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ヤミウタ  作者: 沙φ亜竜
第3楽章 闇フェスへ
10/22

-1-

 車を降り、十分以上は歩いただろうか。

 険しい山道を抜けた先に、私たちの目的地はひっそりとたたずんでいた。


 私たちの住んでいる町と同じ県内にあるにもかかわらず、別世界と思えるような鬱蒼とした山の中腹。

 木々に遮られた、ぱっと見ではわからないような場所に、ポツンと入り口があった。


 一見、なにやらびっしりとツタのようなものが生えているだけにしか見えない。

 でもそのツタは、入り口のドアを隠すためのカモフラージュ。

 ツタを上手くかき分け、先導するおじさんがドアを開けて中に入っていく。


 なんだか入るのも躊躇してしまうくらい、怖い雰囲気が漂っている場所だったけど。

 ひとりで取り残されてしまうほうがもっと怖い。

 他のみんなに続いて、私もそのドアをくぐり抜けた。


 足を踏み入れた瞬間は真っ暗だった。だけどすぐにおじさんがスイッチを入れ、明かりが灯る。

 中は意外にも小綺麗な、石造りの壁で覆われた部屋になっていた。

 部屋は何十畳もあるくらいの広さがあり、さらに奥にはいくつかのドアも見える。


「闇ライブの聖地、ナガネギーホールへようこそ!」


 おじさんが両手を広げ、なにやら嬉しそうに私たちを迎え入れてくれた。


 山の中腹を掘って地下に造られた、ライブやコンサートをするための大規模ホール、それがこのナガネギーホールだった。

 最初に入った部屋はエントランスになっていて、奥に大小のホールや控え室などが用意されているらしい。

 上層階には、山の高台から突き出す形で造られたテラスステージと呼ばれる場所もあって、屋外にある広場から観賞することも可能なのだとか。


 その他にも、いろいろと趣向を凝らした仕掛けが施されているとのこと。

 十数年前に当時の最新技術を用いて造られた施設で、当たり前だけど闇ライブではなく、メロディオンや生演奏のコンサートなどに利用されていた場所だ。


 ともあれ、雰囲気重視で山奥に建設したはいいものの、交通の便の悪さが影響したせいか、すぐに使われなくなっていった。

 そして十年前には、ソングフォーオールの残党による立てこもり事件の現場にもなった場所だ。

 こういった経緯もあり、今では一般的には忘れ去られた施設となっている。


 そう、一般的には――。


 実際は、たまにではあるけど利用されていたのだ。

 大規模な闇ライブのフェスティバル――闇フェスの会場として。

 入り口が一見しただけではわからないようにカモフラージュされていたのも、簡単に見つかってしまわないための配慮なのだろう。


 全国には私や綾芽さんのような、闇ライブで歌う闇アーティストが数多く存在する。

 違法行為に当たるわけだから、大っぴらに行動したりネットを通じた宣伝活動をしたりなんてできない。

 そのため、どれだけの人数が活動しているのかは、正確にはわからないのだけど……。

 少なく見積もっても、数百組は下らないと言われている。


「八月半ばのお盆の時期に、全国から闇アーティストを集めて思う存分歌って楽しむイベント、闇フェスの開催が予定されているんだよ」

「あたしもその闇フェスに参加する予定になってるの」


 おじさんの説明に、綾芽さんも言葉を添える。


「まだ一週間くらい早いけど、準備も必要だからね。ちょうどよかった、とも言えるかな」


 そう言うと、おじさんは私のほうに顔を向けた。


「和歌菜ちゃんも、今年は闇フェスに招待するつもりでいたんだよ。当然、歌う側としてね。闇フェスの直前までは、黙っておくつもりだったけど」

「えっ? そうだったんですか!?」


 まったくの初耳だった。


「このフェスティバルは言うまでもなく、違法ってことになるからね。情報が漏れないよう、厳重に注意しながら計画が進められているんだよ。全国に闇ライブを支えるライブハウスが点在していて、それらを結ぶ独自のネットワークで情報をやり取りしているんだ」


 今回のフェスティバルは、そのネットワークを通じて、信頼できる闇アーティストだけに参加を許可しているのだという。

 主催者はおじさん。

 ホール設立当初から、コンサート開催時には運営を手伝っていたようで、今では闇フェスを取り締まる責任者にもなっているのだそうだ。


 でもそうすると……直前まで私に黙っているつもりだったというのは……。


「……わかなじゃ信用できないからってことですか?」

「いやいや、そうじゃない。余計な心配をかけたりはしたくなかったからだよ。危険があるとわかったら、参加させないということも考えていたしね」

「そっか、気を遣ってくれたんですね。でも夏休みだし、もし旅行とかの予定を立てちゃってたらどうする気だったんですか?」

「その場合は、まぁ、諦めるしかなかっただろうね」

「そうですか……」


 話を聞いて、落ち込んでしまう。

 気を遣ってくれたのはわかったけど、私はいてもいなくてもいい、というふうに思えてしまったからだ。

 そんな私の横にそっと並ぶ影。

 ふわっと爽やかな香りの風が微かに感じられた。


「全国からたくさんの人が来る闇ライブのフェスティバルだからね。流氷天使のステージとは規模が全然違う。いい経験にはなると思うけど、圧倒されすぎて歌うのが怖くなってしまうかもしれない。そんな心配もあったんだよ」


 くりおねくんが、優しく語りかけてくれる。


「だけど、そうだね。和歌菜ちゃんだけのけ者にしたみたいで、悪かったかもしれないよね。ごめん。でも、こうして一緒にここに来ることができて、僕は嬉しいよ」


 にこっ。

 微笑みを添えた言葉の贈り物に、私の心はぽかぽかと温まる。

 くりおねくんが、私と一緒で嬉しいって言ってくれた!


