56 不幸な男
( 大樹 )
流石にそこまで不幸、不幸って言われると流石にショックなんだけど……。
汗を掻きながらレオンハルトにその根拠を尋ねると、レオンハルトは口を開け閉めして何度か言いかけては止め、言いかけては止めを繰り返し、とうとう意を決した様子で俺の目をまっすぐ見返す。
「 本当は自由に外に行けるのに、私にずっと閉じ込められてるじゃないですか。
……私は、きっと凄く嫉妬深くて貴方が他を見ることを許せそうにない。
大樹様は流されやすいから結局言う事を聞いてくれているけど……きっと広い世界を見たら自分の今の環境が如何に不幸だったかって気づくと思いますよ。
そして気づいたら自由になりたいって思います。
……普通は自分を無理やり抱いた相手と一緒にいたいとは思わないんです。 」
「 …………。 」
俺はそこまで聞いて、やっとレオンハルトの言いたい事を理解した。
そして痛む頭を優しく優しく撫でる。
こいつって何でこんなにバカなんだろう……?
心の中で呟くと更にズキズキと痛みだした頭を今度はコンコンと叩いた。
いやいや、流石に流されやすいと自他共に認める俺だって、嫌いなヤツと一緒にいないし、ましてやエッチなんてしねぇだろ〜。
それに────!
そこでフッ……と今までの人生を振り返り、思わず遠い目を空に向ける。
俺、モテた事ないんだよねぇ〜……今まで一度も。
自分で言って悲しくなる事実にフラ〜……と倒れそうになったが、今はレオンハルトが後ろにいるため問題なし。
遠慮なく後ろに体重をかけてやった。
多分、どんなに世界が広かろうと、この世界で俺がモテないのは変わらない( 半年間で実感済み )。
つまり男とはいえ、こんなに愛してくれる人がいるココは俺にとって最高の幸せの場所なんだけど……??
体重を掛けてきた俺を楽々受け止め、何だか嬉しそうにしているレオンハルトをチラッと見て、悶々とした気持ちになる。
そもそも最初から正妃やら側妃やら?侍女やらなんやらでいつもモテモテなのお前じゃ〜ん?
レオンハルトこそちょ〜っと周りの美しいお嬢さんとかを見たら、俺といると不幸だって思うんじゃねぇ〜の〜?
俺とは結婚だってできないし、外見だって平凡だし、男だし、それに子供だって……。
モヤモヤ〜ンと嫌な方、嫌な方へ向かう思考をどうしたもんかと思っていた、その時、五感に触れる存在が近づいてきたのを察知し、俺はレオンハルトの鼻をキュムっと摘んだ。
すると驚いて腕が緩んだ隙に、そこから脱出してスクっと立ち上がると、レオンハルトの執着スイッチが入った気配がした。────が……。
レオンハルトも巨大な何かが近づいてきたのに気づき、直ぐに立ち上がって剣を構えた
俺たちが同時に視線を送った方向から、のそっとやって来たのは、20メートルはゆうに超えそうな、巨大な熊型モンスター。
ビッシリ生えた鋭い牙に、黒くてポッカリ空いた目はまるで幽霊の様で感情を感じない。
特別個体
《 ゴースト・ベアー 》
ユニークモンスターほど厄介ではないが、一体で普通のモンスターを遥かに上回るパワーを持ち、討伐ともなれば騎士団の一個部隊は確実に必要。
《 聖零華 》を採取できない理由は、この甘い匂いに誘われてやってくるコイツが原因だそうで、コイツ一体で結構な数の人間が喰われてしまい、そのせいで年始近くの森は立ち入り禁止区域となっている。
そいつに向かって魔法を放とうとするレオンハルトの動きを制し、俺はトンっと軽く飛び、そいつの目の前に立った。
するとそいつは真っ黒な目をギョロッと俺に向け、そのまま俺を頭から齧ろうとしたのだが────あっさりそれを片手で止めてやる。
摘まむ様にそいつの大きく開けた口に生えている牙を持ち、それ以上動かない様にすると、ゴースト・ベアはギョッ!!としたのか、ピタリと止まった。
それにニヤッと笑いながらレオンハルトの方を振り向く。
「 お前さぁ〜。時々忘れてるのかもしれないけど、俺、今はたった一人しかいない世界最強の新型人類。
誰も俺を止める事なんてできないんだよ。
力ではおろか────それこそ《 聖女の遺産 》なんて薬を使ったって……さ? 」
ゴースト・ベアは、我に帰ったのか、そのままグググ……と力押ししようと体重を掛けてきたが、勿論微動だにさず。
レオンハルトは、俺とゴースト・ベアを交互に見つめゴクッと唾を飲み込んだ。
「 俺の体はどんなに強力な毒でも薬でも、慣れればその効果は消えてしまうし、一度受けたその効果は二度と効かない。
……だからさ〜如何に強力な《 聖女の遺産 》だって効いたの一瞬だけなんだって。
どう見たらお前みたいなゴツい男が女に見える幻覚を見続けられるんだっつーの。
触れた瞬間、直ぐ解けちまったよ。 」




