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「どうも、こんにちは~! わかなで~す! 今日もお願いしますね~!」
「よっ、待ってました! おばかちゃん!」
私の第一声に、会場から合いの手が入る。
……って、おばかちゃんって!
「こらこらこら! 違うだろ! ばかなちゃんだって!」
「ううう、わかなですぅ~~! っていうか、おばかちゃんって、ひどくないですか~?」
こんなやり取りだって、お客さんが私に親しみを持ってくれているから……のはずだと、わかってはいるけど。
本気でおばかちゃんと思われている可能性がなきにしもあらず、と思えてしまうのもまた事実で。
「あははは、ごめんごめん! 気にしないで、歌を聞かせてよ! いつものおばかっぽい歌を!」
「う~~~~、わかなの歌はおばかっぽくなんてない~~~~!」
「えええ~~~~~っ!?」
会場全体から大ブーイング。
な、なによ、その反応~~~!?
ぷくーっと頬を膨らませる私に、会場からはいつものように笑い声が巻き起こる。
む~……。
若干納得のいかない思いを抱えつつも、私は曲紹介のMCの声を響かせる。
「そ……それでは気を取り直して、今日の一曲目は、記念すべきライブデビュー曲『飛行機雲』、聴いてくださいっ!」
ワァーーーーーッ!
歓声が上がる。
それにこの曲は、私がこのライブハウスで歌い始めた際に最初に歌った記念すべき曲。
歌詞も私が書いたものをもとに、綾芽さんが手を加えてくれて一緒に完成させた。
といっても、ほとんど私が最初にノートに書き綴った歌詞のままだったりする。
綾芽さんが、私らしいからこのままでいいと言ってくれたのだ。……なぜか笑いを堪えながらだったけど。
さらに、綾芽さんはこの歌の作曲者でもある。
綾芽さん自身がオリハルコンとして歌っている曲とは違って、ポップで明るく可愛らしい曲調に仕上げてくれた。
私にとって大切な一曲。
タイトルは普通っぽいけど。
そこはそれ、おばかな歌詞に定評のある私だから、お客さんいわく、内容的にはかなり独特な雰囲気になっているらしい。
……自分では、歌詞も結構普通だと思ってるんだけどなぁ……。
☆☆☆☆☆
『見上げれば青い空 私をふわっと包み込む
雲がもくもく 浮かんでる 綿菓子みたい なんて言わないよ
ほらほらみんな あれを見て とっても速そう 飛行機のかたち
決めた 飛行機雲と名づけよう
……すでにあるって? そんなの知らない
飛行機雲が降りてきて 私を乗せて大空へ
客室なんてないし 人が乗るには小さすぎ
機体にまたがるのは はしたない?
だったら翼に腰かけよう
いやん 左右のバランスが 崩れてくるくる乗りにくい
ていうか落ちちゃう 怖いよぉ!
翼にしがみつき 泣き叫ぶ
なぜか周囲は大嵐 冷たい雨が体を冷やす
せっかく空を飛んだのに 景色を楽しむ余裕もなくて
気づけば到着 夢の国
なんだ単なる夢オチか ほっと胸を撫で下ろす
だけど布団はびっしょりと…… これっておねしょ!?
背筋に冷たい雨が降る』
☆☆☆☆☆
こんなの歌って恥ずかしくないの? 風香ちゃんに言われたっけ。
そんなふうに言われた場合は、幼い子をイメージしたフィクションだから大丈夫って答えるようにしているのだけど。
なぜかお客さんは、私の実体験だと勝手に思い込んでいるみたい。
……いや、まぁ、本当に実話なんだけど……。
綾芽さんに作詞の手ほどきを受けていた頃、なんとなく遊び半分で書いた歌詞だったのに。
これがいいと綾芽さんから言われて、それを手直しして、私のライブデビュー曲にまでなってしまった。
そりゃあ、最初は私も抵抗があったのだけど。
慣れって怖いものだ。
本当に。
一番を歌い終えた私は、間奏が始まった途端、昔の思い出に浸っていた。
気を抜いていたのは確かだろう。
間奏の長い曲だったから、まだ二番の歌い出しの前に、ハッと我に返った。
我に返ってしまった、と言うべきだろうか。
ここで、大きな問題が発生してしまう。
慌てて二番の歌い出しを思い出そうとしたものの……まったく浮かんでこなかったのだ!