 ……我ながら単純だなぁ、とは思うけど。

 沈んでいた気持ちはほんの一瞬で、大空へと飛び立つかのように浮かび上がっていた。



 ☆☆☆☆☆



「そういえばここって、十年前の立てこもり事件の現場にもなったのよね」


 綾芽さんがポツリとつぶやいた。


「立てこもり事件っていうと、ソングフォーオールの残党が起こしたっていう、あれだよね?」


 くりおねくんの言葉に、おじさんが黙って頷く。


「ソングフォーオールの立てこもり事件って……。それじゃあ、ここで奥さん……あっ!」


 そこまで言って、しまったと口をつぐむ。

 もう遅かったとは思うけど……。

 ちらりとおじさんに視線を向ける。


「いや、気にしなくていいよ」


 そう言いながらも、おじさんは苦笑まじりだった。

 十年前、このナガネギーホールでソングフォールの残党による立てこもり事件が起こった際、おじさんは奥さんとふたりで大規模なメロディオンコンサートの手伝いをしていた。


 そこへ侵入してきたのが、ソングフォーオールの残党たちだった。

 手には拳銃を持ち、爆弾まで用意して立てこもった。

 歌詞に思想を紛れ込ませマインドコントロールする、一種の宗教団体と言われているソングフォーオールは、武装集団でもあったようだ。

 人質に取られたのは、ホールにいた合計百名近い人たち。その中に、おじさんと奥さんも含まれていた。


 機動隊がホールを取り囲んでいたものの、人質がいる以上、なかなか強行突破もできない。

 長いこう着状態が続いた末、夜明けを見計らって突入を開始。そこで銃撃戦が始まる。

 機動隊側は防弾チョッキや盾などで完全防備していたので被害はなし。立てこもったソングフォーオールの残党たちも、機動隊が威嚇射撃程度しかしなかったことから、被害者は出なかった。


 ただ、その際の流れ弾に当たり、奥さんは亡くなってしまった。この立てこもり事件で唯一の犠牲者だった。

 不慮の事故。

 そんな言葉で済ませてしまうには、あまりにも悲しい結末……。


歌音(うたね)は、名前のとおり、歌が大好きだった。まだ違法となる前に発売された、歌の入ったカセットテープをよく聴いていたよ。今ではもう手に入らなくなってしまったけどね」


 奥さん――歌音さんのことは、おぼろげに覚えている程度でしかない。

 だけど、奥さんに先立たれたあとのおじさんはまるで死んだように塞ぎ込んでしまい、まだ幼かった私でも、見ていて胸が苦しくなるくらいだった。

 そしてその時期だけ、『流氷天使』は臨時休業していた。


 でもおじさんは再び、ライブハウスのマスターとして活動を開始した。

 闇ライブで歌う場を提供する。

 違法行為に当たるその活動を続けているのは、奥さんに対する想いが強いことの表れでもあるのだろう。


「このホールで闇フェスを開催するのは、天国にいる歌音に聴かせてあげたいからでもあるだ」


 おじさんは強い決意を胸に、はっきりとした声で語る。


「わかな、頑張ります!」

「もちろん、あたしも。絶対に成功させましょう!」


 私も綾芽さんが、熱意を込めて叫ぶ。


「ありがとう。しかし、こんなことになってしまって、すまないね……」


 弱々しい声……。

 こんなおじさんを見るのは、奥さんが亡くなった直後以来だ。


 確かに今は、警察から逃げてきている身。

 そんな状況で闇フェスに関わっていて、はたしていいのだろうか、といった思いはある。

 闇フェスの途中で警察に見つかったら、全国から集まるという闇アーティストの人たちにも迷惑がかかることになるだろう。


 とはいえ、もとより違法行為の闇フェス。全員が覚悟の上で参加してくるに違いない。

 私はなにも考えず、おじさんと奥さんのために歌えばいいのだ。


「もともと準備のために闇フェスの数日前には来ておくつもりだったからね。少し予定は早まったけど、その分たくさん練習もできるわけだし、好都合だよ」


 くりおねくんも、後ろ暗い様子なんて微塵も見せず、明るく笑う。


「そうですよ! こんな大規模なホールで歌えるなんて、夢みたいです! わかな、一生懸命歌います!」

「和歌菜ちゃんは気合いを入れすぎると、大失敗をやらかしそうで怖いけどね」


 ぐっとこぶしを握って意気込みを熱く語る私に、綾芽さんからツッコミが入れられた。

 どういうわけか、全員が大きく頷く。

 ちょっと、どうしてみんな……オリハルコンのメンバーの方々まで、私をそういう目で見てるの~!?


「そ、そんなことないですよ! 失敗なんて……1回のライブで5~6回くらいしかないもん!」


 ……盛大に自爆する私だった。


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