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口上の翌朝

「朝食は、一日の要。粗末なものしかありませんが、お気の済むまでお食べ下さい」

「わしが用意したものだろうが。なんでお主がそれを言う。そう言うことは、焼く、茹でる以外の食事を作れるようになってから言わんか」

「何を言う。生での食事は、草でも危ないだろうが」

「そういう事を言っておるのではないわっ、まったく。そんな事では、せっかく姿が戻っても嫁の貰い手がないぞ」

「ふん。今の私には、」


 マルは横でせっせと食べるハムスターなガマを見て、


「ガマ殿を安全に送り届ける指名がある。それを成すまでは必要の無いことだ」


 と続けたが、最後に声を潜めた。

 マルに見詰められている事に疑問を覚えたのか、口周りを食べ汚した顔で、ガマはマルに顔を向けた。


「本当に、申訳ありません」


 マルはそれを拭き取りながら謝罪の言葉を述べた。

 理由は昨晩の、ガマが聞き覚えていた啖呵売たんかばいの口上を謳いあげた後の事だった。

 結局、その口上に材料や作り方はあったが、それが隠語か例えなのか、そのものズバリを言っているのか、オババにはわからなかった。

 聞けば、ガマは件の油を、一つしか持っていない。

 さすがに唯でさえ希少な物であろうものを、一つしか持っていないのであれば、その一つを譲ってくれとは、オババは言い出せなかった。

 ならば、そこまで買いに行くしかないと、なったのだが――


「帰り道がわからない? のですか」


 その時、ガマはなぜか大きく自信を持って、頷いていた。

 買ったのは露店商からで、『いつまでそこに居るかわからない』。ガマの言葉に、翌朝一番でそこへ向うとオババが言い出したのだが。


「いや、さすがにその年では無理だろう。どうもガマ殿の話では、相当遠くのようだ。護衛も兼ねて私が送り届けよう。よろしいですかガマ殿? 何か難しい理由でも御有りなのですか」


 ガマは、んーと一度俯くと、顔を上げて首を微かに傾けた。


「わからない……覚えていないということですか? 産まれも? ご家族も? なんて事だ」

「記憶の混濁となれば、毒霧かの?」

「たぶんな。私の毒の影響だろう。くっ」


 ガマから聞き質すたびにマルは血の気を失っていき、ガマはわからない事にぱっと顔を輝かせた。


「私の毒を吸いこんで、無事だと思い込んでいた私は、馬鹿だ。何を浮かれていたのだ。見た目に影響が無ければ、精神を疑うのは当然だろう」


 木の床を激しく打ちつける、鈍い音が響いた。


「ガマ殿、誠に申しわけありません。恩に報いるどころか、仇を」


 オババが目を伏せる先で、文字通り額を擦り付けた土下座をしたマルは、ガマへ低く静かに、言葉を紡いでいく。

 マルの行動を眺めていたガマは、何を思っているのか見つけられない顔で、マルの肩をポンポンと叩いてそのまま頭を撫でた。

 短くない沈黙が続いた後、その静寂は不意に断たれた。

 どこかで聞いた、鳴くのが面倒になった梟の声――ガマのお腹が抗議を上げた。


「今は食事だ。そうだろう? ガマ殿」


 ガマは、今だ伏せるマルの顔を両手でぷにゅっと挟むと、マルをタコ口にしたままヒョイと引き起こす。

 それが昨晩のことだ。


「昨晩、食事をしながらも言ったが、『忘れた』のであって、『知らない』のでないなら、何かの拍子に思い出すかもしれん」

「わかっている。だから、まずは近くの街に行ってみるつもりだ。必ずガマ殿を無事に、むぅ」


 下がり始めたマルの顔を、ガマはおもむろに挟みあげた。


「はい、ガマ殿。お任せ下さい」

「目的はそれだけではないのを忘れるな。一晩経ったが、姿は今だ人のままだが」

「うむ。ガマ殿の恩情のおかげだな」

「それがいつまで続くのか……ガマ殿の薬油。その効能は驚くべきものだが、それで完全に人に戻ったと考えるのは、酷だが都合よく考えすぎだろう」

「アレがそうか。オババ」

「うむ。昨晩確認の為に斬りつけたその腕。傷痕も無いの。そして、お主の血を付けたものは、あの通りだ」


 マルとオババの視線の先。食事をするテーブルから少し離れた床に一つ、木の桶が置いてあった。

 その中には、野菜、魚に小石が入っていたが、野菜は部分々々が枯れ落ち、魚は一部が溶け落ちたように欠けていた。小石に至っては、溶岩石の表面のように大小の穴があいている。

 それらを受けた桶も、変質している部分が見て取れる。


「今のお主は、姿が戻ったというよりも、人の姿を得たといったところだろうな」

「『祝福』は、かわらずか」

「いや、戦いになったのなら、もっと凶悪な状況を作るかもしれんの」

「そうか」

「ガマ殿とは一晩の付き合いだが、惜しみなくアレを使うだろう事は想像できる。でも、それも有限。だから、」

「ガマ殿を守りつつ、薬油を手に入れる」

「そうだ。それがわし等が待ち望んだ悲願。頼んだぞ『純白の騎士』よ」

「ああ、任せてくれ」

「それはそうとして、その格好は、もうちっとならんかったのか」

「仕方ないだろう。ここに置いていた鎧は、左半分のものだけなのだから」


 マルは椅子に腰を掛けたまま、両腕を中途半端に上げて見せる。

 左半身しかない金属鎧を、革ベルトやら皮紐で無理やり固定していた――素肌へ直接。

 胸当てを抑えている革ベルトは、そのまま右乳首だけを隠した革帯となっていたり、お腹周りも二本三本と重なるベルトが、巻き付いて締め上げているようだったり、ちょっと見方を間違えれば、拘束系のボンテージ衣装と言えなくも無い。


