パラケルスス【神酒視点】
疲れた・・・。
もう、どうでもいい・・・。
泣くのも疲れたよ・・・。
どんな気持ち?
もしそんなことを聞かれても、多分今のあたしには答えることができない。
雛の森の中で、あたしの気持ちを最後まで支えていてくれたキララまでも、あたしのためにどこかに逝ってしまった。
悲しみ、辛さ、悔しさ・・・・。
そんな感情はもうとっくの昔にマヒしてしまって、何も考えることができない。
目の前にはすっかり明るくなった地下墓地が広がっている。
キララがいたら、多分「さあ、ミキさんがんばって!あと一息!」なんて言って、あたしの手を引っ張ってくれるんだろうな・・・。
あたしの足元に、青いリュックが落ちていた。
キララのリュックだ・・・。
リュックの端から、バットのグリップがとび出している。
「アハハ・・・随分重かっただろうね・・・」
あたしはリュックからバットを取り出すと、それを両手でしっかりと握った。
「・・・判ってるよ。やらなきゃならないことは、判ってるさ」
あたしはキララのバットで数回素振りをしてから、後ろの緑色のドアの前に立った。
全ての答えはここにある。
別に理由があったわけじゃない。でもあたしは確信していた。
扉が誘っている・・・。
いいよ。あなたがあたしを呼んでいるのなら、その誘いに乗ってあげる。あなたが何者かは知らない。パラケルススというあの化物かも、白い手の子どもの幽霊かも、それ以外の何かなのも知らない。
でも、一つ判ったことがある。
あなたが欲しがっているのは、リコでもナミでもキララでもない。
あなたが欲しがっているのは、あたし。
理由は知らない。でも、きっとそれは間違っていない。
だから、あなたの正体を確かめてあげる。あなたはきっとあたしの前に姿を見せる。
勝てるなんて思ってないよ。
でも、一発ぐらい思い切り殴ってあげる。
キララやナミが痛かったぶん、少しでも思い知らせてあげる。
これって敵討ちなのかな?
よく判らないけど、でもあたしは伝えたかったの。
この雛の森の悲しい出来事を引き起こした張本人に、キララの悲しみ。ナミの悲しみ。そして、あたしの気持ちを・・。
あたしは扉に手をかけた。
すると、さっきまでびくともしなかった扉が簡単に開いたんだ。自動ドアみたいにね。
そして、あたしが中に入ると、またスーッと閉じた。
「ほらね」
不思議にあたしに恐怖感は全然無かった。
緊張も警戒もしていない。
疲れていたからかも知れないけどね。でも、なんとなく感じてはいたんだ。
何が出てきても、そいつはきっと小細工なんかしない。
用があるならあたしの前に堂々と現れるに違いないってね。
そして、あたしの目が暗闇に慣れた頃、そいつは現れた。
禍々しい牙を持つ獣の姿。闇の中に浮かび上がるパラケルスス・・。
そいつはまるであたしの目が闇に慣れるのを待っていたみたいに足をたたんで、伏せた格好であたしを睨みつけていた。
「やっぱりお前だったんだ・・」
あたしはバットを強く握り締めた。
「おいで・・」
こんな状況でもあたしに恐怖感は無く、気持ちは落ち着いていた。
正直に言えば、もう何も考えることができない状態だったのかも。
ただ、もうすぐ全てが終わる。もう疲れることも無くなる。
そんな気がしていた。
低い唸り声が闇に響く。
来る!あたしがそう思った時と同時だった。
パラケルススは口を大きく開くと、あたしに向かって突進してきた。
風。本当に突風が吹いたみたいだった。
パラケルススの動きは、とても普通じゃなかった。あたしはあんなに素早く動ける生き物なんか見たことはない。テレビで観たチーターだって、あんなに速くはないと思う。とてもじゃないけど、人間がどうにかできるようなものじゃなかったの。
でもね、そこでちょっとした奇跡が起きたの。
あたし、それを避けたんだ!
どうしてかは判らないよ。
確かにものすごく疲れていたし、体もフラフラしていたから。
でも、だから余計な力が入っていなかったからってことなのかな?
まあもともと運動には自信があるしね。
それでね、一瞬見えたの。
パラケルススとすれ違う時の、あいつの鼻の頭。
今しかない!
あたしは振りかぶったバットを、思い切りパラケルススの顔面に叩き付けた。
ギャン!
硬い物同士がぶつかり合う鈍い音がして、パラケルススを見ると、あいつが痛さで地面を転げ回っていた。
でもね、同時にあたしも悲鳴を上げていたの。
バットを叩き付けた時、ものすごい衝撃があたしの手にも伝わってきたんだ。
バットはあたしの手を離れて、あたしの後ろに飛んでいってた。
パラケルススはしばらくあたしに受けた一撃の痛みに転げまわって暴れていたけど、すぐに起き上がると、またあたしに狙いを付けて立ち上がった。
さっきよりも鋭い視線で。
「・・・ここまでかな・・」
あたしの口から、自然にそんな言葉が出ていた。
もうあたしには武器になるような物は何も無いし、バットを取りに行く時間もタイミングも無い。
反撃できることは何も無かったし、何より・・・気持ちも既に折れていたんだ・・・。
あたしはね、最初にここに辿り着いた時、張本人に一撃喰らわせることができればそれでいいと思っていたの。一発ガツンと食らわせてやれればね。
くやしい気持ちはあったんだよ。
リコを助けられなかったし、誰にもサヨナラを言うことができないんだから。
でも、一撃の想いは果たされたから、あたしはそれで満足しようと思っていたんだ。
「あたしはこれで精一杯・・。キララ、ナミ、リコ。これで許してくれるよね・・・」
そして・・・あたしは静かに目を閉じた・・。




