ダラスとテリエス
燃え盛る剣と盾を持ち、巨大な魔物に対峙する血まみれのバーバリアン。
「『回復』! 『回復』!! 『回復』!!!」
両目に大きな涙を浮かべ、必死に回復魔法を展開する《《魔法使い》》。
「おいシェリル、やめろ! マナが……!」
怯えながらも仲間を制する《《狩人》》の叫びも届かない。
(俺は……この過酷な世界で、絶対に生き残ってみせる……)
胸の内で静かに、しかし固く誓いを繰り返す。
どれほど過酷で理不尽な世界であろうと、無知のまま奪われ、使い潰される側で終わる気はない。どれほど己の手札を隠し、どんな仮面を被ろうとも——死を回避し、勝利を掴むことこそが、俺の『生存戦略』だ。
◇◇◇
「勝者! タヌカン族のダラス!!」
<うおおおおおおおおおおッ!
<ダラス! ダラス! 最強の戦士、ダラス!
地響きのような歓声が、バーバリアンの聖地を揺らしていた。
ここで行われる『成人の儀』では、その年成人を迎えるすべての若き戦士たちが集い、同世代で最も優れた者を決める比武が執り行われる。
呪術師長に呼ばれた二人の戦士が舞台へ上がり、鍛え上げられた肉体を正面からぶつけ合う。相手を舞台の外へ押し出すか、気絶させた者が勝ち上がるトーナメント方式だ。
最後まで勝ち抜いた者には、同世代の長としての栄誉と、バーバリアンが崇拝する大地の神「ヴォル=ウーラ」の祝福を受けた神授の武具が与えられる。
たった今、圧倒的な力で勝利を収めたのはダラス。
成人の平均身長が2.2メートルを超える巨大な身体を特徴とするバーバリアン族の中でも、一際恵まれた体躯を持つ男だ。タヌカン族長の息子でもあり、今年度最も期待されている大本命だった。
「ダラス! お前は最高の戦士だ! 筋肉モリモリ! 胸毛もじゃもじゃ! とても成人したばかりとは思えんぞ!」
期待通りに決勝へ駒を進めたダラスに、準決勝で彼と拳を交えて友情を深めたババロアが、巨大なジョッキで麦酒を注ぎ込む。
「ありがとうババロア! ヴォル=ウーラの恵みに感謝を! 乾杯だ! ンゴォーーーッ!」
注がれた酒を一気に飲み干し、ダラスはガツンとジョッキをひっくり返した。酒を一息で飲み干すのは、バーバリアンの伝統であり礼儀だ。
「ガハハ! 最高の戦士は飲みっぷりも最高だ! お前に敵う奴なんていねえよ。周りの奴らがみんな小さく見え——ん? 誰だあれは! 本当に小さ過ぎるぞ! まるでウサギじゃないか!」
ババロアが指さした舞台の上。そこに立っていたのは、ダラスと比べるまでもなく、一般的な成人バーバリアンと比べても圧倒的に小柄な青年だった。一見すれば、少し背の高い人間にしか見えないほどだ。
「あの小さな奴が決勝まで勝ち残ってきたのか! 向こうの奴らの筋肉が足りなかったのか、それともただ運が良かったのか……。ダラス、決勝は楽勝だな! 喉が渇いた、酒を取りに行こうぜ!」
舞台で戦う二人の決着を背に、ダラスとババロアは酒樽のある本部へと歩き出した。
◇
(……ふむ。次の決勝の相手は、タヌカン族の神童……ダラスか……)
舞台の上に掲げられた聖火を見上げながら、アイル族の戦士テリエスは、冷静に思考を巡らせていた。あの巨体と筋力で勝ち上がってきた男だ。純粋な力比べをすれば、こちらに分がないのは火を見るより明らかだ。
(しかし、勝ち目がないわけではない。俺には俺の強みがある。肉体強化によるステップワークと手数で翻弄し、少しでも隙を見せれば強烈な一撃を叩き込んでやろう)
「タヌカン族のダラス! 前へ!」
呪術師長のダミ声が響き、ダラスが重厚な足音とともに舞台へ上がる。
「アイル族のテリエス! 前へ!」
呼び声に応じ、一歩を踏み出す。
並び立った俺たちを見上げ、観客席からはどよめきが起きた。見上げるほどの巨漢と、小柄な青年。まるで大人と子供の対峙だった。
「小さな戦士テリエスよ! 俺はタヌカン族のダラス! 全力で叩き潰してやる! 手加減はできん、死なぬよう気をつけてくれよ!」
口上を述べたダラスは、手にしたジョッキの酒を豪快に飲み干すと、それを舞台の外へ豪快に投げ捨てた。
<うおおおお! いい飲みっぷりだ!
