かに、それはあるな。まあ、ただでさえ精神的な負担が大きい仕事やのに、その上、人間関係でストレス抱えてたら仕事にならへんからな。みんな、それを本能的にわかってるから、自ずとそういう雰囲気を作るように努めてるって部分もあるんやろな。特にこの火伯地区は他の支部に比べて殉死の割合も高いから、役割とか関係なく、支部のみんなで一丸となって河童に立ち向かおうっていう、団結力の強さみたいなんがあるし」



 殉死。


 その言葉で、僕はあのことを思いだす。


「そういえば、少し訊き辛いことがあるのですが、いいですか?」

「おう。何でも気ぃ遣わんと、訊いてくれや」


 僕は一旦、舌の上で言葉を丸く転がしてから、ゆっくりと吐き出す。


「……僕の前にこの班にいた方は、どうされたのですか? 名前は、相模さんでしたか」


 すると、八幡さんの顔から笑みが消えた。


 数秒間の沈黙を経て、八幡さんは「うーん」と苦い顔で頬を掻く。


「何て言えばいいんやろな。まあ、殉職したんやけど」

「……けど?」


 八幡さんは後頭部を掻く。


「いや、それがな。遺体を回収出来へんかってん。探索活動中に、気付いたらおらんようになってから」

「それって、どういうことですか?」

「そのままの意味や。歩いてたら、いつの間にか姿がなくなってた。地形的に、落ちたり嵌まったりする場所じゃなかったから、河童に襲われた以外には考えられへんけど、こっちが気付いた時には、もう既に相模さんの姿はなかったんや。で、死んだことを確認してへんやろ。せやから、殉職って言い切るのはどうなんやろって思ってな」

「しかし、それで生きている可能性はあるのでしょうか?」


 八幡さんは「ないない」と首を振る。


「そりゃ、生きとってくれたらええなとは思うけど、河童に連れていかれた時点で、残念ながら生きている望みはないやろな。……わざわざ連れて行くってことは、食べるためやろうから」


 八幡さんはそう言ったきり、言葉を発さなくなった。


 重い沈黙の中、僕はどこまでも続く緑を、じっと眺めていた。


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