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おねがい!精霊さん  作者: 絶筆ダメ
1章
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1-7 森に隠れた狂気②

 四方から襲いくるヴォルフの群れの突撃は、大剣の一振りと、隆起した土壁と、幾本もの氷柱の檻によって防がれた。

 その中心で頭を抱えて縮こまる私は、第一波を弾き返したのを見てほっと息をつく。

 怖がってる場合じゃない。私も、私にしか出来ないことをやらなくちゃ。


 「大地も、樹木も、風の精霊さんも、みんな力を貸して……!」

 私はチーちゃんとウォルちゃんにも協力してもらい、辺りの精霊さんを片っ端から集めることにした。

 ここは人の手が殆ど入っていない森の中。精霊さんの数には期待できる。

 すぐに私の周りは色とりどりな精霊さんの光で満ちあふれた。


 「……ニック!編入生!コイツらやっぱりおかしい!」

 「そのようですね……!逃げる気配もありませんし……」

 「なあ!二、三頭ぶった切っていいか?」

 「……ダメ!そう簡単に死にはしないし、手負いになると手が付けられなくなる!」

 

 周囲では激しい攻防が続いている。

 ニックは三、四頭程を相手取って戦っていた。

 脇をすり抜けそうなヴォルフには風の刃を打ち出して動きを牽制し、自らを襲うものは足さばきで躱しながら、大剣を振るって威嚇する。まさに大立ち回りだ。

 

 エレムにも四頭程が群がっていたが、こちらはかなり優勢のようだ。

 ヴォルフの動きに的確にあわせて土の塔を次々と打ち出し、着実に群れを後退させている。

 見る限り、多数相手の防御戦は得意らしい。


 ミリィは三頭を相手にかなり厳しい戦いを強いられていた。

 相手の動きに先んじて、術符を結わえた矢を打ち込んで鋭い氷柱を発すると、その瞬間はヴォルフ達も後退するものの、氷柱を回り込むようにして再び襲い来る。

 完全にいたちごっこの様相を呈しているようだ。

 見ると地面には既に無数の氷柱が立ち、一杯だった矢筒はもう半分程になってしまっていた。

 

 私は必死で、十頭あまりのヴォルフを無力化する方法を考える。

 

 どうすればいいの……

 あまり派手な魔法を何発もは使えない。多分、その前に倒れちゃう。

 皆を巻き込むのもだめだけど、こんなに動き回られたら、一頭を狙うのも難しい。

 だったら。

 まずは動きを止めなくちゃ!


 「……ゴメン!ユーナ!」

 

 考えるのに集中していた私は、ミリィの横をすり抜けて飛びかかってくる一頭に直前まで気づくことが出来なかった。

 「……ひやああああっ!」

 とっさに避けようとするも足がもつれて転んでしまう。

 私は目の前に迫る巨大な口から顔を背け、身を縮めて、目をつむった。


 

  

 次に私が感じたのは、想像していたような痛みではなく、強い地響きだった。

 恐る恐る目を開けると、私は堅牢な土の壁に一周、囲まれている。

 と、壁が崩れ、私の目に映った光景は、落ちてくるヴォルフを力強く殴り飛ばす、エレムの背中だった。


 「あ、ありがとう……!」

 彼は一瞬だけ振り向いて笑顔を見せると、再び駆け出して、今殴り飛ばしたそれをさらに追撃しに向かう。


 「し、死んだかと思ったぁ……」

 私は震える足でなんとか立ち上がり、戦況を見渡す。

 ニックは徐々に押され始め、ミリィも限界が近い。 

 

 早く、私がやるんだ!

 

 私は自らを奮い立たせて、先ほど立てた作戦をもう一度確認する。

 「大丈夫……できる……」

 そう信じて、私は上空へと散った風の精霊さんにイメージを送った。

 

 (錘……あらゆるものを押し付ける、空気の錘……)

 

 瞬間、辺り一面に強い風が上空から吹きおりた。

 それはまるで空気の塊が落ちてきたようで、その場の全てをー申し訳ないがニック達もー地面へと強く押し付ける。

 「……ぐうぅ……」

 「おいっ、ユーナ、何を……」

 

 謝りたいが、その暇はない。この一瞬、ヴォルフ達も動きを止めたこの一瞬を見逃す訳にはいかない。

 

 (手……地中から忍び捕らえる、土の手……)


 私が、あらかじめ地中に送り込んだ大地の精霊さんにイメージを送った直後、

 地面から黒く小さな手が生え、次々にヴォルフ達の足を掴んでゆく。

 暴れれば容易く壊れてしまうだろう、脆い手だ。だけど、それだけの時間が稼げれば十分。


 私は全身の力が抜けてゆくのを感じ、倒れそうになりながら、チーちゃん達に最後のイメージを送る。

 

 (蔦……獣を縛る、強い蔦……!)

