最終話 だから言ったでしょ?
神様は……しばらく何も言わなかった。
「……」
アザラシも何も言わない。
ただ……静かな時間が流れていた。
やがて神様が、ゆっくりと口を開いた。
「……ええ」
「……?」
「速かったですね」
「……」
アザラシは少しだけ目を細めた。
「……そうでしょ?」
「はい」
神様は少しだけ俯いた。
「私が」
「あなたには無理だと」
「決めつけてしまったのかもしれません」
「……」
アザラシは少し考えた。
「……うん」
「……」
「でも」
アザラシは神様を見る。
「僕も」
「自分で分かってなかったよ」
「……」
「転がったら」
「速かった」
神様は少しだけ笑った。
「そうですね」
「うん」
アザラシはゆっくりと神様の横を通り過ぎる。
「……?」
神様が振り返る。
「どこへ?」
「……」
アザラシは少し考えた。
「帰るよ」
「……レースには?」
「もういいかな」
「……」
「楽しかったし」
「……そうですか」
アザラシは門の方へ転がっていく。
コロン。
コロン。
コロン。
そして……門の前で少しだけ振り返った。
「……あ」
「はい?」
アザラシは神様を見る。
「神様」
「はい」
「僕まだ」
「どこまで行けるか」
「分かってないんだよね」
「……!」
神様は黙っている。
アザラシは少しだけ笑った。
「だから」
「……」
「また」
「やってみるよ」
そしてアザラシは門を出た……。
コロン。
コロン。
コロン。
その背中を……神様は黙って見送っていた。
しばらくして神様が小さく呟く。
「……最初から聞いておけばよかったですね」
その声はもう……。
アザラシには届かない。
コロン。
コロン。
コロン。
アザラシは進んでいく。
どこへ行くのかは、まだ決めていない。
ただ自分の行きたい方へ進んでいく。
ふと……アザラシが空を見上げた……。
「……」
少しだけ考える。
「……そういえば」
「僕」
「神様に」
「言ってなかったな」
アザラシは少しだけ振り返る。
誰もいない……。
それでも小さく呟いた……。
「神様……」
「……だから言ったでしょ?」
そして、アザラシはまた前を向いた。
コロン。
コロン。
コロン。
その先に何があるのか。
アザラシには。
まだ分からない。
でもそれでいい。
だって、まだ進んでいる途中だから……。
コロン。
コロン。
コロン。
――おわり。
【あとがき】
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
『不服、神様……僕に声掛けなかったよね?』は、
『典型的なアザラシだった件について』に続く、二匹目のアザラシ……ではなく、二作目のアザラシのお話でした。
……またアザラシです。
アザラシには無限の可能性を感じます( ˙꒳˙ )
今回の物語は「もし、最初から自分の可能性を決めつけられていたら」というところから始まりました。
アザラシは、陸では這うことしかできない。
だから、レースには向いていない。
神様はそう考えました。
でも、それはアザラシ自身が決めたことではありません。
「僕がどうするかは、僕が決めることだから」
この言葉が、今回の物語で一番大切なものだったと思います。
実際にレースを始めてみれば、最初はズリズリと這うことしかできなかったアザラシが、途中から転がり始めました。
コロン。
コロン。
コロン。
……そして、なぜか速くなりました。
少し驚きました。
でも、アザラシ自身はたいして驚いていなかったと思います。
「……こっちの方が速いね」
たぶん、それくらいの気持ちだったのでしょう。
今回のレースは、アザラシが十二支に勝つための物語ではありません。
自分がどこまで行けるのか。
それを、自分自身で確かめるための物語でした。
そして最後にアザラシは、神様のところへ行きました。
「僕……速かったでしょ……?」
この言葉を言えたこと。
それだけでも、アザラシにとっては十分だったのかもしれません。
神様もまた、自分の判断が間違っていたかもしれないことを認めました。
最初から決めつけるのではなく、本人の意思を聞いてみる。
当たり前のようで、案外難しいことなのかもしれません。
そしてアザラシは、最後まで自分の行きたい方向へ進んでいきました。
どこへ行くのかは分からない。
それでも。
まだ進んでいる途中だから。
この作品を書き終えて、少し寂しい気持ちもあります。
前作では、魚を食べて、泳いで、寝ているだけだったアザラシ。
今作は、神様に文句を言って、レースに参加して、転がって、十二支を追い抜いて、最後には神様のところまで行きました。
……成長したのかもしれません……たぶん。
でも。
最後までアザラシはアザラシでした。
転がることも。
自分のペースで進むことも。
きっと、これからも変わらないのでしょう。
ここまで読んでくださった皆さま。
前作から引き続き読んでくださった方。
今回初めてアザラシを見つけてくださった方。
そして、この物語を最後まで一緒に走ってくださった皆さま。
本当にありがとうございました。
『不服、神様……僕に声掛けなかったよね?』
これで、物語は一度終わります。
でも。
アザラシは、まだ進んでいます。
コロン。
コロン。
コロン。
その先に何があるのか。
それは、まだ誰にも分かりません。
……もしかしたら。
まだどこかで、アザラシが転がっているかもしれません。
そのときは、また少しだけ。
覗いていただけたら嬉しいです。
――海月まったり




