第78話「一安心」
ディンフルは魔法でユアの気を感じ、それを辿ってリアリティアを歩いていた。
しかし昼過ぎから、固定されていた彼女の気があちこちへ飛び始め、探すのに苦労した。
ユアが自転車で追手から逃げ回っていたせいだった。
「何をうろうろしているのだ、あいつは……? じっとしてられんのか!」
文句を言いながらもディンフルは歩き続けた。
だが相変わらず、通行人の視線は気になり続けた。
夕方になると、土手に辿り着いた。
ユアの気配が昼間より強くなっていた。
「近くにいる」確信したディンフルは、注意深く周囲を見て回った。
すると、黒く長い車付近で何やら騒ぎが起きていた。
数人の黒ずくめの男が取り囲み、車内から女性の嫌がる声が聞こえた。
近づくほどユアの気配が強くなった。
「ディン様ぁーーー!!」
聞き覚えのある声がすると、ディンフルは考える前に体が動き出した。
二人の男性を押し退け、無理矢理乗せられた女性に手を差し伸べた。
探し求めていた顔がそこにあった。
「大丈夫か、ユア?!」
「ディンフル?!」
ディンフルは驚くユアの手を取り、リムジンから連れ出した。
「何だ、お前は?!」
リムジンの周囲にいたボディガードたちが一斉に二人を囲み始めた。
「貴様らこそ何だ? 男数人で女性一人に暴力など」
ディンフルは毅然としながら相手へ向かい合った。
「暴力ではない! 我々はリマネス様の言いつけで、ユア様を連れて帰ろうとしているだけだ! 邪魔をするなら容赦はしない!」
ボディガードたちはディンフルへ向かって銃を構えた。
「じ、銃?!」ユアは初めて見る銃に怯え出す。
「……話が読めぬ。こいつらはユアに様付けし、“連れて帰る”と言っているが、お前はどういう立場なのだ?」
状況を理解できず、ディンフルはボディガードたちを睨んだままユアへ尋ねた。
「この人たちが仕える屋敷に三ヶ月前から住んでるの。でも私、帰りたくない」
「何故だ?」
「……いじめられるから」
ユアは簡単に説明した。
他にも言いたいことはあったが、体の疲労と数々の驚きで頭が働かなかった。
「ユア様、妙なことを言わないで下さい! リマネス様はご冗談が好きなのです。それを真に受けて屋敷を脱走なんて、リマネス様が悲しみます! お戻り下さい!」
「いや!」
ユアが拒否すると、ディンフルが前に歩み出た。
「本人はこう言っているぞ」
「どんなに嫌がっても戻っていただきます。さあ!」
ボディガードの一人がユアへ近寄ろうとすると、ディンフルがその前に立ち塞がった。
「そこをどけ!」
「どかぬ」
「先ほど言ったぞ? ”邪魔したら容赦しない”と!」
「好きにしろ。ユアを渡すつもりはない」
怒鳴るボディガードに対し、ディンフルは冷静に応じた。
彼の台詞にユアは良い意味で衝撃を受けた。緊迫している状況にもかかわらず、顔が真っ赤になった。
「なら、好きにさせてもらう!」
ボディガードたちは銃を構える手に力を込めた。
「やめて!」
「下がっていろ」
止めに入ろうとするユアをディンフルが制し、自分の後ろにしっかりと隠した。
ボディガードたちは一斉に発砲する。
ディンフルはすかさずマントで身を守った。
「バカだな。そんな布切れで弾が防げるわけないだろう!」
発砲音が響く間、ユアは絶望した。銃を見るのはもちろん、目の前の銃撃も初めてだった。
それだけでも圧倒されるのに、推しのディンフルがやられるのもショックだった。せっかく再会出来たのに、銃撃で命を落とすなんて……。
ユアが失望し膝から崩れ落ちていると、ボディガードたちが悲鳴を上げた。
マントを元の位置に戻したディンフルが、相手が発砲に使ったであろう銃弾を手の中でじゃらじゃらと言わせていたのだ。
「な、何で……?」
ユアは立ち上がると、今度は顔面蒼白になった。
あれほどの銃撃を受けたのに、ディンフルもマントも傷一つ付いていなかったからだ。
しかしすぐに、彼が前に話していたことを思い出した。
ディンフルのマントには物理や魔法からの攻撃を防ぐ力があるので、銃弾が効かなかったのもそのせいだった。原理がわかると、ユアはほっとした。
