最終話:Heart Friend
可菜香は蓮についていく。ただついていくだけではなく、話をしながら。
「あの…早瀬さん。早瀬さんは…カイく…谷嶋介人君のお友達?」
いきなり初対面の人にカイ君と言ってもわからないことに気付き、途中で訂正した。
「…ふーん、カイ君って呼ばれてんだ、谷嶋」
少し低めの声でそう返され、結局は可菜香の問いには答えなかった。
「…?」
可菜香は首を傾げる。
(あれ?…質問の答えは…)
聞こえなかったのかと思い、そう深くは考えないことにした。
「早瀬さん、見慣れない制服だけど…県外の学校なの?」
「………まあね。ここからかなり遠いとこかな」
この問いには答えてくれた。
無視されているのではないとわかり、可菜香はほっとする。
「で、加賀さん。病院行ったでしょ?谷嶋、あたしのこと何か言ってた?」
「え…?」
ざわ…。
自分の周りに蛇が纏わり付くような、ぞくりとする感覚。
何故早瀬さんが知ってるの?カイ君が入院したことを。
「…」
それほど大きな騒ぎにならなかったから、ニュースでも取り上げられなかったのに。
そもそも、さっきから引っ掛かっていた。
早瀬蓮さんは介人の母が話していた人だ。暴力事件で…脅されるままにカイ君を殴りつけた…あの…。
「な…何も……いつもと違ってはいたけど」
「どんな?」
可菜香が言い終わらない内に蓮は詰め寄る。表情に先程と変化がないので、何だかそれが怖かった。
「!」
「どんな風なの?」
「か…帰ってくれって…みんなを避けてるみた…いに…」
「………あっそ」
蓮は寄った顔を遠ざけ、急に冷たく言った。
「忘れてないんだ…あいつ」
「なに…を?」
「うるさいな、いちいち聞くなよ」
「っ……」
冷たく言い放った言葉に可菜香はたじろぐ。
どうしたんだろう…何だか急に態度が…雰囲気が変わって…。
「で、加賀さん、谷嶋とはどういう関係?」
「え…」
「どういう関係?」
「それは…その…」
それは説明が難しかった。幼い頃に知り合ったとはいえ、小学校と中学と、これだけの時間が空いてからの再開では幼なじみとは言えない。
だが、ただの友達と言うのは何だか嫌だった。
「…その…あの…」
「どういう関係なのさ?」
「……」
「…どういう関係だって聞いてるでしょ?」
先程から冷たい態度を崩してはくれない蓮の問いに、可菜香は答えなかった。
蓮はその後も、可菜香にどこか理不尽な態度で質問を続けていた。
夕日が更に傾いてきた夕方の病室。介人は呆然としていた。
「は…?」
いきなり何の脈絡もなく告白を受けて。
「にへ…言っちゃった♪」
おどけた様子で笑顔の由奈。
「好きって…俺…のことですか?」
「…うん。ごめんいきなり。わけわかんないよね?」
笑顔はフッと消え、代わりに遠くを見るように目を細めた。
「でもね、今の介人は嫌いなんだ。ひねくれてるから」
「はぁ?」
「それでもやっぱり好きだけど」
「…あの…」
本当にわけがわからない。
「…介人。介人は誰が好き?」
「え…」
帰ってくれ、と言うはずのことすら忘れていた。
「可菜香ちゃん?」
「い、いきなりわけわかりませんって!」
「…本当だね。でも、知りたいかな。みんなを嫌いになった介人の好きな人」
「……だから、なんでそんなこと…」
「だって…介人嘘つきだから」
介人は胸にズキリとくる何かを堪え、聞き返した。
「い…いつ嘘をつきましたか?」
「前から。今も続けてるよ。みんなが友達なんかじゃないっていう嘘」
「嘘じゃ…」
「嘘」
「本当ですよ」
「う・そ」
互いに引き下がる様子もなく、同じ言葉が続く。
「本当です」
「う〜そ〜っ!」
「だから――」
「だったらなんで絵本や贈り物を大事に持ってるの?」
介人は驚いた。自分でも気が付かなかったから。
そうだ…嫌いな人からのお見舞いを大事にとっといてるなんてどう考えても変だろ、俺…。
「……無理しちゃってさ。いい加減正直になったら?」
介人はしばらく黙るが、やがて観念したように呟いた。
「……由奈さん、どうしてみんな、俺に…俺なんかに構ってくれるんですか」
「ん?ああ…簡単だよ」
由奈は介人の手の上にそっと自分の手を重ねる。
「!………?」
さっきの亜矢の一件で条件反射で拒絶したはずの手は、今回はまったく反応しなかった。
「みーんな、介人の友達だもん」
「…!」
確信した。
由奈さんが原因だった。
由奈さんだから安心して触れられた。
…由奈さんだから。
「…そう、か…友達だから…」
由奈さんが友達だから安心できるんだ。
「うん。わかってくれてよかった…♪」
「……」
由奈さんだから…か。
でも…何か違う気がする…。
俺は…由奈さんのこと…今までどう思ってた?
