第二十章 第四話 約束の重み
市内の高台にある介護施設を訪ねた俺は、職員に案内されて日当たりの良い一室へと足を踏み入れた。
ベッドの上には、小さな体をした一人の老女がベッドの背もたれを立て上半身を起こしていた。佐藤芳江さん、八十五歳。夫に先立たれ、今では自分も病気でほとんど体を動かすことができなくなっているという。
俺はベッドの脇に歩み寄り、窓の外を眺めている老女に声をかけた。
「佐藤芳江さんですね。俺は探偵をしている黒崎と言います。宮本勝利さんという方をご存知ですか。1月ほど前にアパートの自室で誰にも看取られず亡くなったそうです。身寄りがないため大家の大河原さんが遺品を整理した際、あなた宛ての封筒が見つかり、届けてほしいと頼まれたんです」
宮本勝利の名前を耳にした瞬間、芳江さんの瞳が微かに揺れた。形成を経て、彼女はゆっくりと俺の方を向く。
俺は内ポケットから、あの封のしていない古い茶封筒を取り出した。中からヨレヨレの便箋を取り出して彼女の目の前に広げた。宮本老人のメモには「あの頃は仕事にかまけて芳江を顧みなかった、後悔してる。芳江が出て行った日に初めて買った金貨、1枚しかないがこれを君に贈る」と書いてあった。宮本老人の短いメモの内容を、俺は代わりに読み上げた。
そして、封筒の底に残されていた、ずっしりとした金属を指先でつまみ上げる。
「それから、これが入っていました。彼が最期まで手放さなかったものです」
俺は、芳江さんのベッドの上に置かれた、右手の掌をそっと上へと向けた。
その小さな手の真ん中へ、一枚の古いイーグル金貨を載せる。
三十一グラムの純金コインは、彼女の細くなった手の上でそれは確かな重さを主張した。
金貨の確かな重量感が肌に伝わった瞬間、芳江さんの細い指先が、まるでその重みを確かめるようにかすかに震えた。彼女の目尻から、一筋の涙がこぼれて落ちた。
「また勝手なことを……」
彼女はそう呟いて、その金貨を握りしめ暫く目を閉じ動かなかった。
かつて横須賀の貧しい村で、男が口癖のように叫んでいた「抱えきれないほどの金貨をプレゼントする」という大きな約束。すべてを失い、生活保護に落ちぶれてもなお、男が『これは俺の物ではない』と守って逝った最後の一枚の重みを、彼女は今、その手で受け止めていた。
俺はそれ以上、何も言わなかった。ただ、彼女が金貨を握りしめる様子を見届けた後、部屋を退出した。
*
地元に戻った俺は大河原さんに事の顛末を報告して部屋に戻った。
抱えきれないほどの富を手に入れて浮かれ、本当に大切なものを見失った男。すべてを失って落ちぶれた最期に、たった一枚の約束だけを守って逝った男。俺の今回の労働は何かの役に立ったのだろうか?、答えは出ない。
「……ま、考えてもしかたないな」
俺はベッドに寝転び、天井を仰ぎ見た。
今夜は久しぶりに蜘蛛の巣でも行ってみようかな。と独り言を口にしてベッドから起き上がり上着を羽織るのだった。
(第二十章・完)
ここまで読んでいただいた皆様、お付き合いありがとうございました。
黒崎優斗のお話は、ここまでとします。またほかの作品でお会いできることを願っております。




