第十八話 残酷な現実だからこそある未来
「ちょっと、聡君、何してるの!!」
彼女が、叫びながら、私の傍へと近づいてくる。
その目には困惑だけが浮かんでいる。
だけど、その目は……
私は嫌いだ。
余計に傷つけるから。
その目を絶望へと変えるから。
だけど、言わないわけにはいかない。
「私は、千鶴の事が好きだった」
後悔だけはもうしたくないから。
そして、千鶴がしたように、私もまた、彼女の中に私と言う存在の楔を打ち込みたかったから。
だから、残酷な真実を告げる。
「伊緒に告白もできずに、振られた後。その後、ずっと一緒にいてくれた千鶴。私をそっと包み込んでくれた千鶴。私は彼女の事が好きだった。愛していた。そして、今もそう。私は千鶴を愛している。ただ、傍にいる事も、愛しているとも言えなかったのも、心の奥底で純粋に愛しきる事が出来なかったのも、全部私の弱さのせい。失う事に恐れを抱き、傷つく事に怯え、私は彼女を受け入れられなかった。逃げ出した。そして、彼女は死んだ。だけど、それでも、やはり変わらず、心には残る。私は変わらず、千鶴を愛してる。そんな私が、この世界に存在してどうする?私は幸せにはなれない。千鶴を愛しているから。千鶴が一番だから。だから、幸せになんてなれないんだ。死んだ人間を愛している私は、幸せになんてなれない」
人は叡智によって絶望の淵に立たされる。
けれど、逆に無知による絶望もある。
だから、教えておきたい。
この自分の愚かさを。
なんて、それはいいわけか。
結局は、さっき言った事が全てなんだから。
「私は、沙希さんの事を確かに愛していた。守りたいとも思っていた。だけど、それはただの代わりだった。千鶴を守れない私は、代わりに沙希さんを守りたいと思った。そんな浅はかな想いを抱いていた」
結局、沙希さんは千鶴の代わりだった。
彼女は、千鶴に似ている。
それは、つまり、私にも似ている事。
彼女はきっと昔の私。
絶望を知る前の……
心に暗き闇を飼う前の私。
だから、守ろうとした。
心の闇がなければ、比較的に守りやすいから。
自分自身が望んできた事をすればいいだけのことだから。
「私は幸せになりたかった。何が何でも幸せになりたかった。心に闇を飼い続け、闇と戦い続けてきた。だからこそ、幸せになりたかった。魔王と戦った英雄は、皆から祝福される。だから、私も祝福が欲しかった。だけど、私は幸せになれない。ならば、生きていてもしかたがない。死んだほうがいい」
だけど、結局は、現実を知れば、それはさらなる絶望しか呼ばない。
幸せへとなる事はない。
誰かの代わりとして愛されて、誰が喜ぶ?
むしろ、憎むだろう。
自分自身ではなく、その他の人間として見られていたのだから。
だから、幸せになれない。
許される事などないのだ。
この私の罪は。
私は、彼女へと向き直る。
きっと傷つけてしまっただろう。
彼女には本当に悪い事をしたと思う。
絶望の淵へと叩き落したのだから。
そう思って、彼女の顔を見た。
だけど……
だけど、彼女の顔は全く変わっていなかった。
「私は分かっていたよ」
彼女は、そういうと笑みを浮かべた。
「不思議とね、私には聡君の心が良く分かった。千鶴さんと再会した後、私と別れた後。その時の表情を見たら、なんとなく分かった。私が一番じゃないんだって。でもね、それでも、変わらなかった。聡君が好きだと言う気持ちも、必要だって言う気持ちも。最初はなんでかなって思った。普通なら、絶対うらんだりするはずだしね。でも、一人で考えてたら分かった。聡君の私のことを見る目。それを思い出したら分かったの。確かに、代わりのような扱いなのかもしれない。でも、聡君は私のことをしっかりと愛してくれていた。私のことを見ていなかったわけじゃないって。変わりのように扱っているのかもしれない。だけど、聡君は私と言う存在を無視はしていなかった。雪野沙希っていう、個人を見てくれていた。だって、聡君の目にはちゃんと私が写っていたから。私のことだけを見て、私のことだけを考えて、私のことだけを愛してくれていた。だから、許せるんだって。それに、本当は、千鶴さんから、聡君を私が奪ったようなものだしね。私は千鶴さんの気持ちにも、気付いてた。聡君の事を調べまわっていたときに、知ってたの。だけど、それでも、私は聡君に告白した。二人の関係をしりながら。だから、私は何も言わない。聡君が千鶴さんの事を好きでも変わらない。聡君が千鶴さんの事を好きだとしても、それでも、私のことをしっかりと見てくれるから。私のことを愛してくれると思うから。私は聡君を信じている。例え一番でなかったとしても、それでも、この世界にいる誰よりも愛してくれるって。だから、私は聡君と一緒にいる。聡君と幸せになる」
彼女はそういうと、ずぶ濡れになっている私を抱きしめる。
それがなぜか暖かかった。
心の底から暖まっていっているように思えた。
「それにね」
そして、そのままの体勢で彼女は続ける。
優しく諭すように。
「聡君は昔言ってたよね。永遠はないって。人の想いは、常に終わりがあるって。昔の私はそれを怒って否定したけど、今ならその言葉を信じられる。私が聡君へと抱く想いは、どんどん変わっていく。前までの想いは消えて、新しく違う想いが生まれてくる。それは結局、聡君が言ってた事と同じ。永遠はない。だったら、聡君の千鶴さんの事を思う気持ちもやがて変わる。私はそう思っている。だから、私は信じていられる。だって、他でもない聡君が言ったんだよ?永遠の想いはないって」
その言葉は私の胸へと深く突き刺さった。
彼女の言っている事は正しいのだ。
今まで、何を経験してきたと言うのだ。
そうだ。知っているはずなのだ。
永遠がないと言う事が。
いつかは、人の想いという物は変質していくものだと言う事を。
だから、私の想いもまた変質していくのだ。
千鶴の事はただの想い出になり、沙希さんの事だけを見るようになる事だってあるのだ。
そこには、悲しくも儚い辛い現実だからこそ、生まれてくる可能性がちゃんとあるのだ。
私はなんてくだらない事をしていたのだろう。
これでは、私こそ無知だ。
なんて愚かなんだろう。
そして、彼女は……
沙希さんは、本当に……
本当に強くなった。
幼いと思ったが、それは全くの間違い。
闇がないと思ったが、それも全くの間違い。
私のせいで、彼女は闇を抱いたではないか。
何を今まで見てきたと言うのだ。
彼女は私よりもずっと強く、そして、大人なのだ。
闇を知り、そして、それを乗り越えた彼女。
きっと彼女は、私や千鶴よりも高みの存在。
そんな人なんだ。
「ごめんね?」
私は、彼女にそう返す。
心がぼろぼろで、声が涙混じりになっている。
だけど、絶望はしない。
虚無感もない。
あるのは、幸福のみ。
千鶴が望んだ幸福。
「そうだよね。全部忘れていた。自分が知った現実の事を。ホント、馬鹿だった。愚かだった。でも、沙希さんのおかげで目が覚めたよ。」
私はそう続けながら、彼女を抱きしめる。
私は思う。
本当に彼女が愛しいと。
何に変えても失いたくはないと。
私にとって、彼女は唯一無二の存在。
私はきっと、彼女を千鶴以上に愛するだろう。
それは、もう確定事項なのだ。
心の中から、彼女が愛しいという想いが溢れ出て、止まらない。
それこそが、私の彼女への想いの証。
他の何にも変えようのない情熱の証なのだ。