 

 足をとられてもがくヴォルフ達の足下から、細くしなやかな蔦が無数に伸び、それらの胴体に巻き付いて地面へと縫い付けてゆく。

 最後の一頭が暴れながら蔦に絡め取られ、ニックの歓声が上がるのを聞きながら、

 私はその場に倒れ込んで、そのまま意識を手放した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  

 「……ん、んー……」

 私が目を開けたときには、心配そうに覗き込むミリィの顔が大きく映った。

 彼女は私が目を覚ましたと知ると、少しだけこわばった顔を緩めた。

 「……よかった。随分長く倒れてた。大丈夫?」

 みると、まだ高かったはずの日がもう沈みかけている。

 私は、平気平気と手を振ろうとして、手に力が入らないことに気付く。

 

 「んー……まだ本調子じゃ、ない、かな?」

 代わりにぎこちなく笑顔を作ると、それでも安心してくれたようで、ミリィはほっとため息をついた。

 

 「すげーな!あんだけの数、ホントにやりやがった!」

 ニックが駆け寄ってきて、私の肩をバシバシと叩く。痛い。

 「素晴らしい術でした。あれだけを一度に無力化するとは、本当に……」

 エレムもその横で賞賛の声を上げてくれる。二人とも心配してくれていたようだ。

 「……みんなが守ってくれたおかげだよー。ありがとー……」

 私は自分が横たわっている寝床が二人のローブで作られていることに気付き、慌てて横にどこうとするが、やはり体が上手く動かせない。

 

 「……そうだ、ヴォルフ達は?」

 「あの通り、ユーナさんが縛り付けてくれていますよ。」

 私が首を回して辺りの様子を見ようとすると、エレムが支えてくれて、なんとか体を起こすことが出来た。

 蔦で縛り付けられたヴォルフ達は、暴れることもなく、不自然な程におとなしく横たわっていた。


 

 「……群れの頭の首に、こんなものが巻き付いてた。」

 私の魔法の成果をのんびりと眺めていると、ミリィが私の目の前に、砕けた金属片を差し出してくる。

 大きな破片をもとに頭の中で復元してみると、人の頭程はある大きな輪になりそうだ。


 「……コレを砕いた途端、ヴォルフ達がおとなしくなった。

  ……ユーナ、精霊達に、蔦をほどいてもらえそう?」

 「……ええっ、大丈夫なの……?」

 「……私の考えなら。多分。」


 ミリィが言うなら、と私はそばに寄り添ってくれていたチーちゃんに頼んで、ヴォルフ達を解放してもらう。

 すると自由になるや否や、剣を構えたニックから逃げるようにして、一目散に駆け出し、散り散りになっていった。

 

 「……やっぱり。アイツらがおかしかったのは、この首輪のせい。」

 私の後ろでエレムも頷き、続ける。

 「それも、明らかに人工物です。となると……誰かがこの森で、よからぬ企みを立てているようですね。」

 それを聞いてニックが不満げに鼻を鳴らした。

 「けっ、いったい誰が、獣を凶暴化させるなんて考えやがるんだか。」

 「……さあ、犯人も目的もわからないけど。

  今は森を出るべき。ユーナも起きたし、夜になる前に帰りたい。」

 「そうですね。……この首輪が一本だけとも、限りません。」

 


 結局立つことが出来る程に回復しなかった私は、エレムにおぶってもらって帰路につくことになった。

 皆が無言で、暗くなり始めた周りに警戒を払っている。

 それにしても、エレムの背中は心地よい。

 彼が一歩進むごとに、私の体には気力が戻ってくるように感じられて、枝が薄く地面も歩きやすくなる頃には、皆と並んで一人で歩ける程にまでなっていた。


 

 「はあ……やっと帰って来れたあ……」

 私たちは門を開けて森の外へと出た。

 今日ばかりは説教を受けたくないという祈りが通じたか、門の外には人影はなく、私は再び門の鍵をかけてもらう。

 「……ゴメン、思ったより、大変なことになって。」

 「いや、最高にアツい訓練だったぜ!また森に行くなら絶対呼べよな!」

 そう言って、しかしやはり疲れた様子で男子寮へと引き返してゆくニック。

 「はあ……私たちも帰ろっか。」

 私はため息をついてミリィに声をかけるが、ミリィは首を振る。

 「……私は少し、用があるから。ユーナは早く帰った方がいい。」

 そっか、と私も疲れきった体に鞭打って、一人で女子寮へと向かった。


 

 「ただいまー。」

 すっかり暗くなった部屋に、優しい明かりが灯る。

 私は着替えるのも忘れてベッドに倒れ込んだ。


 「あー……大変だったー。……今日もありがとうねー、チーちゃん、ウォルちゃん。」

 二人がチカチカと光って私の周りを飛び回る。

 私はそれを眺めながら、いつしか眠気に襲われて、そのまま泥のように眠り込むのだった。

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