第82話「論争」
ディーン(ディンフル)は、ユアのゲームを暖炉に入れるようメイドに指示したのと、当選した人気歌手のグッズをクラスメートに配ったのはリマネスだと、彼女を指さして言った。
リマネスを信じ切っている園長が怒号を上げる。
「人を指さすんじゃありません! リマネスちゃんがそんなことするわけないでしょう!」
「実際にしたのだ。ユアがすべて話してくれたぞ!」
園長が視線をやると、ユアは無言で大きく頷いた。
「これは罰です。ユアは我々にウソをついていたのです」
横からリマネスが口を挟んだ。きっぱりとした口調だった。
「行方不明になる前、この子はゲーム屋にいました。ゲームを買ったのか聞いたら“買ってない”とウソをつきました。今朝、通学で使う鞄からその日に買ったであろうゲームが見つかりました。ユアにはロミート家の一員になってもらうため、今まであった娯楽をすべて没収して来ました。ゲームなんて、もってのほかです! メイドに暖炉に入れるよう指示をしたのは、将来のためとウソをついた罰なのです!」
「いくら何でもやり過ぎではないか?」
「彼女のためなのです!」
リマネスがそう言うと、ディーンは鼻で笑った。
「“あなたのため”を口癖に説教をする者で、まともな奴を見たことが無い」
「は?」
リマネスが彼を睨みつけた。声のトーンにも怒りが混じっていた。
園長がリマネスを庇うために、再び声を上げた。
「どういう意味ですか? リマネスちゃんは社長令嬢で、将来のために忙しいはずなのにユアちゃんを気に掛けてくれてるし、引き取ってくれたんですよ! 今でもこの学園にお金や物資を寄付してくれていますし、“お世話になっているから”と、高校にも寄付金を払っているのですよ! それなのに、彼女が“まともじゃない”とおっしゃるのですか?!」
ディーンは冷静に言い返した。
「金持ちなら、金で何でも解決出来るからな。ここにも寄付しているのなら、怒るに怒れぬ筈」
「そんな言い方はないでしょう?!」
「どうせ、周囲にだけいい顔をしているのだろう? 先ほどの常套句も、ユアを支配したいがための言葉だ」
「ユア! あなた、一体何を言ったの? そもそもこの人、誰なの?!」
ようやく怒りを表したリマネスは、今度はユアへ怒鳴りつけた。
当のユアは自分の件で怯むリマネスを見たのは初めてで、清々しい気分でいた。
「私のお兄ちゃん」
淡々と答えながらも、推しを「お兄ちゃん」と呼んだことにも心が躍っていた。
「生き別れのお兄さんみたい」
リマネスが首を傾げていると、横から園長が助言をした。
「先ほど園長にも挨拶をしたが、妹が世話になっている。これからは兄妹共に暮らすつもりでいる。だから、里親の契約を解除していただきたい」
「ダメよ」
リマネスは即答した。
「何故だ?」
「十八年前、ユアは学園の外に捨てられていたのよ。それも、雪の降る寒い朝に。園長先生が見つけていなかったら凍死してたかもしれないのよ。生まれたばかりの子を寒い日に捨てる親なんて、信じられないわ。そんな親から生まれたあなたも信じられない。同じ血が通っているんだから、いつかまたユアを捨てるに決まっている! 実のお兄さんでもユアは渡さないわ!!」
「本気で言っているのか? 散々いじめておいて?」
「いじめてないわ! ユアは昔から被害妄想が激しいのよ!!」
思わぬ敵が現れたせいかリマネスにいつもの余裕がなく、ヒステリックに叫んだ。
ディーンはそんな彼女に呆れながらも、冷静に対応し続けた。さらに、ユアから聞いていたことを加えて問いただした。
「小学校の時に“子供じみているから”と好きな物を取り上げたり、ユアが解こうとしている問題を勝手に解いた代わりに難問を押し付けたり、進学先を本人の許可なく勝手に決めたり、当選したグッズを周囲に配るのが被害妄想だと申すか?」
リマネスは怯んではいたものの、諦める様子はなかった。
「ユアは学校に入った時でも幼稚園の子が喜ぶような絵本を読んでたから没収したのよ! 問題に関してはやり方がわかってなさそうだったから見本を見せてあげてから実践させたの! 進学先を決めてあげたのだってユアが優柔不断だったからよ! ユアはリマネスに引き取られて順風満帆なのに、まだ幸せを独り占めしようとしたのよ! それで“幸せは分け合いましょう”って教えるために、歌手のグッズを他の人に渡したのよ!」
ディーンも負けずに反論し続けた。
「何様だ? 支援者や教師ならともかく、君はユアを注意出来る立場か? ただの同級生だろう。社長令嬢はそんなに偉いのか? 学校に入りたてでも絵本を読む子供はいるし、絵本からでも知識は得られる。勉強の見本を見せたら簡単な問題からやらせるべきだ! 進学先も本人の気持ちが一番ではないのか? 幸せを分け合う以前に、一人から幸せを奪っているではないか。説得力の欠片も無い。話を聞いている限りでは、君は執着し過ぎている。それらが鬱陶しくなって、ユアは脱走したのだ!」
