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ヤミウタ  作者: 沙φ亜竜
第2楽章 和歌菜、闇ライブ
9/22

-5-

 二曲目を歌い始めようとした、その瞬間だった。

 あれ? なんか騒がしい。

 と思った刹那、


「歌っていたのはわかっている! 観念しろ!」


 割れんばかりの男性の大声が響いた。


 既視感。


 綾芽さんのライブのときと同じだ。

 警察の強制捜査の手が、このライブハウスにまで伸びてきてしまったのだ!


 前のときと比べたら、ずっと狭くてボロい会場。

 一斉に警察官がなだれ込むなどという空間的な余裕はない。

 だからだろう、数人の警察官がステージに向かって、お客さんを押しのけて入ってくるに留まっている。

 とはいえ、会場の外やライブハウスの外には大勢の警察官が待ち構えているはずだ。


 万事休す。

 私は諦め、マイクを持つ手をだらりと下げた。


「あっ、でも――」


 ライブ前、おじさんと話したことをふと思い出す。

 未成年だからこそ、捕まったら家族に迷惑がかかる。だからもし見つかったら逃げるべきだ。

 おじさんはそう言っていた。


 まさかこんなにもすぐに、最悪の事態に遭遇してしまうとは……。


 逃げるべきだ。

 そう思いながらも、足は動かない。

 おじさんやくりおねくんを残して、自分だけがのこのこと逃げおおせるなんて、やっぱりできるわけがなかった。


 歌を歌うのは法律に背く行為だ。

 それがわかった上で、私は歌っていた。

 責任は自分にある。


 お父さんやお母さん、お姉ちゃんにまで迷惑をかけるのは心苦しいけど。

 それでも自分の罪はしっかり認めないといけない。

 警察に捕まって、罪を償うのが私の務めなのだと思う。


 ……どうして歌うことで、罪に問われなくてはいけないのか。

 納得できない部分は多々ある。

 だけど法律で決まっている以上、それに従って生きていくしかない。


 もう二度と、歌うことはできないかもしれない。

 そう考えると悲しくて涙が溢れてくる。

 でも、仕方がない――。


 ぼーっとした頭のまま、警察官が近づいてくるのをじっと眺めていた。


 と、その警察官に飛びかかる人影が!


「えいっ!」

「うわっ!?」


 不意の衝撃に、警察官は倒れ込む。人影はさらに警察官の上に覆いかぶさるようにのしかかった。

 私は驚いた。

 警察官に体当たりをぶちかましたのは、見慣れた人物で……。


「今のうちに! 早く逃げて!」


 私に顔を向けて、そう叫んだ。

 それは、くりおねくんだったのだ!


 私よりは四つ上のお兄さんではあるけど、頼りになる感じというよりは、私が守ってあげないと、とすら思えるほどの弱々しい雰囲気の人なのに。

 ただ、なおも私の足は動かない。


 このあと、くりおねくんはどうなっちゃうの!? 私だけ逃げるなんて、できないよ!