今は、どう思ってるんだ?
「…で、聞こうかな。介人の好きな人」
「…」
…どう考えても俺の心は…。
傾かなかった。
「…あの」
介人は空いた方の手で絵本を強く握る。
物語のお姫様、それを励ますウサギが強く描写された。
亜矢の言葉も甦る。
『そして、好きだって気持ちは変わらず、お姫様はここまで来たの』
俺が…可菜香を元気にした?
『初々しいカップルとでも思われてんのかな』
『そうだと…いいね』
俺は…物語のウサギになれるのか?
『思い出してくれた?私のこと』
俺はウサギなのか?
可菜香とのやりとりが時間を遡る中、ついに最も古い時期に至る。
『バイバイ…カイ君』
…ようやく思い出せた。
「…由奈さん」
「ん〜?」
「ごめんなさい…俺、可菜香が好き…みたいです」
言った途端、由奈が手を握ってくれてるのが申し訳なく思えた。
「…あー、やっぱり。負けか」
がっかりした様子はなく、勝負を楽しんだ後の選手みたいに言った。
「…」
それでも少し辛かった。由奈の気持ちを裏切ったようにさえ思えたから。
「ほらほら、そんな気にしない。いーのいーの、介人の好きな人なんて、最初からわかってたようなものだしね」
由奈は触れていた手をそっと放し、代わりに肩をぽんぽん叩く。
「んじゃ、可菜香ちゃんに謝ってきなよ。外出許可取ってきてあげるから」
立ち上がって踵を返し、ドアに手をかけようとした。
「え…あの」
「謝っときなさい。ただでさえ好きな人から突き放されたんだから、女の子は淋しがるの。これは命令っ!」
そう言いながら由奈は出ていき、病室のドアが閉まった後には静寂が訪れた。
「……忙しい人だな…いつもいつも」
気が付けば、なんだか気分が清々しかった。
友達が戻った安心感なのだろうか。それもある。
何というか、自分の気持ちに決着がついたと言うのかな。
しばらくして、由奈は病室のドアをノックし、返事を待たずに開けた。
「おっけ、外出の許可もらえたよ!さ、行ってきなよ」
「え?由奈さんは…」
「お邪魔になりたくないの。早く行きなさい」
「はい」
…ありがとうございました。それと、ごめんなさい――。
介人は心の中でそう言った。
「あの…着替えるんで…」
もちろんパジャマ姿で出かけるバカじゃない。
「あ、ごめんごめん。じゃあ、私はもう帰るから。お大事にー」
「はい、さよなら」
ドアが静かに閉じられる。
聞こうと思えば介人の衣擦れの音が聞こえたが、そんな趣味はない。
由奈は廊下から病院の外へ出た。
「……」
病室であった出来事。見た目とは違い、介人への告白は相当な緊張を伴っていた。
だがその後、つまり今になって、その緊張は悔しさに変わり始めた。
「やっぱし可菜香ちゃんか……応援しといてなんだけど、悔しいよ…」
涙は出ない。わかっていたからだ。
「勝てるわけないよね…何年分も詰まってる想いだもん…」
介人のいる病室に、ではなく、病室にいる介人に向けて親指をグッと立てた。
「頑張れ青少年!にへ♪」
すると、由奈は半ばやけくそ気味に全力で走り去った。
「あーもう!お姉さん悔しいぞーー!」
涙は出なかった。絶対に。
彼女は人前では絶対、泣かなかった――。
そこは、この舞津市にあることすらよく知られていない、工場が建ち並ぶ区画だった。
この中には誰もいないらしい。おそらく、もうほとんどが使われていないのだろう。周りの錆びついている箇所からもそれが伺えた。。
「ねぇ、ここ…どこ?なんでこんな所…」
蓮と可菜香は共にそんな人気のない場所を歩いていた。
「誰にも話の邪魔されたくないんだ」
「は、はぁ…」
「…ここでいいかな」
と、ある倉庫の前で立ち止まった。
「加賀さん、さっきの質問だけど…谷嶋のこと、どうなの?」
「…友達、だよ。幼なじみ」
事実。そう答えるだけのはずだったが。
「くだらない嘘だね」
蓮はそれを頭っから否定した。