<最高の戦士ダラス! ダラス!
(良い飲みっぷりだなダラス。ふむ。ここで俺が周囲に見せるべきは、バーバリアン達が好む『豪快で勇敢な戦士』の姿だ)
……。
(よし)
「大きな戦士ダラスよ! 俺はアイル族のテリエス! 心配には及ばない、決勝にふさわしい比武にしよう!」
テリエスは、バーバリアンとしては小さな手で掲げたジョッキの酒を一気に飲み干し、豪快に投げ捨てる。
<うおおおおおお! 負けてないぞ!
<小さな戦士! テリエス! テリエス!
会場のボルテージは最高潮だ。舞台中央でダラスの巨体と俺の小柄な肉体が向かい合う。
……。
「始め!!!」
号令と同時に、ダラスが大地を揺らして激突しようと踏み込んでくる。
——だが、その瞬間。
(——『加速』)
テリエスは脳内で短く呪文を完成させる。外界からは単なる爆発的な踏み込みに見えるよう、極限まで無駄を削ぎ落とした魔法の発動。
「なに……!?」
直後、ダラスの顎下へ走り抜ける鋭い一撃。
ダラスの巨大な身体がグラリと揺れて膝をついた。
(まずは一撃。しかし……浅かったか)
<うおおお!? 速い! 速すぎるぞ!
<あのダラスが倒れた!?
どよめく観客を余所に、ダラスは地を這うことなく、強靭な背筋で即座に立ち上がり、丸太のような両腕で急所を守る。
テリエスは疾風の如き速度で周囲を駆け抜け、前後左右から怒涛の連打を叩き込んだ。ドガガガガッ! と重い打撃音が連続するが、ダラスは歯を食いしばり、急所を守り耐え抜く。
「ハッ……やるなテリエス! だが、その程度の威力で俺は倒せんぞ!」
振り回される巨大な腕を、テリエスは最小限の動きでかわす。
(……やはり、純粋な物理打撃だけではこの肉体を削りきるのに時間がかかるな)
冷徹に戦況を分析するテリエス。一方のダラスは、戦士としての本能で打開策を弾き出していた。
大きく振り回していた両腕を腰の横に携え、呼吸を止める。
刹那———大きく吸い込んだ空気が、ダラスの胸腔で破裂する。
「ぬあああああッ!! 『咆哮』!!」
空気を激しく震わせる怪声が放たれた。強烈な音波と威圧感が空間を支配し、超高速で動いていたテリエスの身体が、金縛りに遭ったかのようにピタリと止まる。
「捉えたぞ……ッ!!」
隙を逃さず放たれたダラスの拳が、テリエスの側腹を直撃した。ドガァン! と重い音とともに、テリエスの身体が弾け飛ぶ。
「ぐ、ハッ……!」
テリエスは土煙を上げて舞台の端まで転がった。転落こそ免れたものの、骨が鳴るほどの甚大なダメージだ。
対するダラスも、渾身の咆哮と一撃を放ったことで激しく肩を上下させている。
<うおおお! 咆哮で足を止めたぞ!
<流石ダラスだ! おい! 肉がねえぞ! 誰か持ってこい!
<テリエス立て! まだ終わってねえぞ!