「ユアの考えが大人じゃないからよ!」
「人が困っているのを承知で、やめない奴こそ大人ではない!」
リマネスとディーンの論争は白熱した。
園長はどこで止めに入ればいいかわからず、おろおろとしていた。
ユアも自分が今まで勝てなかったリマネスが感情をむき出しに怒る姿を新鮮に思ったが、園長と同様に見守るしかなかった。
「園長先生、どう思われます?」
リマネスからいきなり話を振られた園長は、明らかに困惑した。
「え? あ、そうね……。と、とりあえず、話し合いを……」
「今、まさにしているが?」
ディーンに指摘され、園長は「そ、そうね!」と再び焦り出した。
目の前で繰り広げられた論争で、頭がパニックになっていたのだ。
それを察したディーンは違う質問をした。
「園長からすると、ユアは恵まれていると言えるか?」
園長はまだ混乱しながらも、ゆっくりと答えた。
「え、ええ。リマネスちゃんの家は大きなお屋敷だし、お父様が何社も持つほどの社長さんだし、経済的には恵まれていると思うわ。将来は心配しなくてもいいんじゃないかしら……」
先ほどディーンから、リマネスがして来たことを聞いたはずなのに期待外れな答えにユアは唖然とした。
「確かに経済的には恵まれている。だが、精神面では? 束縛し過ぎのように感じぬか?」
「そ、それは、リマネスちゃんがユアちゃんを大事に思っているからこその行為よ……」
少しずつ我に返って来た園長は、まだリマネスを庇っていた。
リマネスは勝ち誇った顔をした。
「大事に思うなら罰を与えた後のメンタルケアも必要だが、それらを行っているようには思えぬ。本当にリマネスから大切にされているなら、今頃喜んで屋敷に戻っているし、半月も行方不明になったりしない筈」
ディーンがそう言うと、園長は何かを思い出したように目を見開いた。
「話を聞く限りだが、彼女はユアを好いているようには見えぬ。嫌っていじめる続けるようなら、こちらで引き取る」
「ダメよ!」
ディーンが理由をつけて再び提案するが、リマネスはまだ折れなかった。
ここで、ついにユアが抵抗し始めた。
「何でそうまでして縛り付けるの?! これからも一緒に暮らして“罰だから”とか“あなたのため”って理由で苦しむのは、もうイヤなの! 私はあなたのサンドバッグじゃない!!」
ユアの大声に驚きながらも、園長がたしなめた。
「そ、そんな言い方は無いでしょ! “サンドバッグ”って、いつもあなたを想ってくれていたじゃないの!」
「園長も園長だよ!」
ユアは今度は園長へ向いた。
「私の味方をしてくれたことないじゃない! “あの子は冗談が好きだから”って、いつも我慢をさせられて来た! 園長もずっとリマネスの言いなりだったじゃない!」
「そ、そんなこと……」
「私がどれだけ辛かったか考えたことある?! 人生、奪われているんだよ!!」
園長の言葉を遮り、ユアはこれまで溜まっていた思いを爆発させた。
特に最後は渾身の叫びだった。リマネスがいなければ行きたい高校にも行けたし、今頃は自分が望む大学のために猛勉強をしているはずだった。
異世界へ逃げようとも思わなかったかもしれない。
言い終えたユアの目から涙が溢れ出した。
彼女の思いを聞いた園長は、少し考えた末に口を開いた。
「……わかった。一度、他の職員と児童相談所の方と話し合ってみるわ」
「園長?!」
突然の提案に、リマネスは思わず声を上げた。
「うちにいれば、経済的に安定なのに!」
「だけど、ユアちゃんは屋敷を出たがっているわ。今、お兄さんが言ってたけど、本人の気持ちが大事なんじゃないかしら……」
急に園長が寝返ったので、リマネスはうろたえた。
しかし、やはり彼女は折れる気がなかった。
「多額の寄付金と大量の物資を寄付したら、ユアを連れて行ってもいい話になってましたよね? ユアの味方をするなら、寄付金と差し上げた物資を返していただいてもいいですか?!」
勢いづいた彼女から、思わぬ話を耳にしたユアとディーンは息をのんだ。
正気に戻ったリマネスは「しまった」と言わんばかりに驚きの表情を浮かべた。
「お金や物品をもらう代わりに、私をリマネスに引き渡したんですか……?」
園長の行為を知ったユアはショックで顔が青ざめた。
「これは養護施設の園長としてはどうなのだ? 屋敷のお嬢様としてもだ!」
ディーンが二人を睨みながら言うと、リマネスも園長も固まってしまった。
ユアたちが確実に有利になった瞬間だった。