「別に嘘じゃないけど…」
「その割には友達以上に想ってんじゃん。まあ、友達までだっていうならそれで都合がいいけど」
都合がよい。可菜香にはその意味がわからなかった。
「え…どういうこと?」
「ん?あいつを俺の彼氏にするから」
「!?」
可菜香は驚きでよろめきそうになった。
「い、いきなり…何を言って」
「あいつさ、俺のやらかした一件以来、ふさぎ込んじまったんだよ」
つい最近知ったばかりのことだった。
「…それを忘れさせようかと思って、この舞津市に来たんだけど」
「忘れさせる…って、どうやって…」
「そんなの簡単っしょ。…ほら」
そう言って、蓮は工場の脇の通路から何かを持ってきた。
「?」
金属のバット――。最初は何故それが忘却の素なのかわからなかった。
でも、蓮と介人の傷、おまけに昔の話で介人を殴ったことを考えたら察しがついた。
「……」
恐怖で顔からは血が引き、無意識に後ずさる。
「そもそも、俺はあんたと話しに来たんじゃないんだ」
ガラガラ…と引きずるバットがコンクリートの地面と擦れる。蓮はその音をBGMに近付いてきた。
「谷嶋があのこと忘れて、そんで俺があいつと恋人になってやり直すんだ。全部とはいかないけど」
一歩、また一歩と狂気の少女が近付く。
「でも、それには邪魔くさいのがいるし。…ねぇ加賀さん?」
「……っ……っ」
声が思うように出ない。
「大体、気に入らない。谷嶋に謝って、全部やり直すつもりだったのに…お前が」
「…」
「お前がなんで谷嶋と手を繋いでるんだ…。なんでお前なんだよ…」
「あ…」
可菜香は蓮を初めて見た日を思い出した。あの時、介人は蓮を見ずに可菜香の手を強引に引いていったのだ。
「お前なんかが!」
蓮がバットを力の限り振り下ろし、地面がガァン!と鈍く響く。
「っ!」
気が付けば、可菜香はその場に背を向けて一目散に逃げ出していた。
「…逃げんな…逃げんなよ…」
蓮の呟きも、可菜香には聞こえない。
「…はっ、はぁっ、はっ…」
息はありえないほど乱れ、目からは涙が溢れそうになった。
「助けて…助けて」
携帯電話を取り、震えを抑えて一番に頼りになる人物に電話をかけた。
着替えの終わった介人は包帯を巻いた頭に帽子を被り、看護士から「たいしたことないから今回は特別なんだけど、気をつけてね」と言われてから病院を出た。
怪我は頭以外にないから、歩く分には問題ない。走ったら少し痛みが響くくらいだ。
(可菜香…許してくれるかな…)
そんな不安をずっとずっと感じつつ、連絡を取るために携帯電話を手に――
『〜♪』
「わっ…?」
取ろうと矢先に着うたが流れ、危うく落とすとこだった。
気を改めて携帯電話を開き、誰からの電話かを見る。
「あ…」
『加賀可菜香』――。
(偶然…か…)
通話ボタンを押して耳に当てる。
「もしもし」
『カイ君、助けて!』
「!?」
いきなり求められた助け。何が何だかわからなかった。
『早瀬さんが、バット持って追っかけてくるの…!怖いよ…怖い…!』
「……」
一瞬、どうするべきか戸惑ったが、どうにか我を取り戻し、聞くべき事を思い出す。
「今どこだ!?」
『工場みたいな所…よくわからないけど…今倉庫の番号が『4番』の所を走ってるの…』
「わかった!今行く!」
『早く来て…!早く、早く…!』
電話越しでも、泣きそうになっているのは伺えた。
気が動転して、介人が本来は入院中だという事もすっかり忘れていたのだろう。
通話を切らないまま、介人はすぐさま全力疾走で工場区画へ向かう。
よく知らなくても、工場なのだから、それらしい場所は見当がついていた。
「ぐ…っ」
足と地面の振動が完治してない頭に響く。たが、速度を緩めるわけにはいかなかった。
『あ…き、来た!』
電話の向こう側からは可菜香の怯える声以外に何かが聞こえる。
ガラガラ…と。
(金属バット…!)
