ぴかびかどろだんご
目を開いてすぐに感じたのは違和感だった。手足があるのに、ないような。そんなちょっとした、でも大きな違和感。そんなことを感じるのと同時に、自分が今抱き抱えられていることに気づいた。
「あ、起きたみたいですよ」
と、そんな知らない女性の声を聞いて、衝撃をみたいに意識が覚醒した。このセリフは……。
「おお!」
男は元気に質素なベッドから立ち上がると、まるで未知の生物でも見るかのように僕の手を指先で突いた。そんなほんの小さな衝撃が、思った以上に重くてそこにまた、僕は大きな違和感を感じる。
「あんまり驚かせちゃダメですよ」
その女性は視線を僕に向けると、安心させるように頭を撫でた。間違いない。ここは僕の書いた小説の世界の中だ。このセリフにこの空間、まさに僕が想像していたあの世界と同じ。
この質素なベッドも、狭い木の部屋も、優しい母も、元気な父も、全部知っている。まさか、こんなことが。
小説世界に転生ならまだしも、主人公に転生か。はっきり言おう、最悪だ!
僕の小説は無双系じゃない。だから主人公に最強の能力があるとかもなければ、なんなら魔法の才能がないのだ。
「うあ」
思った通り、まだ言葉が喋れない。なんなら体も上手く動かないし、感覚も敏感で気持ちが悪い。そして何より、この小説は5歳まで一気に飛ぶ。つまり今から5歳までは、特に知識で無双することができない。
めっちゃ暇やん。
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異世界に来てから一年が経過した。いや異世界と呼ぶよりは、小説世界と呼ぶ方が正しいかもしれない。動けない暇な頃に、無理矢理体を動かそうとしたことで、今は常人より筋力がつきこの歳にして走ることができる。さらには滑舌がめっちゃ悪い人くらいには話せる。
言語は日本語だった。理由はわからないが、二次元の日本語の小説の世界に、3次元から入ったことによるものなのだろう。自分でも何言ってるかわかんなくなってきた。
「誕生日おめでとう!」
ミゲルが大はしゃぎで僕の体を持ち上げた。ミゲルとは父親の名前だ。ミゲル・ベネディクト。にしても、僕よりはしゃいでるなこの人。
「はいはい、はしゃぎすぎないでくださいね」
美しい金髪の髪に、落ち着いた雰囲気を纏う彼女はアマリア・ベネディクト。僕の母親だ。アマリアはあまりいい顔していないが、無理もない。この世界に誕生日を祝う文化はない。なんなら誕生日を死に近づく日として、嫌っているまである。だが、ミゲルの家の伝統でいつもこうやって祝っていたらしい。
僕は顔を背けて、小さく呟いた。
「そんな設定は使ってない……」
すると聞こえてしまったのか、ミゲルは大袈裟に驚愕の表情を作った。
「え! 今なんか喋った!?」
「な訳ないでしょ。まだ1歳ですよ、浮かれすぎです」
アマリアは淡々と野菜を刻みながら、呆れたように強い口調で言った。やっぱり誕生日を祝う日とはどうしても思えないようだ。多分、気分としては僕たちの世界でいう、命日に近いものなのだろう。アマリアの表情からは少し悲しげなのが窺える。
「ちぇ〜、アマリアももっと浮かれようぜ!」
ミゲルは拗ねたように腕を下げ僕を下ろすと、アマリアの方へちょっかいをかけに行った。なんて言うか、子供っぽいな。まるで高校生カップルのような、ミゲルはこんなキャラではない。僕が書かなかった5年でミゲルも大きく成長したんだろうな。とても不思議な気分だ。
「ねえねえ〜」
ミゲルは構ってもらうと必死で頬を突いたり、つまみ食いをしたりしたが、アマリアは無反応だった。いやほんとに子供っぽいな! 待てよ、まずまずミゲルまだ18歳くらいじゃね!?
「お、どうしたルイス? そんな驚いて」
そう改めて見ると、アマリア可愛すぎないか? いわゆる金髪美少女。血が繋がっているのが悔しいくらいだ。ミゲルの方も茶髪イケメンだし。つまりつまり、僕もイケメンってことじゃん!
「うへへ」
あ、でも、そういや主人公はブスに設定してたな僕……。
「ほら、ルイスも嬉しそうだぞ!」
ミゲルは僕に指を刺して、視線を行き来させた。ま、まあいいや。別にイケメンじゃなくたって、僕はこの世界の制作者なんだ。やりたい放題のはず。
「あ、そういえば……これ!」
ミゲルはしゃがんで自分のバッグから、何かを取り出すとそれを僕に見せた。
そして腰に手を当て、自慢げに笑った。
「泥団子だ!」
いらなっ! ってめちゃくちゃピカピカじゃん。こんなのどうやって手で作ったんだ?
「はあ…料理できたので、その泥は早く捨ててきてください」
アマリアは呆れてため息をつくと、野菜がたっぷり入った鍋を机に置いた。ほんと毒舌だなこの子。僕は流石に可哀想だったので、大袈裟に喜んで見せて泥団子に触れてあげた。
「わぁー」
「ほ、ほら喜んでるじゃん」
ミゲルは少し焦りながら僕を持ち上げ、泥団子に夢中の僕をアマリアに見せつけた。
「ほんと、誰に似たんだか」
アマリアはため息をついたが、その表情はどこか嬉しそうだった。僕の前でイチャつくなよ、リア充は爆ぜろ。まあでも、自分の家族の幸せくらいは願ってやるかな。
その夜はどこかいつもより騒がしくて、でも居心地は悪くない日だった。