ちょっと前の曲とはいえ、自分で書いた歌詞。
闇ライブで何度も歌っている大好きな曲。
にもかかわらず、頭の引き出しから出てこない。
我に返ったのが二番の歌い出し直前だったら、勢いで思い出せたかもしれない。
でも、なまじ考える時間を持ってしまったせいで、余計に焦りの念が湧き起こり、さらなる焦りを生み出してしまう。
やば……どうしよう……!
そんな焦りは、お客さんにも伝わってしまうもので。
いつもの軽いノリで茶々が入れられた。
「あれ? もじもじして、どうしたの~?」
「もしかして、もよおしてきちゃったとか?」
「あははは、歌の内容には合ってるけどねぇ!」
「漏らすなよ~!」
からかい半分で笑い声を飛ばしてくるお客さんたち。
どうやら完璧に勘違いされているようだ。
ともあれ、今は否定しているような余裕もない。歌詞をちゃんと思い出さないと。
焦れば焦るほど、頭は真っ白になる。
歌い出しまでの時間が迫ってくる。
あと三小節、二小節、一小節……。
そして歌詞が思い出せないまま、歌い出しのタイミングを迎えてしまった。
だけど――。
録音された演奏にまじって、声が響く。
ただそれは、私の声じゃなかった。
曲によってはコーラスとして自分の声や他の人の声を入れて、ハモったり音を重ねて厚みを持たせたり、といったことはある。
でもこの曲の場合は、録音には楽器演奏しか入っていなかったはずだ。
どうなってるの? という疑問が一瞬だけ頭をよぎったものの、とりあえずは助かった、という安堵感のほうが強かった。
歌い出しのわずかな時間だけ、声は出なかったけど。
響いてきた声によって、私は歌詞を思い出すことができた。
すぐさま歌い始める。
私以外の声は、それでも続いていた。
サビの部分ではハモってくれて、いつもよりも深みのある曲に演出されているように感じた。
そう思ったのは、私自身だけではなく、お客さんも同じだったみたいで。
「もじもじして俺たちをハラハラさせといて、こんな演出を用意してるなんて!」
「よかったよ~、最高!」
「歌詞はいつもどおりおかしいのに、すごくいい歌に聴こえた!」
と大絶賛。
……あれ? そうすると、これまではいい歌だって思ってなかったってこと?
ちょっと引っかかる部分がなくもなかったけど、お客さんたちは喜んでくれているのだから、べつに気にしなくてもいいよね。
笑顔で声援に応えながら、私はさっきの声の主を探した。
おそらく録音に入っていた声ではない、ということは、近くで歌っていた声のはず。
そう考えたのだけど、歌いながら視線を巡らせてみるも、会場の中にそれらしき人の姿は見つけられなかった。
声の主は女性。それは確実だ。
あくまでも主役は私だからか、わざと控えめな強さで歌っている印象があった。
録音に入っているわけじゃないと思ったことを考慮しても、スピーカーから響いてきた声ではないと考えられる。
とすると、いったいどこから……。
そして誰が……。
なんとなく、私の頭の中にはひとりの人の顔が思い浮かんでいたのだけど。
「きょろきょろして、どうしたの~? 早く次の曲に行ってよ、ばかなちゃん!」
「わ……わかなですってば! はい、それじゃあ、次の曲です~!」
お客さんが私の歌を待ってくれているんだ。
今は余計なことなんて考えず、楽しく歌おう。
気合いを入れ直し、汗で滑りがちなマイクをぐっと握り直すと、すぐに二曲目の演奏が始まった。