「可菜香!?あと10分はかかるから、とにかく逃げてろ!」
『無理だよ…はっ、はぁっ、怖いよ、早く来て…!』
荒い息遣いと啜り泣きが聞こえてくる。
「諦めんな!絶対に間に合わせるから!」
走る。
走る、走る、走る…。
工場が見え始め、更に走る――
『ぃやぁああああっ!』
ガシャン!!
「!!!」
足が止まった…。
電話の向こうからだけではなく、はっきりと見える工場区画の中からも耳に入った音だった。
「……かなか…?」
『………』
向こうからは何も言わない。
「可菜香!」
頭に響く痛みを忘れ、駆け出す。
倉庫の4番を過ぎた所…4番、4番、4番…。
4の数字を探し、声の出所を目指す。
「……!」
いた。
もしかしたら死んだかと思っていた。
でも…最悪の事態だけは起こっていなかった。
最悪ではなかったのだが――。
「いっ…た…っ」
可菜香は息を押し殺して倒れていて、歯を食いしばりながら片腕はもう片方の肩をギュッと押さえている。
肩に向けてバットが振り下ろされていたのだ。
そのバットを握る人物は、悲鳴の後から介人が現れるまでは動いてなかったらしい。
「可菜香…」
可菜香との通話を切り、狂気に侵された蓮を見つめる。
「谷嶋…?」
ぱっと振り向いた蓮は幸せそうに笑い、バットを捨てて介人の近くに来た。
「谷嶋!あのさ、今から全部やり直そうと思ってんだけど、協力してくれよ」
介人はこの惨状を見て、罪悪感が喉元まで引き上げられた。
「谷嶋、忘れよう、全部。俺がやったこと。谷嶋が怒ってたこと。谷嶋に俺以外の友達がいること」
自分が原因でこんな蓮を生み出したことに目眩がし、
「友達は俺だけでいいだろ?どうせこいつらは後で裏切るけど、俺はもう谷嶋を裏切らないからさ」
自分が原因で可菜香をこんな目に遭わせてしまったことに、吐き気がした。
「ふ……ぐ…っ…!!」
肩の痛みを必死に堪え、可菜香は更に腕の力を強める。
さするのも痛そうで、逆にそれを抑えたい苛立ちで力が強くなる。
目は、とうの昔に涙で濡れていた。
「じゃ、俺、続きやるよ」
「!」
蓮の声で我に返った。
続き――考えるまでもない。
昔の自分が受けた『とどめ』だ。
「やめろッッ!!!!」
介人が叫ぶと、可菜香に向かおうとした蓮が止まった。
「早瀬…やめてくれ…」
この後のことを考えると、涙が出そうだった。声も自然と泣いてくる。
「お前が…俺に…したことなら、許す…から…だから、やめろ……!」
「……だよ、それ…」
ぽつりと蓮が呟く。
「…何なんだよそれ…。こいつがそんなに大事かよ。俺より」
「やめてくれ…頼む…」
介人は懇願し続ける。
「もう裏切らないって誓った俺より!こんないつ裏切るかわからない女が大切なのかよ!俺より!」
「可菜香は…」
蓮の声はより一層激しさを増す。
「こいつだけじゃない!あんな奴らも、いつか絶対に谷嶋を裏切るんだ!だから俺は!」
「小さい頃からの大切な友達なんだ…だからやめてくれ…」
「!…カイ君…?」
今の…って…?――。
それは痛みを一瞬忘れるほどだった。
「…っ!そういうバカな事なんか…」
蓮は可菜香の近くに捨て置いたバットを掴む。
彼女が足を進め、バット振り下ろしたのは――。
「忘れろ!」
介人の方だ。
「っ!」
しかし、それは鈍く血生臭い音を奏でることはなかった。
「……」
蓮の金属バットは介人の額の前で止まっていた。
「…はぁ…はぁ」
「…ふぅ……ふぅ」
互いに、リズムの違う荒い息遣いが漏れる。
少しの沈黙があり、カラン、とバットは蓮の手で脇の方へ捨てられる。
蓮は膝をついて泣き出した。
「……あぁぁ…っ…うあぁぁ……っ!」
「!?」
介人は驚きが隠せなかった。
何故あそこまできて…俺を殴るのを止めた…?