「こ、こいつ、銃が効かない……!」
「バケモノか?!」
マントで数発の銃弾を防がれ、ボディガードたちもすっかり腰を抜かしていた。
「どうしてもユアを連れて行きたいのなら、相手になろう」
ディンフルがファイティングポーズを構えるとボディガードの一人が警棒を手に、叫びながら襲って来た。怯えているのか声に迫力がない。
「遅い」
ディンフルは相手の手首に蹴りを入れた。
警棒は地面に落ち、襲って来た相手も衝撃で宙を舞ってしまった。
あまりの威力に、残りのボディガードたちも小さく悲鳴を上げ、後退りをした。
「勝負あったな。行くぞ、ユア」
ディンフルは不敵に笑うとユアをお姫様抱っこし、その場を走り去って行った。
「現実で起こっていることなのか?」とボディガードたちは唖然とし、しばらく誰も動けなかった。
一人が我に返り、急いでリマネスに電話を掛けた。
ユアを逃した知らせを聞いた彼女は当然立腹した。
「逃がした?! あんな小娘一人、あなたたち数人いれば簡単に捕まえられるでしょ! 何やっているの?!」
「も、申し訳ございません! 思わぬ邪魔が入りまして……。コスプレ男が、ユア様を連れて行ってしまったのです!」
「コスプレ男……?」
「はい、コスプレです! たしか先月発売した……イマストVのディンフルと言うキャラクターです!」
ボディガードは頭をひねりながら報告した。
それを聞いたリマネスも記憶を辿り始めた。
「イマスト……聞いたことがあるわ。最近話題になっているゲームね。それに……」
電話をしながら目の前のパソコンでキーワードを検索し、画像を出した。
「ユアが持っていたゲームね」
◇
ユアとディンフルはとある公園に来ていた。
空はすっかり暗くなり、人もほとんど通らなかった。
ディンフルはベンチの上にユアを座らせた。
「大丈夫か?」
彼が尋ねるも、ユアは返事をしない。
ベンチの近くで街灯が照らされていたが、俯いているため顔がよく見えない。
ディンフルはユアの膝にケガを見つけた。自転車から転倒した時に出来た傷だ。
白魔法を使うと、あっという間に治った。
「ミラーレでも同じことがあったな。あの時は魔法が使えずハンカチを巻いて処置をしたが、今は簡単に治せる」
魔法を使った彼の手に、温かい滴が落ちた。
ユアの涙だ。彼女の両頬に流れているのが暗がりでもわかった。
「泣いているのか……?」
ディンフルは驚きながらユアを見た。
彼女はやはり返事をしなかった。
「教えてくれ。ここでどういう生活を送っている? もしや、あの男たちがお前を絶望させた原因なのか?」
ユアは涙声で語った。
「あいつらだけじゃない。一番の原因は、リマネス。財閥の娘で、小さい時からずっと私をいじめるの。三ヶ月前に私を里子として引き取って、今は屋敷の中でも、いじめられてる……」
「いじめるのに里親になったのか? 理解出来ぬ……。それで、部下であろう黒服たちから逃げていたのか」
ユアは無言で大きく頷いた。
「いじめ……か」
ディンフルは思い出していた。
彼も忌み嫌われるディファートとして生まれ、幼少期からいじめや嫌がらせは日常茶飯事だった。
一緒にいたウィムーダもその対象となり、泣かされることもあった。
幼少期、ディンフルは人間に期待はしておらず泣きはしなかったが、彼女が泣かされた時は激昂した。
ウィムーダとはいつも二人で乗り越え、庇い合って来た。
しかし目の前で泣きじゃくるユアには、共に乗り越える者も庇う者もいない。
だんだん、ユアが昔のウィムーダと重なって見えて来た。
突然、ディンフルは彼女を強く抱きしめた。
「もう大丈夫だ。ユアは、俺が守る」
ユアは彼の行為とその言葉に驚き、良い意味で身の毛がよだった。
すると、目からは滝のようにどんどん涙が溢れ、自分でもビックリするほどの声量で号泣した。
「い、いかん!」
人に見つかっては困るため、ディンフルは急いでユアをマントで包んだ。
彼の周囲だけ無音になった。マントには防音の力もあるのだ。
ユアは数日ぶりに心から安心し、やがて泣き疲れて眠ってしまった。