第三話 再会と混乱する心
その週の日曜。
私は孝たちと街へ来ていた。
もちろん、理由は簡単。
合コンだ。
ついにその日がやってきたのだ。
私は内心でため息をついた。
最初のころこそ、彼女のためだと思っていたが、その日が近づくにつれて、気が重くなった。
私ははっきり言ってかなりの人見知りが激しい人間だ。
初対面の人とはまともに話せない。
いや、話を振ってくれさえすれば、うまく立ち回れる自信はある。
ただ、話を振ってくれなければ、全くと言っていいほど会話に入れる自信はない。
まぁ、人見知りを失くすのにちょうどいい機会だと言えば、そうなのかもしれない。
それでも、いきなり、これは難易度が高いような気がする。
今更言ったところで、どうにもならないことだが。
時刻は、待ち合わせの10分前。
まぁ、私は、待ち合わせの30分前には来ていたが。
どうしても、落ち着かなくて、さっさと出てしまったのだ。
だけど、それは失敗した。
頭痛がしてきたのだ。
やはり、街は人通りが多く、それに比例するように、私の周りにもたくさんの人が行き交っている。
おかげで、元来対人恐怖症みたいな症状のある私は、いっきに調子を崩しかけているのだ。
これでは、ただでさえ、危険信号がともっているというのに、余計に悪化してしまいかねない。
出来ることなら、さっさと来て欲しい。
それで、さっさと終わって欲しい。
心から、そう願う。
果たして、その願いが叶ったのか、相手の女性陣が来た。
確かに、孝が言ったようにレベルはかなり高い。
なんだか、私だけが浮いているような気がする。
一人だけレベルが追いついていない。
今まで、言わなかったが、孝は意外と顔がいい。
さわやかなスポーツ青年と言った感じだ。
そして、周りもかなりレベルが高い。
つまり、私一人だけ置いてけぼりと言うわけだ。
余計に気が重くなってきた。
内心でため息をつく。
やはり、さっさと帰ったほうがいいみたいだ。
「ねぇ、もしかして、上月聡君じゃない?」
そんな事を考えていると、不意に女性陣の一人から声をかけられた。
それは、平均女性よりももう少し小さめな身長した女性だった。
「え?まぁ、そうだけど?」
いったい誰なのだろう。
心の中でそう思いつつも、答える。
いきなり名前を呼ぶとは、少々ぶしつけだと思いもしたが、それよりも、誰だか知りたかった。
「やっぱり!ほら、私。中学の時の同級生の陽野。覚えてない」
そして、それは叶った。
彼女はあっさりと答えてくれた。
だけど、それは、私としては逆だったのかもしれない。
本当なら思い出さなかったほうが良かったのかもしれない。
なぜなら、彼女は私の過去を思い出させる一人だから。
あの、絶望の底に落とされたあの時の事を思い出させる一人だから。
だけど、この瞬間に関しては助かった。
彼女と言う話し相手がいるおかげで、私は浮かずに済んだ。
相手方に一人でも知り合いがいるのは本当に助かる。
私と彼女はお互い向き合うような形で座っている。
孝が気を利かせてくれたのだ。
無茶で、適当で大雑把、しかも、人の迷惑を考えない行動をする男だけど、こういう気配りはしっかりと出来る。
まぁ、そうでなければ、私だってつるんではいられなかっただろう。
いまだに私は、人付き合いに距離を置き、冷めた目で見ている。
だから、どうしても、好きになれない人間は切り捨ててしまう。
「にしても、変わったよね」
彼女は、私をまじまじと見ながら、そういう。
だけど、彼女の気持ちも分かる。
彼女の知っている私。
いや、俺、か。
あのころの上月聡と言う人間は、ベクトルが今とは真逆に向かっていた。
陽気でお調子者で人懐っこい男。
そして、人の事が大好きだった男。
人の事が大好きで、信じていて、大切にしていた。
だけど、今の上月聡は違う。
たとえ、彼女が私の本性に気がついていなかったとしても、それでも分かるだろう。
あの頃の上月聡とは全く違う。