観客の熱狂の中、テリエスはゆっくりと立ち上がった。
深いダメージを負いながらも、その瞳は驚くほど冷静に相手を観察している。
(まさか新成人のバーバリアンですでに咆哮を使えるとは……。さすがは神童ダラスと言ったところか……だが——)
再びテリエスが動き出し、まるで怪我などなかったかのように、素早いステップを刻み出した。
ダラスの視界はテリエスを捉えることができない。しかし、ダラスには咆哮がある。先ほどの成功体験は、良くも悪くもダラスからその他の選択肢を奪い去った。
目を開けていてもどうせ見えないのだから意味が無いと言わんばかりに、目を閉じて集中するダラス。
「よし!」
ダラスは瞼を開くと、再び息を大きく吸い込んだ。
「ガァァァァ——」
放たれる二度目の咆哮。狙い通り、テリエスの足が一瞬止まる——ダラスの巨大な拳が振り下ろされた。
テリエスの体が硬直する。
「これで終わりだ——」
(——『強化』!!)
テリエスの硬直が一瞬で解けた。今度こそ確実に仕留めるべく、右腕を大きく振り上げたダラスには大きな隙ができている。
『強化』の本質は、単なる肉体スペックの底上げだけではない。溢れ出る濃密な魔力の波動によって、精神や肉体に及ぶ「威圧や金縛り」といった状態異常を力任せに打ち消す防壁となるのだ。
「なに……!?」
『咆哮』を破られ、無防備になったダラスの胸元へ、テリエスは一直線に飛び込んだ。
『強化』によって極限まで引き上げられた全身全霊の拳が、ダラスの胸板を穿つ。
——ドォンッ!!
「がっ……!?」
まるで大鎚で殴打されたような衝撃。ダラスの巨大な身体が宙を舞い、背中から豪快に舞台へ叩きつけられた。
静寂ののち、意識を失ったダラスの巨体が沈黙する。
「……そこまで!! 勝者! アイル族のテリエス!」
<うおおおおおおおおおお! 嘘だろおおおおお!
<テリエス! テリエス!
<最高の戦士! 小さな巨人、テリエス!!
沸き立つ大歓声の中、テリエスは荒い息を吐きながら、何事もなかったかのように「豪快な勝利の笑み」を浮かべて両腕を突き上げた。
◇
「……う……頭がガンガンするな……」
冷やされた酒樽の横で、ダラスは頭を押さえながら体を起こした。周囲では成人の儀式を終えたバーバリアンたちが、肉を喰らい酒を掛け合ってどんちゃん騒ぎをしている。
「お、起きたかダラス。冷えた麦酒だ」
ババロアが巨大な肉とジョッキを差し出した。
「……テリエスは?」
「あっちで族長たちと話しているよ。あんな小さな体でお前を吹っ飛ばすなんて、テリエスは本当に凄い戦士だな!」
ダラスはジョッキの酒を一息で飲み干すと、ドシンドシンと重い足音を立ててテリエスの元へ歩いて行った。
族長たちと言葉を交わしていたテリエスが振り返る。
「……ダラス。身体は大丈夫かい」
「テリエス!」
ダラスは大きな手をテリエスの肩へバシィン! と叩きつけた。あまりの衝撃にテリエスの身体が少し浮く。
「見事な勝利だったぞ! 小さな身体で俺の防御を打ち破るとは……お前は最高の戦士だ! 俺の負けだ!」
豪快に笑うダラス。テリエスは少し驚きつつも、親しみやすい笑みを口元に浮かべた。
「……ありがとう、ダラス。君の咆哮には冷や汗が出たよ。しばらく体はまともに動きそうもないな。ふふっ、素晴らしい勝負だったぜ」
「へっ、突然早くなったり強くなったり驚かされたぜ! 本当に強い戦士とは多くの手札を持つものなのだな! 小さな体で素晴らしい胆力だったぞ! 今日からお前は俺の仲間でライバルだ! ほら飲め! ヴォル=ウーラの恵みに乾杯だぁぁッ!」
ダラスはテリエスに巨大なジョッキを押し付け、勝者を称える大宴会の中へ笑いながら引きずり込んでいった。
「うおおお! テリエスとダラスに乾杯!」
「肉だ! もっと酒を持ってこい!」
狂乱のような祝宴のさなか、テリエスは押し付けられたジョッキを豪快に煽りながら、冷徹な思考を巡らせていた。




