第87話「襲撃」
ユアとディーン(ディンフル)がリアリティアで過ごしている頃、フィーヴェでは複数の問題に悩まされていた。
フィトラグスらが戻る前から雨続きで、晴れた日が一度も無い。
他の地域でも小さいながら地震が頻繁に起こり、火山の噴火、季節外れの嵐などに見舞われている。
ディンフルから世界を取り戻し、平和になったはずのフィーヴェは災害続きで「何かの前触れではないか」と噂する者もいた。
そんな中、魔導士を生み出すビラーレル村では、ティミレッジがソールネムに呼び出されていた。
「いきなりだけど、超龍ってご存じかしら?」
「超龍ってその昔、世界一魔力の強い魔導士たちが命懸けで封印した伝説の龍ですよね? 本では読みました」
「あれが復活するかもしれないわ」
衝撃の一言に、ティミレッジは絶句した。
「前にも言ったけど、フィーヴェはずっと天候が良くないわ」
「そ、それと、どういう関係が?」
「豪雨、嵐、地震、火山の噴火……これらはすべて超龍が暴れていた頃、同時に起きていたものよ」
「えっ? それって、偶然では……?」
「偶然じゃないわ。現に魔導士の何人かが、これまでにない邪悪な気を感じているの。超龍がいた頃も同様の邪気が感じられたそうよ」
「じゃあ、本当に……?」
「現時点で確定は出来ないけど、超龍が生きていた頃と同じことが起こっているの。近々ダトリンド様へ報告へ行くから、あなたもついて来て」
不安げなティミレッジに対して、ソールネムは終始冷静だった。
そしてダトリンド国王のところへ行くということは、フィトラグスに会える。
ティミレッジがソールネム以外の仲間と会わなくなってから、もうすぐ一ヶ月が経とうとしていた。
◇
リアリティアのグロウス学園。
夜通しのゲームプレイを園長に咎められたディーンは、目の下にクマを作りながらも事務の仕事をこなしていた。
パソコンを使わない業務だったので、目が疲れている上にパソコンの「パ」の字も知らない彼にはちょうど良かった。
元々器用なので事務作業もすぐに慣れた。
「すごいね。ほとんど寝てないのに、テキパキ出来て」
ディーンの働きぶりに、隣から先輩のアレルトが感心した。
「新しい作業は刺激になるからだ」
相手が先輩にも関わらず、ディーンは敬語を使わず対応した。
アレルトも気にせず「そういう考え、いいね!」と絶賛した。
「でも、一晩掛けてゲームをクリアなんてすごいな~。俺も子供の時、一日中ゲームしたいって思ったことあるよ。でも大人になったら目は疲れるわ、座り過ぎて腰は痛いわ、集中力は続かないわで、長時間出来なくなったんだよね。何より、学園でやったら園長に殺されそうだし……」
「殺す? あの園長は見かけによらず、物騒なのか?!」
真面目に捉えたディーンをアレルトは笑い飛ばした。
「言葉の綾に決まってるじゃん! 本当に殺したら学園終わるって!」
「言葉の綾か……。思わず信じたぞ。私の世界では実際に殺すのでな」
「え? ディーン先生、どんな世界で生きて来たの……?」
アレルトの顔から血の気が引くと、ディーンは慌てて「冗談だ」と取り繕った。
◇
今日は、ユアがリアリティアをゆっくりと案内してくれる。
夜更かしして眠気が残るディーンだが、子供たちの話題について行くためと土地勘を養うために、この付近について教えてもらうのだ。
もちろんユアは、マントが化けた黒いキャスケットを着用していた。
街へは歩いて行けないことはないが、距離があるため電車で行くことにした。
電車と言えば先日の満員っぷりを思い出し、ディーンは今から気が重かった。
察したユアから「休日はあそこまで混んでないよ」と励まされ、駅の階段を上り始める。
「おはよう、ユア」
階段の上段には、リマネスとボディガード数人が立ち塞がっていた。
「何で……?」ユアは背筋が寒くなった。
「休みだし、お兄さんを案内すると思ったから待ち伏せしてたの」
「何の用だ?」
「決まってるでしょう。ユアを返してもらいに来たのよ」
「わ、私、帰らないから!」
ユアが拒否すると、ディーンが彼女を隠すように立った。
「そうはいかないわ。教室に乗り込んで、生徒や教師に怒鳴りつけるなんて普通じゃないわ。そんな人にユアは渡したくないのよ」
「普通でないのは貴様だろう。ユアを好いてないなら何故引き取った? 矛盾が多すぎる」
「あなたには関係ないでしょ! 女子高生に向かって“貴様”だなんて! このまま渡さなかったら、容赦しないから!」
リマネスが指を鳴らすと、ボディガードたちが二人へ近付いてきた。
「場所が悪い。一旦降りるぞ」
ディーンがユアの肩を抱いて階段を降り始めると、ボディガードの一人が彼へ飛び掛かってきた。
彼はすぐに気付き、かわしながら足を引っ掛けた。
襲ってきた相手が下まで転落した。
「ここで飛び掛かるとは卑怯な」
二人が降りるのも待たず、ボディガードは次々と襲いかかった。
しかし、ディーンは攻撃をすべて避けつつ、相手を下まで落として行った。彼にとっては簡単なことだった。
ついにボディガードは一人もいなくなってしまい、リマネスが怒りを表した。
「何しているの?! たった一人に負けるなんて!」
彼女に向かってディーンは得意気に言った。
「こんなボディガードで身を守れるのか? そんな環境にユアは預けられぬ」
そう吐き捨てるとディーンは再びユアの肩を抱いて、階段を降り駅から去って行った。
二人が去るとボディガードたちは階段から降り、道の端で横一列に並んだ。
リマネスはその前に立ち、彼らを労うことなく怒りの言葉を向けた。
「あなたたちがそんなに頼りないなんて思わなかったわ!」
「申し訳ありません。ですがあの男、本当に強くて……。」
「言い訳はけっこう! どんな手を使ってでもいいから、ユアを取り戻して!」
彼らは自信が無いのか、「はい……」とバラバラに気弱な返事をした。
その中で一人だけ返事をしない代わりに、意見をし始めた。
「お嬢様。あの男ですが、前に我々がやり合ったコスプレ男と同じような動きをしておりました」
「コスプレ男って、イマストってゲームの?」
「はい。私が警棒で掛かって行った時に感じた匂いも同じでした」
「なら、コスプレ男とユアのお兄さんが同一人物だと?」
「その可能性は無くはないです」
リマネスはグーにした手を顎に当てて考え込んだ。
「そうだとしたら、何でコスプレしたまま街を歩いていたのかしら? たぶん趣味の一環だろうけど。そもそも、十八年経ってお兄さんだけ迎えに来るのも変な話ね……」
考えた末に、彼女はボディガードたちへ指示を出した。
「ディーン・ピートについて調べてちょうだい! 今すぐ!!」
彼らは今度は一斉に返事をし、屋敷まで急いだ。