「もうヤダ…なんで谷嶋は…俺のこと好きになってくれないんだよ…!」
頭をぐしゃぐしゃと引っ掻き回す。
「謝ったのに…謝ったのに…!なんで…!」
「早瀬…」
「谷嶋のために頑張ったのに……頑張って…たのに…」
早瀬は、なりふり構わず泣きじゃくっていた。
俺の心中の罪悪感はギロチンの如く、激しい痛みを感じるように心を切った。
「なんでだよぉおっ!!!」
突然、早瀬は立って走り出す。
介人が来た方向とは別な、つまりは工場の奥へ、奥へと。
「早瀬っ…!」
呼び止めようとして立ち止まる。
「……」
可菜香を置いていくわけにはいかない。
蓮のことは気掛かりだが、介人も可菜香も危険に曝される可能性を考えると、今は追いかけている場合ではなかった。
「…大丈夫じゃないよな…痛いか?」
「……平気」
嘘だ。さっきから肩を押さえっぱなしなのだから。
「もう片方は大丈夫?」
「う、うん…」
これは本当だった。
介人は、可菜香の痛まない方の肩を担ぎ、立たせる。
少しばかり可菜香の身体は重かった。恐怖から立てなくなった、可菜香の重みがそのまま全部のしかかってきたのだ。
「…病院に行こう。な?」
「うん…」
介人は可菜香を優しめの歩調で歩かせようとした。
「わっ…!」
「!」
可菜香がふらつき倒れそうになるのを介人は慌てて支える。
どうにも歩くのは無理そうだった。
「……」
「ど、どうしよ…立てない…」
黙って見ていると、可菜香の足は震えていた。
(無理もないか…あんなことがあったら俺だって怖い)
介人は少し悩んだ末、思い付いてたが実行しなかったことを行動に移す。
「可菜香…ちょっと悪いんだけど」
「え…」
介人は可菜香に背を向けてしゃがみ、手を後ろに出した。
おぶされよ、と。
「…早く診てもらわないと。酷くなる前に…」
「……」
少しの沈黙の後、介人は背中に大きなものが乗ったのがわかると、足を持って可菜香をおんぶした。
「辛いかもしんないけど我慢してて。なるべく早く行くからな」
「うん…」
可菜香が返事するのを確認し、病院へ向かった。
(カイ君…)
可菜香は躊躇せずに乗った介人の背中で複雑な思いを巡らせていた。
(早瀬さん…カイ君が好きだったんだ…。だから、私が邪魔に…)
「………」
介人は先程から黙って歩いている。その表情はどこか曇っていた気がした。
(…カイ君は…今まで早瀬さんのことから目を背けてて。そして…怪我をした)
少しばかり、悔しかった。
そんな辛い過去を、辛い気持ちを自分に相談してくれなかったことが。
そして、
(私はそんなことを、少し気にかけたぐらいだった)
自分がちゃんと気付いてあげられなかったことが。
「…なあ」
介人が呼び掛けたが、可菜香は返事をしない。
そんな気分ではないのかもしれない。
「ごめんな」
「………」
「怪我させて…」
「…大丈夫」
また会話がしばし途絶える。
しばらくぶりに切り出したのは可菜香だった。
「早瀬さんのこと…いいの?」
「……よくないけど…もう、手遅れなのかもしれない」
「手遅れ?」
「あいつ…なんだか死んでるみたいだった。人の話はまるで聞かないし、無茶苦茶なことは言うし…なんか、全部おかしくなっていたんだ」
蓮は、もう以前の蓮でなくなっていた。その違いは介人だけがわかっていた。
「早瀬は…いつも俺を笑わせてくれた。憂鬱で退屈な日々を…あいつだけが紛らわせてくれたんだ」
「……」
「でも、あの一件から、あいつはもう変わった。俺に執着するようになって…高校受験にも受からず、家出して…あんな風になった。…いや、俺がさせた」
「そうなんだ…」
可菜香は返事に困っていた。それでも介人は構わずに続ける。
「俺が意地を張らずに許してれば、こんなことにはならなかったよな。可菜香も巻き込まれずに済んだし。だから、全部俺のせいだ…。ごめん…」
「……私ね」
私は、謝ってほしいんじゃなかった。
ただ、彼を許してあげたかった。
『君のせいではないよ』と。
「私はね、カイ君に会えてよかったと思ってるよ」
「よかった…?」
