エピローグ
時が経ち、想いは変わり、全ての物が移ろい行く。
いつまでも変わらぬものはなく、永遠もまたない。
だけど、受け継がれていく物はある。
根本的な物は、結局何も変わらない。
私が伊緒を愛した想いと伊緒が私の友を愛した想い。
千鶴が私を愛した想いと私が千鶴を愛した想い。
そして、沙希さんが私を愛した想いと私が沙希さんを愛した想い。
その根本的な物は何一つとして変わらず、その周辺にあるものが変質して行く。
その移ろいの中に人は絶望を覚える。
深い深い悲しみに追い込まれて、絶望して行く。
移ろう事によって、重ならない思いが出てくるから。
そこに、別れが生まれるから。
だから、人は絶望するのだ。
「千鶴。俺はお前のために幸せになるよ」
私は、そっと彼女の墓石に触れるとそういう。
辺りは漆黒の闇に満たされる。
その場こそが、私たちに相応しいと思った。
闇を抱える二人には。
結局、あの日、私は帰らなかった。
千鶴の終わりを全て見届けたかった。
千鶴の事を愛しているからこそ、全てを受け入れたかった。
現実から目を離したくなかった。
だから、今日まで帰っていない。
「ようやく前へと進める。全てが終焉へと向かえた。永遠はない。そして、だからこそ、人は幸せになれる。それに気がついたから。だから、俺は、お前が望むように幸せになる。想いと志を同じとするお前のために。そして、俺自身のために」
私は、そう最後につぶやくと立ち上がる。
彼女に別れを告げに、今日はここに来た。
別に、二度と来ないわけではない。
きっと、何度もここには来る事になるだろう。
私が、千鶴を愛している事に変わりはないのだから。
だけど、今の思いでここにくる事はない。
だからこその別れの言葉を告げに来たのだ。
きっと、またここに来る時には、千鶴を狂おしいほど愛した私はいない。
そこにいるのは、きっと沙希さんを心の底から愛している私がいるはずだ。
彼女に別れを告げた私は、墓地を出る。
入り口には、沙希さんがいた。
心配した彼女はここまで着いてきてくれたのだ。
まぁ、そんなものは、必要ないと言えば、必要ない。
だけど、それで彼女の気がすむならと思って、着いてきてもらったのだ。
「終わった?」
彼女は、少しだけ心配そうな顔をしている。
彼女は信じていると言った。
そして、一番でなくても良いとも言った。
だけど、本当はそんなわけがない。
誰もが、一番でありたいと思うはずなのだ。
だからなのだろう。
そんな顔をするのは。
「終わったよ。何もかも、全て終わった。だから、今日からは、二人の時をつむごう?」
でも、やっぱり私はそんな表情をして欲しくはない。
自分勝手だけど、彼女には幸せな顔をしていて欲しい。
私は、彼女を抱きしめるとそういう。
きざったい言葉。
十人が聞けば十人がくさいと言うだろう。
でも、それでも、かまわなかった。
そんな事よりも、彼女の笑顔の方が大事だから。
彼女にそんな心配そうな表情をさせない事の方が大事だから。
だから、私はそういうのだ。
「きっと、俺の中に、千鶴は生きていく。あいつは、俺の鏡像だから。だから、きっと俺は千鶴を忘れない。自分自身を忘れる事が出来ないように、あいつを忘れる事はできない。だけど、今から愛するのは沙希さん、貴女だけ。今から紡がれる時も、貴女のためだけ」
絶望から立ち上がり、大空へと舞い上がる翼を手に入れた。
それは彼女のおかげ。
だから、彼女のために、私の残された時を使いたい。
「だから、そんな顔はしないで?俺は沙希さんが、愛してくれている限り、必要としてくれている限り、俺は貴女の傍にいる。愛しているから。心の奥底から、愛しているから」
そして、私はそっと彼女にキスをした。
それは誓いの口づけ。
何があろうとも、決してこの想いを変える事などしないという誓約の証だった。