第80話「推しと共に」
二人は公園付近のコンビニへ入って行った。
ディンフル改めディーンにとっては、生まれて初めての場所だった。
ユアは「まさか、ディン様と一緒にコンビニに入る日が来るなんて……」と胸が高鳴っていた。
「ここでは何を売っているのだ?」
「食料や飲み物、お酒、あと本や文房具……、とにかく色々置いてあるんだ!」
ユアは意気揚々と答えた。
自分の世界のものをディーンに教えたくて仕方がなかったのだ。
手軽に食べれるおにぎりのコーナーに来たが、ここであることに気が付いた。
「そういえば、お金ないんだ……」
所持金はすべてリマネスに没収され、ミラーレの弁当屋で稼いだお金もリュックに入れたままだった。
もし手元にあっても、通貨が違うので使えない。
「心配無用」
ディーンはジャケットのポケットを探り、お金を出した。フィーヴェの通貨だ。
魔法を使うと、一瞬でリアリティアの紙幣と硬貨に替わった。
「両替の魔法だ。万が一、異世界で生活する時のために身につけておいた」
「そんな魔法があるんだ……」
マントの能力の多さと言いディンフルが使える様々な力を、ユアは「チートすぎないか?」と若干引いていた。
ユアが驚いたのはこれだけでは無かった。
ディーンは店内に貼られてあるポップを指して尋ねた。
「”コーヒー半額”とあるが、ここにも売られているのか?」
「あ、あるけど、こっちの文字読めるの?!」
リアリティアとフィーヴェは使う文字が違う。
それなのにディーンは、当たり前のようにポップを読み上げた。
「初めは見たことが無い文字だったが、見ているとだんだんフィーヴェの文字へ変わっていった。コンビニでは、そのようなサービスもあるのだな」
「いや、無いです」
ユアは即座に否定した。
長年リアリティアで暮らして来たが、いくら睨んでも外国の文字から自分の国の文字へ変わることは無かったし、そんな話も聞いたことが無い。
この現象にはディーン本人も頭を捻った。
「もしかしたら、イマストが全世界対応だからかもしれない」
「全世界?」
「この国以外でも遊ばれているってこと。海外用では外国の言葉が使われてるけど、その影響でどの言語も読めるようになっているのかもしれない。あくまで予想だけど……」
ユアの説明にますます混乱するディーン。
その時、二人の後ろから外国の男性が話しかけて来た。もちろん、ユアの国の言葉ではない。
「え~と、何言ってるかわからない……」
外国の言語は学校で習っていたが、成績は良くなかった。
ユアが答えられずにいると、ディーンが流暢に相手と同じ言語を話して返答した。男性はディーンに感謝すると踵を返していった。
ユアは開いた口が塞がらなかった。
「今の言葉、わかったの……?」
「わかったも何も、俺たちと同じ言葉だったではないか」
「えぇ……?」
ユアが聞いたのは間違いなく、外国の言語。
それなのにディーンには普通に聞こえ、同じ言葉で受け答えまでした。
やはり、先ほどユアが予想した「イマストが全世界対応」と何か関係があるかもしれなかった。
それぞれおにぎりを一個ずつと、ユアはプリン、ディーンはコーヒーを買って店を出た。
コーヒーの入れ方はユアから教えてもらった。
◇
二人は先ほどの公園のベンチに戻り、それぞれ買った物を口にした。
ディーンは初めて入ったコンビニに感心し、店を出た後も余韻に浸っていた。
「飲食料、菓子、書籍、生活用品、色々なものがあの小さな店にそろっているとは、考えられたものだ。どうすれば、そんな便利な発想が思いつくのかわからぬ……」
さらにユアがおにぎりの包装を開けて見せると、ディーンは再び驚きを露わにした。
ユアは、目が点になっているディーンに思わず笑ってしまった。
ミラーレにいた頃からディンフルが上手の時が多かったので、何も知らない彼が新鮮に感じられたのだ。
そして、コーヒーを一口飲むディーン。
「やはり、美味い……。フィーヴェのコーヒーは網羅しているが、リアリティアのものはこんなに美味なのだな」
自販機の缶コーヒーに続いて、コンビニの分も気に入ったようだ。
「コーヒー好きなんだ?」
「ああ。魔王になってからは部下たちにフィーヴェ中のコーヒーを取り寄せてもらった。それらと比較しても、リアリティアのは違う深みがある」
魔王という立場を利用して、世界中のコーヒーを集める行為を「職権乱用じゃ……?」と、ユアは思ってしまった。そもそも「魔王」が職業に入るのかも疑問だった。
「お前もプリンを買っているではないか?」
「うん。引き取られてからは、一回も食べさせてもらえなかったから……」
おにぎりを食べてしまったユアはプリンを開け、付属のスプーンを使って一口食べた。
すると……。
「やっぱり、おいし~い!!」
泣きながら喜び出した。
「また泣くのか?! プリン如きで大袈裟な」
「“プリン如き”って何よ?! プリンをバカにしないでっ!」
「す、すまぬ……」
初めて自身に怒号を上げたユアへ驚きながらも、ディーンは謝った。
「そういえば、菓子界でも泣きながら食べていたな? そんなに好きなのか?」
「うん!」
ユアは満面の笑みで返事をした。
そして、プリンとの関係を話してくれた。
ユアが幼少期から嫌なことがあると、施設の園長先生がプリンを作って励ましてくれた。