「昨日までは、厚い金属プレートでも右半身を覆い続ける事が出来なかったのだ。当然鎧下など用意しても仕方なかったのだし、それにちゃんと淑女としての『つつしみ』は、隠れているぞ」


 腕を上げたまま自信満々に言い切るマルへ、ガマが「おー」と感心を示す。


「え、『格好いい』ですか? ありがとう御座います。『解かれると、何か目覚めそう』? 良くわかりませんが、お気に召して頂いたようで、嬉しい限りです」

「ふん、無駄に大きいものを更に強調させおって」

「なんだオババ。年甲斐もなく羨ましいのか。繰り返すが、今までみたいに鋲を体へ打ち付けて固定できないのだから仕方ないだろう」

「痛みを覚えるようになったお主の半身で以前のような着方をしたなら、昨晩腕を切った時みたいに、泣いてしまうかもしれないしの」

「なっ」


 顔に朱が差すの誤魔化す様に、マルは即答する。


「泣いてない」

「泣いたろ」

「泣いてない」

「泣いたろ」

「泣いて……はい、泣きました。なので、そのまま慰めててください」

「なんじゃろな。その変わり身は」


 ガマが一声掛けた途端、マルは態度を一変させた。

 マルが正直に答えたからか、ガマはマルに頭を下げるよう促すと、頭をさすり始めた。


「お主と随分長い付き合いになるが、そんなに頭を撫でられるのが好きだとは知らなかったぞ」

「うむ、私も昨晩知った。あ、もう少し続けて下さい」


 コクと首を体にめり込ませて、止めかけた手をガマは動かす。


「私はこの身長だ。気軽に頭を触れるとういうのは、難しいかったのだ思う。考えてみれば、幼少の頃より褒めれる事はあったが、その多くは式典などの礼式に沿ったものでだった。だからなのかもしれないな。こうされるのは、嬉しいと言うか、ほっこりすると言うか、あ」


 ガマが不意に手をマルから離した。

 名残惜しいことを隠そうともせずマルはガマの手を目で追うと、その手はマルの頬を押さえた。

 マルの頭を、ガマは胸に抱えて、ボソボソと何か呟くと、


「泣いてません」


 マルのくぐもった声が、ガマの胸に伝わった。



 □ □ □

 


「さて、行きましょう」


 朝食を終え、邪魔にならない程度の荷物をバックパックへ準備したマルは、そうガマに声を掛けて戸口へと向う。


「お主は何をしておるんだ?」


 扉の前で荷物を背負うのかと思えば、マルはガチャガチャと胸周りの防具を外して、バックパックへ括りつけている。


「見ての通り、脱いでいるのだが。やはり、ボケたか」

「言うに事欠いて、『やはり』とはどう言うことじゃ! なぜ、裸になっているのか聞いておるんだろうがっ」

「いいか、オババ」


 マルは自由になった胸を垂らすように腰を軽く折ると、子供に言い聞かせるようにオババへ説明を始めた。


「これから近くの街まで行くのだが、森を抜けて向うことになるわけだ」

「まあ、道らしい道は無いからの」

「そうだ。そこをガマ殿に歩かせるのは、どうかと考えるわけだ」

「そうか?」

「気持ちを置いたとしてもだ、普通の者でも今から出たら、森を抜けるのに夕方近くになりかねない。まして不慣れなガマ殿であれば、時間は掛かってしかりだ」

「そうだな」

「なら、私がガマ殿の足と成って行こうと言うのだ」


 どうだと、言わんばかりのマル。


「で、なぜ脱ぐ?」

「まだ、わからないか?」

「わからん」

「足に成るといっても、ガマ殿を背負うかしなければいけない」

「まあ、引き摺れんわな」

「だが、背負うには私の腕の長さが十分でない」

「十分じゃろ」

「ガマ殿に自身の体を支えてもらう必要がある。私の肩に手を掛けてもらう必要が」

「普通じゃろ」

「しかし、そんな負担をガマ殿にさせるは、私には認められないことだ」


 ガマは『別にいいのにな』とでも言いたそうに、マルを見上げている。


「ガマ殿は、構わないみたいだが」

「荷物を背負う必要もあるしな。ならば、抱きしめるしかなかろう」

「ガマ殿は、背中でよいみたいだぞ」

「だが、鎧を着けたままでは、ガマ殿に苦痛を強いることになってしまう」

「いや、真ん丸のガマ殿なら、多少のゴツゴツなら吸収すると思うぞ」

「ならば、私の身をもって包んで差し上げることが最善じゃないか」

「そこで乳枕になるのか、お主は」


 拳を握り締めて自身の言葉を噛み締めるマルを、オババは溜息で肯定した。


「はい、ガマ殿。森を抜けたらご自分で歩くと? いえ、そんな遠慮なさらず街の入り口まで、なんなら街もそのままご案内を、」


 ガマはここは譲れないと、大きく腕を交差させバツを作る。


「抱きしめられるのは、諦めなさったか。ガマ殿」


 オババの言葉に振り向いたガマの瞳から、オババはそっと目を逸らした。

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