第86話「魔王とゲーム」
ディーン(ディンフル)はグロウス学園の職員補助として働くことになり、早速、他の職員に挨拶をした。
職員の中で、彼が印象に残ったのはアレルトという名の男性職員だった。歳は二十代後半で、筋トレが趣味で、元気で明るい先生だった。
ユアもその職員とは前から仲良しだった。
ディーンが今日から寝泊まりをする職員部屋に、ユアが遊びに来ていた。
「アレルト先生はすごいよ! 元気だし優しいし、何より力がすごいの! 重いお米を片手に一袋ずつ担いで階段を上がったこともあるんだから!」
「まるで、オプダットみたいだな」
「オープンか。みんな、元気にしてるかな……?」
仲間たちを思い出したユアがしんみりしながら言った。
「異世界へ帰る方法は探っているが、イマイチだ」
ディーンがそう報告したところでドアがノックされ、園長の声が聞こえた。
彼女は、プリンを乗せた器を二皿持って入って来た。
「お話し中にごめんなさいね。ユアちゃん、ここかと思って」
「園長、それって?」
「プリンよ。あなた、大好きでしょ? 帰って来たお祝いで久しぶりに作ったの」
二人の前に置かれたプリンには、生クリームの上にさくらんぼが乗ってあった。
「お、美味しそう……。でも、ダメだ!」
「あら、何で?」
「すいません、今日は食べれません! 何故なら先日、コンビニでプリンを買って食べてしまったんです!」
ユアはプリンを飽きてしまわないよう、食べるのは週に一度と決めていた。
こだわりが強い彼女へディーンが注意をした。
「作ってくれたのに失礼だろう! わがままを言わないで食べろ!」
ディーンにたしなめられ、結局食べることにした。
園長の手作りは格別だった。ユアはまた涙を流して絶賛した。
「やっぱり、美味しいよ~!」
「だから大袈裟なのだ……」
◇
夜九時。
子供たちが寝静まった時間にユアはディーンを連れて、テレビのある部屋に来ていた。
「何だ、この四角い大きいものは?」
「え? テレビも初めて……?」
ユアはあるものを紹介したくて彼を連れて来たが、まずはテレビの説明が先だった。
テレビをざっと解説した後で、ユアはテレビラックに入っている箱を取り出した。
箱には小銭サイズの小さなプラスチック製のカードが、専用のケースにたくさん入っていた。
さらに別の箱には四角い機械が入っており、同じ箱に長方形型のコントローラーが入っていた。
ユアは得意げに説明を始めた。
「これがゲーム! イマストが遊べるんだよ!」
「リアリティアの娯楽か」
「娯楽は他にもあるけどね……。残念だけど、ディン様たちが出てるソフトは無いな。イマストVってまだ品薄みたい」
「過去のイマストはどんなものだ?」
ディーンが聞くと、ユアは目を輝かせながらソフトと攻略本を取り出した。
たくさんの子供が扱って来たため本はボロボロになっていたが、読めないことは無かった。
ユアは一作目から順番に説明してくれた。同時に自分が各作品で誰が好きだったかも教えてくれた。
四作目の説明に入った途端、彼女の表情が曇り出した。
「どうした?」
「……ディン様、覚えてるかな? 私がフィーヴェで穴に吸い込まれる前に、“異世界へ行くのをやめた”って言ったこと」
「あの後に色々あって忘れていたが、言っていたな。関係あるのか?」
「うん。四作目で一番好きだったキャラ……私のせいで死んじゃったの」
ディーンは目を見張った。
「死んだ……? 物語の設定か?」
「本来、死ぬ設定じゃなかったの。四作目のラスボスの攻撃から私を庇って……。そのボスは異世界から来た私が気に入らなかったみたい」
ディーンは絶句した。
さらにユアは話し続けた。