「うん…。私、幼稚園を卒園してから、辛かったよ。カイ君がいなかったから…。石橋くんとお姉さんが励ましてくれたけど、やっぱり辛かった。…その………えっ…と」
可菜香は口ごもってから、介人にぼそぼそと言った。
「…ずっと…好きだったから」
「……」
介人の予想は確信へと変えられた。
あの絵本の物語のウサギとお姫様が思い起こされる。
…ウサギ。
…姫。
…俺と、可菜香…。
「あと、こんなことになったのは残念だけど…少なくとも私は…カイ君を許してあげたい」
…可菜香の気持ちはありがたい。しかし、納得は出来ない。
「いや…俺は許されないよ」
すると、可菜香は必死にな様子で力強い声を上げた。
「私は許してあげる…!誰がなんと言おうと…私はっ…!」
一瞬の間が空き、可菜香は告げた。
「私は絶対にあなたを許してあげたいの…!…じゃないと…あなたはどこかに行っちゃいそうで…!」
「可菜香…」
この時――。
介人の想いは、彼女への感謝で溢れ――。
介人の瞳は、彼女への感謝で潤い――。
カレのココロは。
カノジョへ。
繋がった。
あの日から一週間後に入ったニュース。
『身元不明の女子高生(16)が工場内の工作機械に巻き込まれて死亡しているのを、設備の回収に訪れた作業員が発見、警察に通報しました』
映像には、機械の周辺に血痕が飛び散った跡が映されている。
機械自体には自主規制の布がかけられていた。おそらく、あの中は更におぞましい光景になっているに違いない。
『警察は、女子高生が工場の電源を入れ、工作機械を動かして頭から突っ込んだ自殺ではないかとみて捜査を進めております。なお、女子高生の身元は未だ明らかになっていません』
その後、更に二日後のニュース。
『警察から証言を要求された南東高校の生徒二人の証言によりますと、死亡した女子高生は『早瀬蓮』という名前と、自殺にはその二人が関わっていたことが明らかになりました。警察はまだこれ以上の情報を公開はしていません。また何か情報がわかり次第、追って伝えます』
画面は変わり、先程とは関係のない、火災現場の映像が流れる。
『……次のニュースです、新潟県で――』
テレビはここで消された。
それからおよそ一年後の四月。
介人たちはニ年生へ、由奈たちは三年生へと進級した。
今では可菜香と介人の怪我は後遺症も無く完治し、あのニュースのことで介人と可菜香を誰も話題にもしなくなっていた。
みんな普通の生活に戻っていた。そして、今日はクラス分けが発表される。
掲示板の前には小さな人だかりができ、一喜一憂する生徒たちが掲示板の周りに溜まっていた。
「石橋君、別なクラスになっちゃったね」
「少し残念だな」
「ありがとよ。まあ、お前ら二人が一緒でよかったじゃん」
同じクラスになった三人はそう話し合う。
「……」
介人はぼうっとして天を仰いだ。
あのニュースがあった日からいつも考えてることがあった。
自分は…こんなことでいいのか、と――。
「よーす、二年生諸君♪」
「うぃーす、後輩たち」
今では声だけで誰だかわかるようになった。
「あ、おはようございます」
介人が率先して挨拶した。
由奈、真理、沙紀。この三人は以前と全く変わらない様子であった。
「どうかな、お二方。あれから上手くいってるのかなぁ?」
それは二日前にも、一週間前にも由奈に尋ねられたことだった。
「いつか私と誠に追い付く日が来るのか…。弟子たちよ、励めよ!」
「いや、何に励めと…」
介人がツッコむと可菜香が横でくすくす笑っていた。
「そーいや、真理といっしーはまだ燻ってんの?」
「……」
「……」
沙紀が聞くが、二人は顔を合わせない。
「あら、地雷?」
「…あのね、亮君、全然はっきりしてくれないの。私が何かしてあげたいのに、いつもはぐらかすし…」
「…あのですね、塚原先輩、気を回し過ぎだと思うんですよ。なんか、優し過ぎて俺…なんか、その……」
「ほら、またそうやって…」
「いや、だって…」
二人はいつしか痴話喧嘩を始めてしまった。
「…ねえ、私のせいっすかね?」
沙紀が介人に尋ねた。介人は、「さあ…」と首を傾げるだけだ。
どうやら、あの二人はまだ時間がかかりそうだ。