今の上月聡は、陽気でもなければお調子者でも人懐っこくもない。
どこまでも冷めた人間。
彼女なら、それを感じられたと思う。
彼女は私の近くにいた。
あの頃の私たちは友達だった。
とてもとても仲が良くて、他愛のない話をして、多くの時間を過ごしていた。
だから、きっと気付いたんだと思う。
あの頃とは全く違う私に。
「そうだね。まぁ、いつまでも、子供じゃいられないよ」
私は、彼女にそっと笑いながら答える。
そう子供ではいられない。
いられなかった。
私は現実を知ったから。
だから、何も知らない子供ではいられなかった。
いつまでも、夢を追いかけていられなかったから。
でも、それは彼女に言う必要はない。
適当にお茶を濁す事で十分だ。
幸いこの程度の戯言は普通に誰でも言う。
冗談として。
だから、私も冗談めかせて、そう言った。
役者として舞台に立ってきた。
もちろん、学生の部活でしかない。
たいした物じゃないのかもしれない。
でも、私には絶対の自信がある。
それは、何度か職業として役者をしている人に演技を教わったからと言うのもある。
だけど、それ以上に、演技をしつつ、あたかも現実が舞台かのように振舞ってきた私だからこそ、決して見透かされない自信がある。
誰にも本当の自分を、自分の心を見せないように、ばれないように生きてきたから。
もちろん、いくらかの例外はあると思う。
沙希さんの母親はまず間違いなく、それに入る。
だけど、彼女は違う。
彼女にはきっと分からないと思う。
彼女には、それに気付くだけの年輪がないと思うから。
絶対的な経験がないから。
それは、別に彼女を下に見ているからではない。
これは単なる事実なのだ。
彼女には、分からない。
そして、私も彼女と同じく、人の事など分からない。
私もまた、経験が足りないから。
「にしても、どうして、俺だって気付いたの?」
そうやって、思考に頭を浸しながら、会話を続ける。
これは、もっとも気になっていた話題だ。
「あぁ、それね。ほら、聡の高校に千鶴が行ってるでしょ?千鶴に、卒業写真見せてもらったの」
だけど、その謎はあっさりと解ける。
まぁ、そんな事だろうとは思っていた。
彼女と千鶴は、かなり仲が良かった。
いや、私も合わせて、三人はかなり仲が良かった。
後もう一人別に里香もいた。
良く三人でくだらない会話をした。
男の友達がいなかったわけではない。
だけど、彼女たちと過ごす時間は割と多かった。
他の男友達と比べれば、かなり多かった。
まぁ、それで一悶着があったりもしたが。
でも、今更の話しだ。
「でも、千鶴ちょっと怒ってたよ?いきなり冷たくなったって。」
そして、彼女はそう続けた。
その表情は、言葉どおりに少々非難がましい。
まぁ、確かに非難される事はした。
私は、千鶴とも距離を置いた。
今までずっと仲の良かった千鶴。
たぶん、三人の中で一番仲が良かった。
話というか、ノリとかそう言った物が良くあったのだ。
だけど、私は、そんな千鶴を避けた。
理由はただ一つ。
一人になりたかったから。
もう、誰ともつるみたくなかったから。
たとえ、それが一番の友達だった千鶴だったとしても。
やはり、裏切りが怖かったから。
大切で、信頼していて、大好きだった千鶴だからこそ、裏切られるのが怖かった。
千鶴にまで裏切られたら、もうきっと立ち上がれないと思ったから。
「はは、まぁ、なんというか、俺にもようやく高校にあがって、第二次性徴に入ったっていう感じだよ」
だけど、これもまた、彼女にいう必要のない事。
言った所で、もうどうにもならない。
何も変わりはしない。
所詮は過去なのだから。
「今度千鶴に冷たくして悪かったって謝っといてくれよ」
そして、私が千鶴に冷たく当たった事も過去の事。
だから、変えられない。
できるのは、せいぜい謝る事ぐらい。
「分かった。一応、言っておく」
彼女は私の言葉に頷いた。
正直少し安堵した。