「“お前が来たせいでエンヴィムは死んだ”って言われて、それきり異世界へは行ってないんだ」
ユアは言いながら、イマストⅣの攻略本を開いて見せた。
エンヴィムという名のその青年は色黒で、ウェーブ掛かった薄茶色の長い髪をハーフアップにし、黒い大判のストールをマントみたいになびかせていた。
さらに、魔封玉も彼からもらったものだと言う。
「形見として、ずっと持っておこうと思ったけど、使っちゃった……」
「大切なものだったのだな。壊してしまい、申し訳なかった」
「わ、私が悪かったんだよ。自分の事情で使ってしまったから。たぶんエンヴィムも怒ってると思う」
「異世界へ行くのをやめたのは、第二のエンヴィムを作らぬためか?」
ディーンの質問に、ユアはゆっくりと頷いた。
「しかし結局、リアリティアが辛くて異世界へ逃げる羽目になったな」
「魔封玉をもらった時はリマネスの家で暮らすなんて想像もつかなかったからね。異世界にも永住する覚悟で、発売日の朝に屋敷を抜け出したもん。リマネスのことだから、絶対に行かせてくれるわけないし」
屋敷を抜け出した件を聞いたディーンは、ミラーレでユアと出会った日のことを思い出していた。
弁当屋で働いた後、彼女は空腹で倒れてしまった。
早くに抜け出したということは朝食を惜しんだのだと、ようやく理解した。
話は変わり、ユアは別のソフトを見せてくれた。イマストのシリーズではなかった。
「これ、やってみる? どんな世代の人でもすぐに出来る“チョビひげブラザーズ”だよ!」
「ちょび髭……?」
「主人公のチョビオを動かして、カメムシ大王からお姫様を助けるの。ストーリーもわかりやすいし、操作もシンプルだから、イマスト並に人気があるんだよ!」
「リアリティアの娯楽か……。やってみよう」
ゲームは充電をすると、テレビが無くても遊べる携帯モード用のモニターが別にあった。
ユアはゲームのモニターの電源を入れた。
「テレビとやらでするのでは無いのか?」
「この部屋、みんなが寝る時間には入っちゃいけない決まりになってるの。でも、このモニターだけなら他の部屋でも出来るよ!」
◇
職員部屋へ移動し、ユアはゲームのオープニング画面で新しいセーブデータを作った。
まずは最初の面をユアが操作し、手本を見せた。
ゴールまで行ってクリアすると、今度は同じ面をディーンがすることになった。
コントローラーの持ち方から始まり、最初の敵を踏んで倒す操作に入る。
「タイミング良くボタンを押して、ジャンプ!」
ユアが合図を出すも、タイミングが悪くチョビオは敵に接触した。
そのまま暗転し、マップ画面へ戻った。
「今のはどういう意味だ?」
「やられちゃったんだよ……」
「やられた? 触れただけなのに?」
触れただけで負けたことにディーンは納得できなかった。
「チョビオは最初、ガリガリでしょ? あれで敵に触れたり攻撃に当たったりすると、やられるんだよ。アイテムのおむすびを取ると、体型がしっかりして強くなるの」
「先ほど拝見したが、途中から筋肉質になっていたな?」
「あれがパワーアップ状態。それでダメージを受けると、元のガリガリに戻るんだ。でも、谷底や溶岩に落ちたり、仕掛けに挟まれると一発でアウトだよ」
「ほう……、色々なやられ方があるのだな。よし、もう一回!」
ディーンはユアに教えてもらいつつ、少しずつ操作を覚え、ゲームを進めていった。
やられると何が悪かったのかをすぐに分析し、挑み続ける様子から「けっこう負けず嫌いなんだな」と思うユアであった。
同時に、本来ゲームキャラであるディーンがゲームに熱中する姿を見て新鮮に思い、初めて二人でコンビニに入った時と同じ感動を味わっていた。
(ディン様がゲームをする姿を見られるなんて……)
就寝時間が近付いた。