その美味しさからユアは手作りや市販を問わず、プリンが好物となった。
「プリンって名前も可愛くない? あと、見た目! そして、スプーンですくった時のプルプル具合! さらに、甘い黄色いところとほろ苦いカラメルソースの相性の良さ!! 固いのも柔らかいのもそれぞれの良さがあるし、最高の食べ物じゃん!!」
「それは良かったな……」
プリンを熱弁するユアに、今度はディーンが引いていた。
「一つだけ、気を付けていることがあるの。それは、なるべく間隔を開けて食べること!」
「何故だ?」
「いくら好きでも毎日食べてたら飽きるし、そのうち見たくなくなったり嫌いになるかもしれないじゃない? それはイヤなの! プリンは嫌いになりたくないから、なるべく週一で食べるようにしているんだ!」
「つまり、七日に一度か。あまり間隔を開けているようには見えぬが?」
「これでも開けている方です! 時々誘惑に負けて、二日に一度になるけど……」
「負けまくっているではないか……」
ユアは己の不甲斐なさを嘆き、ディーンは意志が弱い彼女に呆れ果てた。
食事を終え、二人は再び歩き出した。
歩きながら今後についての話し合いも始めた。
「とにかく、異世界へ戻る方法を探さねば。その間、お前のことだが……」
「私、リマネスの屋敷には戻りたくない」
「わかっている。それについても任せてくれ。俺に考えがある」
「考えって?」
「それは……」
ディーンはそこまで言うと、急に言葉を切って足を止めた。
横へ向くと一軒の店の中を凝視した。
そこはラーメン屋で、食べ終わった客が出て来たばかりで入口の自動ドアが開いていた。
「何だ、この食欲をそそる香りは……?」
「もしかして、ラーメンも初めて?」
「らあめん?」
「やっぱり知らないか」と思ったユアは急遽、彼とラーメンを食べることに決めた。
おにぎりを食べた後だが、「まぁ、いけるだろう」と思っていた。
店内に入るとカウンターに横並びで座り、注文してしばらく待つと目の前にチャーシューとメンマと大量のネギが乗ったラーメンが出て来た。
「ここのラーメン、美味しいんだよ! 引き取られる前はよく食べに来てたんだ」
「ほう……」
ディーンはユアの話はほとんど耳に入らず、夢中でラーメンを見つめていた。
そして湯気で曇った眼鏡を外し、箸を使いこなして食べ始めた。
「美味すぎる!! 何だこれは?! このような料理、今まで食べたことがない!!」
あまりにも大きい声で感動してしまい、ユアも他の客も驚いて箸を止め、カウンターの向かいの大将は「俺のラーメンをそんなに褒めてくれるなんて……」と嬉し涙を流し始めた。
姿を変えて来たと言うのにディーンの絶叫で客と店員の全員が振り向いたため、どっちみち注目を浴びることになった。
ユアは恥ずかしくなり、俯きながらラーメンを食べ出した。
(”大袈裟”って、人のこと言えてないじゃない!)
「君、ユアちゃんだよね?」
突然、若い男性二人に声を掛けられた。
明るい色に逆立った頭髪、ダボダボな服装、派手なアクセサリー……ファンタジーの世界では普通の住民として居そうだが、ユアの住むリアリティアでは危険な見た目と認識されていた。
「やっぱり! 帽子かぶっててもわかったよ! ここで何してんの?」
「お嬢様のお屋敷に住んでるんだろ? 何でラーメン食ってんの?」
「これも動画のネタ? “令嬢の妹をラーメン屋に忍ばせてみました”的な?」
「あのお嬢様ならやりそうだ! いつも嫌々感がすごいけど、本当はどう思ってるの? ちゃんと、楽しめてる?」
ユアは面白おかしく話す彼らが怖くて言い返せなかった。
同時にリマネスの存在も思い出した。今はディーンと楽しく過ごせているが、彼女の問題が残っていた。
「妹に何か用か?」
ディーンは言いながら立ち上がり、男性二人を睨みつけた。
「この子は俺の妹だ。笑い者にするとは許せん!」
ドスの利いた低い声で言いながら指をバキバキと鳴らすと、男性二人は一瞬で怯み「ごめんなさ~い!」と謝り、慌てて店を出て行った。
危険が去るとディーンは座り直し、再びラーメンを食べ始めた。
「少し威嚇しただけで逃走か。弱すぎる」
「あの、妹って……?」
ユアは悪者を追い払ってもらった喜びより先に、ディーンが言ったことが気になっていた。
彼はラーメンを食べながら答えた。
「我々の設定だ。俺が兄、お前は妹だ」
「設定? 何で兄妹……? 恋人同士がよかったなぁ」
「はぁ……?」
ディーンは思わず箸を止め、唖然としながらユアを見た。
「恋人はお前の理想だろう……? リマネス問題をどうにかするには、“生き別れの兄妹関係”でなければならぬ」
「生き別れ?」
「生き別れた家族が生きていたなら、里親から引き離しやすいだろう。恋人では赤の他人となるから難しい」
「なるほど! 考えってこれなんだね?」
ユアはディーンの考えを悟ると、自分の呑気な物言いを反省した。
「ごめんね。”恋人がよかった”とか言って……」
「そうだ。今は夢心地でいる場合ではない。これから、お前が育った施設へ行くぞ。契約もそこでしただろう? ラーメンを食べたら出発だ」
「は、はい!」
ラーメンを食べ終わるとディーンがお金を払い、二人は店を出た。
そして、会計時に渡されたクーポン券の説明をユアから受けたディーンは、心の中でガッツポーズを決めるのであった。