「で?介人、大丈夫?あんなことになって。今更だけどね」
由奈が聞いたことも、周りから散々言われたことだった。
「…大丈夫です。今はなんとか」
一瞬ちらりと可菜香を見る。彼女はそれに気付くと顔を少し赤くして目を反らした。
「…そっか。悪いね、何度も聞いてさ」
「いえ…」
由奈には事の顛末を話してあった。
去年から相変わらず、由奈は介人の「良い姉」のような立場にいた。
「ほら、そろそろ始業式始まるよ。体育館行こっ。じゃ、私たちは先に行くね」
由奈たちは介人と可菜香を残して式に向かった。
また姉は妙な気を遣ったのだろうか…。
「……」
みんな幸せそうだ。新学期を迎えて。
(それに比べて俺は…人を辛い目に遭わせるばかりで)
「や・し・ま・君♪」
「うぉおっ!?」
うなじを後ろから指でなぞられ、介人はのけ反った。
沙紀かと思って振り返ると、亜矢と双子たちがいた。
「お姉さん!?いつ来てたの?」
「今来たのよ〜。で、ちょっとぼけっとしてた谷嶋君に喝をね」
うなじなぞるのが喝かどうかはさておき、介人は苦笑した。
まったく、落ち込む暇もない、と。
笑っていたら、石橋家の二組の双子たちが寄ってきた。
「進級おめでとー、アニキ」
「…おめでとうございます」
浩二と健二。
「おめでとー」
「カナお姉ちゃんも」
佳代と佐代。
「浩二と佳代もね。明日、小学校の入学式なの」
「そうなんですか」
「おめでとう、こーちゃん、かよちゃん」
可菜香は二人のことを普段からそう呼んでいた。
「でも、ちょっと遅いんですね。この地域だと毎年このぐらいなんですか?」
「さあ?知らないわね。他の地域の情報までは持ってないし。じゃあ、挨拶も終わったことだし、明日の準備もあるから帰るわね。じゃ」
「さよならー」
「じゃ〜」
軽く手を一振りし、弟たちと手を繋いで校門へ向かった。
「…あっという間に帰ってったな」
「忙しいからね」
…また考えてしまう。
こんなにみんな幸せな気分なのに、俺だけは気分がきちんと晴れないままだった。
早瀬は仕方なく俺を裏切った。
早瀬は俺に謝った。
俺は早瀬を許さなかった。
そんな俺が原因であんなことになった。
悔やんでも悔やみきれない。
くどいようだが、俺はどうしても幸せな気分にはなれない。
ただ、一つだけ救われたことがある。
「カイ君」
「ん?」
「前にも言ったけど、私はカイ君のこと、許してあげるから。たとえ誰も許さなくても、私だけは…」
そうだ。大好きな女の子からの、この言葉を聞いているからこそ、俺は大切な友達を信じていられる。
「…わかってるよ」
もう、『裏切り』という言葉は、俺の中から消滅した。
「そういやさ、俺、昔のこと少しだけ思い出したよ」
「え、ホントに?」
今はただ、『心の友達』の笑顔を失わないように、幸せに生きていきたい。
「カナちゃん、だったっけ?確かそう呼んでたよな」
「…うん!」
それが、俺の全てだ。
…はい。
というわけで、終わりました。
HeartFriend。
いかがでしたか?…というのが一番聞きたいことなのですが、今回は短く語るだけで終わりにしましょう。
…何を言ったらいいのか、わからないので(笑)
今回のこの長い話、別に何かの話を参考にしたわけでも、実体験でもありません。悪く言えばただの妄想ですね。
ただ、「こんな物語だったらいいな」という妄想なら完成品は素敵な物になるのではないか。
そう思って書き続けてました。高校生時代から書いてますが、どうにも上手くスラスラいかないものです。始めはともかく、後半から今までは二ヶ月に一話という遅さに低下してしまいました。(単純に遊んでたのもあるのですが…)
でも、これに懲りず、マイペースでまた新しい作品を書こうと思います。アイディアはいくらでもあるのですが、練りきれてないものばかり溜まってるので。
今度は、大好きな系統であるロボット物を書きたいです。
上手く行かないようであれば、非日常を入れた学園物を。
さて、つまらない文に長い間お付き合いありがとうございました。最後に一つだけ述べさせて頂きます。
「友達は、心に必要不可欠な存在です」
それでは、またいつか。