明日は祝日で学校は無いが、学園の規則があるのでユアは寝ることにした。
ディーンがまだ進める気でいたので「終わったらテレビの部屋に返しててね」とだけ寝ぼけ眼で伝えると、彼女は部屋を出た。
◇
翌朝。朝食を終えたユアが身支度をしていると、リビムと園長がいきなり部屋に入って来た。
二人とも、怒りの表情を浮かべていた。
「ど、どうしたんですか?」
「ユアちゃん。昨日、子供たちが寝た後にディーン先生とゲームで遊んでたわね?」
「す、少しだけです。ゲームを見たことないので、見せてあげようと思って……」
「少しだけ?! テレビ部屋に行ったら、充電が切れたゲームが転がってたのよ! 充電が切れるまでやってたんじゃないの?」
「あれ、みんなでクリアするつもりたったのに……」
園長は怒り心頭で、リビムは落ち込みながら言った。
ユアが慌ててテレビの部屋に行くと、他の子供たちがゲームを繋いだテレビ画面を見て悲しい顔を浮かべていた。
ユアは事の重大さを理解した。
ディーンには操作のし方は教えたが、ゲーム本体の消し方については教えていなかった。
これからゲームをしようとしていた子がテレビに繋いで電源を入れると、エンディングを迎えた後の特殊なオープニングが流れていた。
「ぼくらが、いちばん乗りしたかったのに!」
子供の一人が泣きながら怒りの声を上げた。
どうやらディーンは、消し方がわからなかったために夜通しでやり続けたようだ。その結果、ラスボスまで制覇してしまった。
肝心なことを教えなかったユアのミスだ。
◇
ユアはディーンの部屋に入って行った。
彼はまだ寝ていた。夜更かししたので、まだ眠いはずだ。
「ディン様、起きて!」
頭までかぶっている布団をはがすユア。
するとそこには、ディンフルの姿に戻ったディーンが眠っていた。
(しまった! 一晩経つと、元に戻るんだった!)
「い、急いで変身して! 早く!!」
「何だ? 朝から騒々しい……!」
「園長と子供たちがカンカンだよ!」
「何故だ?」
ディンフルは無理矢理起こされ、不機嫌ながら返事をするが起きる気配がない。
「早く起きないと園長たちが来るよ! その姿でいいの?!」
ユアに言われ、はっとしたディンフルは急いでマントを外し、布団の代わりにかぶった。
ディーンの姿になったところで、園長が部屋に入って来た。
「ディーン先生!!」
間一髪だった。
園長が来たタイミングで、ディーンは急いで体を起こした。
「いつまで寝ているのですか?! 子供たちはもう起きているんですよ! 職員は利用者より早く起床するよう、昨日教えたはずです!!」
「失礼……」
◇
園長室。
ディーンは夜通しでゲームをしていたことを打ち明けた。
しかも、面白過ぎて時間を忘れてしまい、思わずクリアまでしてしまった。
「次々と新たな道が切り開かれるゆえ、つい進めてしまった。どちらにせよ、中断のし方もわからなかった」
「私が本体の切り方を教えなかったせいです……。すいません!」
ディーンが怒られている横から、ユアが必死に謝った。
「だからと言って、夜通しでゲームをする先生がどこにいるんですか?! 子供たちには遊ぶ時間を徹底しているんですよ! 職員が破ってどうするんですか?!」
「申し訳ない……」
昨日とは立場が逆になり、今日は園長がディーンへ強く言いつけた。
彼が謝った後もユアは「私がきちんと教えなかったせいです!」と必死に庇った。
「あなたも久しぶりのゲームで嬉しいんだろうけど、触っていい時間は決まっていたはずよ?」
今度はユアへ圧を掛け始める園長。
ゲームで遊べるのは夜八時まで。ユアも規則を破ってしまっていた。
しばらく二人にはゲーム禁止令が出され、見ることすら許されなくなった。