 まったく動けずにいる私に、叱責の声が飛ぶ。


「早く! 僕も、あとから行く! 大丈夫、僕を信じて!」

「そうよ、早くこっちへ!」


 くりおねくんの声に続いて、別の声が私をいざなう。

 ステージの袖から響いてきた声に振り向くと、そこにはフードを深々とかぶった女性と思しき人が立ち、こちらへと手を伸ばしていた。


「あっ……」


 フードの女性はすぐに私のそばまで駆け寄ってきて、有無を言わさず腕をつかむ。

 そして、呆然とする私を引っ張り、ステージ袖から裏口へと走り始めた。

 足をもつれさせながら、引っ張られるだけの私もその女性に続く。


 闇ライブのステージに限らず、地下にある施設の場合、裏手にも脱出用の非常階段が設置されているのが普通だ。

 そこから逃げようという魂胆らしい。

 警察に包囲されていたら、たとえ地上に出られたとしても逃げきれるはずはないのに……。

 そんな冷めた考えを抱えたまま、私はただひたすら女性に引っ張られ続ける。


 非常階段を上り、建物の裏手にある細い路地裏の通路に出た。

 どうやらここに警察官の姿はないようだ。

 でもきっと、細い通路から広い通りに出た瞬間、取り押さえられてしまうに決まっている。


 そんな心配はどういうわけか杞憂に終わった。

 フードの女性と私は長々と細い路地裏を通り抜け、大通りに出ることもなく進む。

 そこから汚れた壁にカモフラージュされた入り口を抜け、さらに階段を下りると、薄暗くて湿っぽい場所まで逃げることに成功した。



 ☆☆☆☆☆



「あ……あの……手……」


 おそるおそる声をかけると、フードの女性は慌てて私の手を放してくれた。


「ごめんなさい、ちょっと強引すぎたかしら?」


 そう言いながら女性がフードを取ると、想像していたとおりの顔が現れた。


「綾芽さん!」


 私は思わず飛びついていた。


「あらあら、甘えんぼさんね」


 綾芽さんは微笑みながら、私の頭を撫でてくれた。

 なんだか、お姉ちゃんと同じような優しさを感じる。


「わかな、心配してました! というか、大丈夫なんですか? 警察署から脱走したって……」

「ええ、大丈夫」

「でもなんか、綾芽さんらしくないというか……。大人しくしていば、罪も軽かったんじゃ……」

「ふふっ、あたしもそう思っていたんだけど……。どうも重い罪が課せられる方向に進んでいるらしくって」

「それで逃げてきたんですか? もう一度捕まったら、今度こそ本当に重い罪になっちゃうような……」


 その言葉を遮るように、綾芽さんは私を頭ごとぎゅうっと抱きしめてくれた。


「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」


 柔らかくて、いい香りがして、私を温かく包み込んでくれる綾芽さん。

 少しずつ心が落ち着いてくる。


「あっ、そうだ! さっきのライブ! わかなが歌詞を忘れたときに歌ってくれてたのって……」

「ええ、そうよ。あたしが歌ったの。余計なお世話だったかもしれないけど……」

「そんなことないです! 助かりました! ありがとうございます!」

「ふふっ、よかった」


 私の心からの笑顔に、綾芽さんも応えてくれた。


「あの、ところで、ここはいったい……?」


 しばらくして、私は周囲を見回しながら尋ねてみた。

 薄暗い視界の中ではあったけど、なにやらいろいろと物が散乱している様子が目に映り込んでくる。


「地下倉庫よ。ちょっとした隠れ家みたいなものね。闇ライブ関連の機材やら資料やらを隠しておく場所になっているの。それと、もしものときの集合場所でもあるわ」

「集合場所?」

「ええ」


 綾芽さんが答えてくれたと同時に、階段を下りてくる数人の足音が響く。


(あっ! もしかして、見つかった!?)


 小声で慌てふためく私を、綾芽さんはただ黙って見つめている。

 足音は確実に近づいてきている。そして――。


(わっ、怪しい人たち……! あれ? でも、警察じゃない……?)


 階段を下りてきたのは、フードつきの黒装束に身を包んだ、見るからに怪しげな四人組だった。

 だけど綾芽さんは余裕の表情。


「ふふっ、大丈夫よ。……みんな、フードを取って」


 その言葉に従って、顔をあらわにする黒装束の人たち。

 そこには記憶にある顔が四つ並んでいた。


「彼らはオリハルコンのメンバーよ。見たことくらいはあるわよね?」


 綾芽さんはそう言って私にウィンクした。




 以前の強制捜査が入ったライブで歌っていたのは、ボーカルである綾芽さんだけだったけど。

 オリハルコンのメンバーだって警察に連行されたはずだ。

 まさかここで、綾芽さんだけじゃなく、オリハルコンのメンバー全員と顔を合わせることになろうとは。


 驚きを隠せない私の目の前で、階段からはさらに人が下りてきた。


「お待たせ」

「くりおねくん!」

「俺もいるんだけどね」

「ついでにおじさんも!」

「……ついではひどいなぁ」


 そう、それはくりおねくんとおじさんのふたりだった。


「くりおねくん、よく逃げてこれましたよね。警察官に体当たりまでしてたのに……」

「準備はしていたからね。非常階段の確認とか、綾芽さんとの打ち合わせとか。カフェに戻るとき、和歌菜ちゃんとばったり会ったよね?」

「あ……そうだったんですか!」


 とすると、綾芽さんは私がライブハウスに行く前からいたことになるのか。

 打ち合わせをしていたからこそ、くりおねくんが警察官を足止めして、綾芽さんが私を連れ出すという連携プレイができたのだ。

 ……あれ? でもそうすると――。


「警察の強制捜査があるのを、初めから知っていたってこと……?」

「う~ん、そういう可能性もあると考えていた、ってところかな。綾芽さんが急に『流氷天使』に現れてね。かくまうと決めたからには、いつ捜査の手が伸びても大丈夫なように備えておくべきだと思ったんだ」


