第91話「予知夢」
リアリティアのテレビ局の楽屋。
フィーヴェにいるはずのティミレッジがいきなり現れ、ミカネは自信たっぷりに自分の能力を説明した。
「ミィは、異世界の人をリアリティアへ呼び出せるの!」
しかし、今の状況をサモレンは許さなかった。
「ミカネ様!! 扉をいじるのもですが、むやみにあちらの方を呼び出さないよう、いつも言っているでしょう!」
「しょうがないじゃないの、ミィの力を紹介するんだから! “百聞は一見に如かず”って言うでしょ?」
突然見知らぬ場所へ呼び出された上に見知らぬ男女が言い争い出し、ティミレッジは理解が追い付かない。
「な、何事……?」
「わからぬだろう? 安心しろ。理解不能なのは我々もだ」
「……えーと、どちら様ですか?」
「忘れてた……」
ディンフルは今はディーンの姿。
当然、ティミレッジはわかるはずもなかった。
ユアとディーンはティミレッジに変身のこと、扉が閉じられているためにリアリティアから出られないことを説明した。
「驚きました……。ディンフルさんの変身、完璧です! 言われるまで誰かわかりませんでしたよ! それにここ、リアリティアなのですね?! あの、幻と言われていた!!」
彼は興奮していた。これまで「幻の世界」と呼ばれていたリアリティアに自分が来られたのだ。
これでまた知識の蓄えが捗るだろう。
ディーンはあることに気が付いていた。
「ティミレッジを召喚出来たと言うことは、扉は?」
「もう開けたわよ~」
「いつの間に?!」
ユアが本日数度目の驚きの声を上げるとミカネは「これよ♪」と、話しながら使っていた化粧のコンパクトを取り出して見せた。
「それって、化粧に使うものじゃ?」
「化粧品 兼 異世界の扉なのよ」
ユア、ディーン、そしてティミレッジは困惑した。
「扉」と言えば、楽屋に入る際に開けたドアのようなものをイメージしていたが、想像とまったく違った。
「“扉”だからと言って、全部がドアの形をしているとは限らないのよ~」
「なら、私がリアリティアへ来る際に、その小さい中を通ったと言うことか……?」
「いえ。“扉”とは名ばかりのもので、そのコンパクトは家に入る際に使う鍵と思って頂ければけっこうです。扉は見えない場所にありますから」
考えが追い付かないディーンにサモレンが助言した。
ここで、ユアが核心を突いた。
「何で閉じていたんですか? 扉が閉じられていたから、私もディン様も異世界に飛べなかったんですよね?」
「そうそう! 肝心なことを言い忘れてたわ。リアリティアにいたなら知らないかもしれないけど、近い将来、異世界にとんでもない化け物が現れるのよ。世界を飲み込むぐらい大きくて、海から出て来るんだけど、それだけで大陸が崩壊するみたいよ」
ミカネの説明にティミレッジは息をのんだ。
それはここ数日、フィーヴェで国王から聞いたものと同じ内容だったからだ。
「何故、わかる?」
「夢で見たのよ」
ディーンの問いにミカネは淡々と答えた。
「ただの夢か……」彼は呆然とした。
「ミカネ様は予知夢を見ることが多く、的中率は一〇〇パーセントなのです」
「一〇〇パーセント?!」
「なので、“ただの夢”とバカにしないで頂きたいです」
「それ、正夢になるかもしれません……」
聞いていたティミレッジが恐々と話に入って来た。
すでに顔が青ざめていた。
彼は、大昔にフィーヴェで封印された超龍が近々、復活することを伝えた。
初めて聞くであろうユアには一から順を追って説明した。
「誠か? 超龍が復活する前は豪雨や地震、嵐に火山の噴火などが同時に起こると言われている」
「起こっているんですよ! だからフィーヴェ中、大騒ぎで……」
そこまで言うとティミレッジは言葉を切り、あることを思いついた。
「そうだ。ディンフルさん、お願いがあります。戻って来て、一緒に超龍と戦って下さい!」
「何……?」
「ディンフルさんは戦闘力に長けたディファートですよね? 今までも体術だけで剣を折ったり、石像を手刀だけで破壊したり、巨大虫もたった一人で倒しましたよね?! そうだよ……強いディンフルさんがいれば、大丈夫だ!」
ティミレッジはディンフルを超龍との戦いに連れて行こうと提案した。
しかし、ディーンは首を縦に振ろうとしなかった。
超龍を倒すと言うことは、フィーヴェを救うことである。
フィーヴェには亡き恋人・ウィムーダと過ごした思い出があるが、同時に人間から迫害された記憶も数多くある。
そして、ディンフルはまだ国王から許しを得ておらず、国民からも罵声を浴びせられた。今のフィーヴェには居場所が無い。
彼にとって、戻る意味も助ける理由も見つからなかった。
皆が返答を待っていると、サモレンが口を挟んだ。
「確か、超龍は魔力に長けていて、空間移動も使えると聞きました。もしフィーヴェが滅べば、異世界へ飛ぶでしょう。最悪、いつかこのリアリティアにも……」
ユアとミカネがそろって声を上げた。
ミカネは初めて眉間にしわを寄せた。
「そう。ミィが見た夢では、リアリティアの上空に巨大な龍が現れたのよ」
彼女の発言に楽屋の空気が緊迫した。
二人の言葉に心が動いたディーンはため息まじりに言った。
「仕方あるまい。扉も開かれたのだ。近々、フィーヴェへ行かせてもらう」
ティミレッジは「ありがとうございます!」と喜びながら感謝した。ディンフルが来ることで、勝利は決まったも同然と思っていた。
「でも、”近々”って? 作戦を立てたいので、出来ればすぐにでも来て欲しいのですが……」
「今はユアの問題を片付けたい」
今、ディーンがいなくなればユアは一人になり、間違いなくリマネスの屋敷に連れ戻される。
それが解決してから超龍戦に臨みたかった。
「ユアちゃんの問題って?」
「今、里親とトラブルになっている」
ユア本人は嫌なことを思い出し、俯いてしまった。
それを見たディーンも、これ以上思い出させたくないために説明を簡潔に終わらせた。
サモレンとティミレッジは、状況が読めず顔を見合わせた。
その時、ミカネが自身のスマホを皆に見せた。
「もしかして、これのこと?」
画面には、フリルのついた衣装を無理矢理着せられ、生気のない目をしたユアが映っていた。
本人は思わず顔を背けた。
「これって、ユアちゃん?」
「こちらって、最近話題になっている“令嬢系リアチューバー”ですよね? ……もしや、あなた?!」
サモレンは話題になっている人物が目の前にいることに今、気が付いた。
一方でティミレッジはスマホ自体が初めてだったので、動画のユアよりもそちらが気になった。
「前に会った時に“どこかで見た顔だ”って思ってたのよ。そしたら案の定、動画を出してたのね」
「そ、それは、私が上げたんじゃない……。リマネスって人が、無理矢理……」
「わかっているわ。あなたが暗い顔をしていたのも、この一緒に映っている人が原因でしょ? ミィ、そういうのはすぐにわかるの」
ミカネはユアの話を遮った。
彼女の目は先ほどの天真爛漫さは無くなり、いつになく真剣で声のトーンも落ち着いていた。
「良かったら、詳しく聞かせて?」
憧れの人と大好きな人たちに、暗い部分をさらけ出したくは無かった。
しかし相手がどうしても知りたがっており、話さざるを得ない。説明が難しいところはディーンが助言をしてくれた。
サモレンもティミレッジも話を聞きながら、ユアがリアリティアでいかに苦しんで来たのかを知るのであった。