自分でいいに行けと言われるかと思った。
昔の彼女ならそういいかねないと思ったから。
彼女もまた、変わったのかもしれない。
人は日々成長し、退化して行くものだから。
でも、きっと彼女の根っこのところは変わっていないと思う。
私が、知っていた頃の彼女とあまり変わらない。
なぜか分からないけど、私はそう思った。
合コンは無事に終わった。
それもこれも、彼女のおかげだ。
素直に感謝している。
ただ、もう一度会いたいとは思わない。
私は、夜風に身を寄せながらそう思った。
彼女の存在は私にとっては脅威だ。
今の私を破壊しかねない。
今の私の最優先事項は、沙希さん。
彼女の存在があってこそ、今の私がある。
だけど、陽野……
伊緒の傍にいると、それが壊れてしまいそうで怖い。
沙希さんの事を遠ざけてしまうかもしれない。
それだけ、彼女と言う存在は私の中では、大きい。
自分のアパートに着くと、中に入る。
沙希さんは、私の帰りを待っていてくれた。
心配してくれていたのかもしれない。
はたまたは、やきもきしていたのかもしれない。
それは、分からないけれど、彼女は私を出迎えてくれた。
でも、今は、一人でいたかった。
今の私は混乱しきっている。
全てを終えて、ようやく今の私は静かに思考に入る事が出来る。
そして、だからこそ混乱している。
過去と現在がごちゃ混ぜになっている。
今まで封じ込めていた記憶がよみがえってくる。
それが苦しかった。
だから、一人でいたい。
でも、私からはそんな事は言えない。
彼女は、きっと合コンの内容が気になるはずだから。
そんな彼女を追い出すことは出来ない。
それこそ、浮気をしたと言っているようなものだ。
でも、だからといって、今はまともに話せるような状況じゃない。
きっと、いろいろとぼろが出てくる。
彼女の前では、私は本当に弱さを露呈してしまう。
もちろん、そんな私を彼女は守りたいと思ってくれている。
だけど、私としては、そんなことをさせたくない。
それに、何があっても、これはしって欲しくない。
過去の事を彼女にはいいたくはない。
「んじゃぁ、私は向こうに戻るね?」
そんな心うちの葛藤に、彼女は気付いたのだろう。
彼女は、淡い笑みを浮かべると私の部屋から出る。
私の様子のおかしさに気付いたのだろう。
だから、気を使ってくれたんだと思う。
だけど、それがまた辛い。
自分の弱さと情けなさが歯がゆい。
私は、ベッドに倒れこむ。
一人が使うにはやや大きめのベッド。
当然だ。
このベッドでたまに彼女と一緒に眠る事があるのだから。
別に、身体を重ねるためだけじゃない。
私は、我ながら情けなくなってくるが、極度の寂しがりや。
時々、たまらなくなるほど人恋しいときがある。
そんな時に、彼女が一緒に寝てくれるのだ。
もちろん、私からは言わない。
彼女が、私の本当に少しだけの心の機微を感じ取って、そうしてくれるのだ。
彼女はどんどん成長していく。
昔の彼女ならそんな事には気付かなかっただろう。
だけど、今の彼女は私の事を思いやる余裕さえある。
それじゃぁ、私はどうなのだろうか?
成長したのだろうか?
あの日から。
何かが変わったのだろうか?
いや、全く変わっていない。
何も変わっていない。
変わらず弱いまま。
過去と対峙しただけで、私は怯えて立ちすくんでしまっている。
それが悔しい。
私は強さを求めた。
強靭な精神力を求めた。
そして、それを手に入れるためにそれなりにやってきたつもりだった。
なのに、それは結果が全く伴っていない。
私は愚かしいほど成長していない。
心は全くの弱いまま。
臆病のままでしかない。
これでは、今日感じた不安が現実になる可能性だって出てくる。
彼女に置いていかれる可能性だって十二分に出てくるのだ。
私は、一度深く深呼吸をする。
そして、想いっきり頬を叩いて、気合を入れなおす。
それは、決意を表す行動。
自分も成長するという決意の行動だった。