 疑問をぶつける私に答えてくれたのは、ライブハウスのマスターであるおじさんだった。


「確信まではなかったから、和歌菜ちゃんには伝えなかったけどね。綾芽さんが脱走したという噂に関しては、そのうち耳にしちゃうだろうから、あらじめ知らせておくことにしたんだよ」


 笑顔で説明してくれるおじさん。捕まったりしていなくて、本当によかった。


「あ……、お客さんたちって、大丈夫なんですか? おじさんまで逃げてきちゃって……」

「ああ、おそらく大丈夫だろう。闇ライブのほうの客だとわかったとしても、聴いている人まで処罰された例は聞いたことがないからね」


 再びの疑問にも、おじさんが答えてくれた。

 ようやく安堵の息をつく。

 といっても、状況的にはいいとは言えない。


 逃げてしまったことで、全員、罪としては重くなってしまうだろう。

 これから先のことを考えると、不安でいっぱいになる。

 私ひとりだったら、完全に押しつぶされていたに違いない。


 おじさんがいて綾芽さんやくりおねくんもいるなら、どうにかなるかもしれない。

 私はそう思って、不安を無理矢理抑える。

 だけど、無意識に体が震えてしまっていた。


「和歌菜ちゃん、大丈夫? 寒い?」


 確かに真夏だというのに、ここは地下だからなのか少々肌寒かった。

 それでも、震えるほどの寒さじゃないのは明白だと思うのだけど……。

 くりおねくんは、そのことに気づかず、私を心配してくれているようだった。


 ということは、もしかしてこれって、僕が温めてあげようか? なんていうパターン!?

 脳内妄想で真っ赤になる私だったけど。


「もし寒かった毛布とかも用意してあるからね。女の子って冷え性な人が多いみたいだし、和歌菜ちゃんもそうだって、お姉さんから聞いたことがあるよ」

「……いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 ちょっとムッとしつつ、素っ気なく答える。

 もう少し、乙女心をわかってほしいところだわ。

 そんな鈍いところも、嫌いではないのだけど。



 ☆☆☆☆☆



「さて、ここは一時的な避難場所だし、移動しましょう」

「えっ?」


 しばらくして全員が落ち着いたあと、綾芽さんがそう提案した。

 目を丸くしたのは私だけ。他の人は最初からそのつもりでいたらしい。


「いくら隠れ家的な倉庫とはいっても、さすがにライブハウスからも近いし見つかってしまう危険性も高い。だから町を出るのよ」


 綾芽さんは私に向けて説明を加えてくれる。


「準備はできてるよ。早いほうがいいだろうし、早速行こうか」


 おじさんが先導する形で、私たちは地下倉庫をあとにした。


 向かったのは駐車場。

 どうやらミニバンタイプの車を用意してあったようだ。


「この人数だとちょっと狭いかもしれないけど、我慢してくれ」


 そう言って運転席に乗り込んだのは、もちろんおじさん。

 助手席には綾芽さんが座る。なんでも、車は前の席じゃないと酔ってしまう体質なのだという。


 オリハルコンのメンバーは、綾芽さん以外に四人。

 そのうち三人の男性メンバーは、最後部の座席に座ることになった。

 というわけで、残ったくりおねくん、オリハルコンの女性メンバーとともに、二列目の座席となった私。


 最初にくりおねくんが乗り込んだので、私はすかさずそのあとに続いて飛び乗り、見事隣の席をゲット。

 車での移動中だけではあるけど、くりおねくんとぴったり寄り添うように座る幸せなひとときを堪能することに成功したのだった。

 ……もっとも、逆に近すぎて意識してしまい、話すどころかまともに顔を見ることすらできなかったのだけど。


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