第75話「魔王の巡回」
ディンフルが次に飛んだのは菓子界。
城に行くと前に助けてもらったお礼もあり、すぐキャンディーナに会わせてもらった。
しかし、彼女とディンフルは互いに良い印象がないので、彼とインベクル王家が会った時ほどではないが気まずさを感じた。
「あなた、お一人?」
キャンディーナは出会い頭、ディンフルに尋ねた。
明らかに不満そうだった。
「そうだ」
「なぁんだ。あの赤髪の王子様もいらっしゃらないのね……」
フィトラグスのことだろう。
キャンディーナはディンフルが一人で来ただけでなく、フィトラグスがいないことにも納得がいかなかった。
「私一人で悪かったな」
ディンフルは淡々と謝った。
キャンディーナの反応は予測していたので、特にダメージは無い。
「それより、何のご用? わたくし、暇ではないですの」
「ここに桃色の髪の少女は来ていないか? 前に五人で来た際にいた子だ」
「紅一点の子? いいえ」
「そうか」
キャンディーナの一言で理解したディンフルは簡単に返事をすると、踵を返して行こうとした。
「ちょっと! あの子がどうされたの?」
「いなくなったゆえ、捜索中だ。もうここに用は無い」
ディンフルは立ち止まり、首だけ振り返って答えた。
キャンディーナは「お待ちなさい」と彼を呼び止めた。
「何だ? 協力せずとも一人で探せる」
「協力? わたくしがあなたに? 笑わせないで頂けます?」
ディンフルは一瞬だけ期待したが、すぐに「想定内だ」と思い直した。
キャンディーナは協力しない代わりに、彼にシールを差し出した。そこには、おかずを乗せた皿の絵が描かれてあった。
各異世界を回った証としてもらえる「虹印」と呼ばれるものだった。
「虹印……?」
「この間、惣菜界との交流があったのですが、二枚重なっていましたの。あなた方、集めてらっしゃるんでしょ? 恵んで差しあげますわ」
「今は求めていないが、何かの役に立つかもしれぬ。ありがたくいただこう」
相手の上から目線には反応せず、ディンフルは落ち着いた態度で虹印を受け取ると、菓子界を後にした。
◇
次は水界へ飛んだ。
前に世話になった町に着くと、カエルが出迎えた。
「この気配、やっぱりお前か!」
「久しいな。水の精霊は不在か?」
「アンディーンは次期水王選挙の準備中だよ。オイラが秘書になるって条件なら、出ることにしてくれたんだ」
「なら、水王になっても一緒にいられるのだな?」
「ああ。それより、お前一人か?」
「そうだ。ここに桃色の髪の子は来ていないか? お前がリーヴルを奪った少女だ」
ディンフルが古傷を抉るように言うと、カエルは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
実際カエルは、ユアからアイテムのボヤージュ・リーヴルを奪い取った。
「そんな言い方ねぇだろ! お前たちを助けて帳消ししたんだから! 答えだけど、来てねぇよ!」
「そうか、残念だ」
ディンフルはカエルに背を向け、次の世界へ飛ぼうとした。
「待て! あの女に会うのか? あいつはやめとけ!」
「魔封玉を持っているからか?」
ディンフルが冷静に返すと、カエルは目を点にした。
「もう知ってたのか……?」
「先日わかったが、もう水に流した。これまでの人生を考えればあの程度、何と言うこともない」
「あ、そ……。でも、あれのせいで、オイラは魔法を使いにくかったんだぞ!」
「代理で謝ろう。すまなかった」
「今回は謝るだけで済んだが、下手すれば誰か死んでたかもしれないんだぞ!」
「文句を言える立場か? アンディーンから水晶を奪った上に失くしただろう? 見つけるのが遅れていれば、干ばつなどで死者を出していたかもしれぬぞ?」
カエルは反論できなかった。
ディンフルの指摘に間違いが無かったからだ。
「わかったよ! もうオイラ、何も言わねぇ! さっさと行っちまえ!」
「だが、元気そうで何よりだ。これからも互いを大切に想い、長く生きろ」
ディンフルは穏やかに言うと、空間移動の魔法で消えてしまった。
取り残されたカエルは呆然としていた。
「あいつ、あんな優しい顔できたのか……?」
◇
炎界。
すっかり炎が戻り、真夏並みの温度になっていた。
ディンフルはまっすぐにサラマンデルの洞窟へ向かった。
奥まで行くと、トカゲの姿をしたサラマンデルがいた。
「何だ? 炎の姿ではないのか?」
「お前さんが来るのがわかって、急いで温度を落とした」
「私が来るのがわかったのか?」
「前にも言ったが、わしは炎を通してあらゆることが見える。お前さんが桃色の髪の少女を探していることもな」
見通されていたディンフルは息をのみ、すぐにユアの居所を聞いた。
「ユアはどこにいる? 知っているのだろう?!」
「そう急かすな。知ったところで、そちらには何も出来ん」
「何故だ?」
「あの子はリアリティアに帰った」
サラマンデルから聞き、ディンフルは目を見開いた。
「リアリティアだと? 何故だ?! あいつは帰りたがってなかったのだぞ!」
「それがの、あちらで扉が閉じられたそうじゃ。扉と言っても、ミラーレの弁当屋の娘の方じゃないぞ」
「わかっている!! 扉とは何だ?!」
サラマンデルが炎を通して異世界を把握できたので、彼がミラーレととびらのことを知っているのはディンフルもわかっていた。
しかし、ユアがリアリティアへ帰ったことや「扉」のことは理解しがたかった。
「前に少しだけ話したはずじゃ? リアリティアにはこちら異世界とを繋ぐ扉があり、その番人もいる。その者によって扉の操作がされたが、閉じられる際に異世界へ迷い込んだリアリティア人を強制的に戻したようじゃ」
「ユアが迷い込んだと思われたのか? 本人からすると迷惑な話だ……」
「何にせよ、お前さんが行くのは不可能じゃ。こちらからリアリティアへ行けた試しが無いからの」
ディンフルは残念そうに唸るが、少し考えると冷静な顔をして尋ねた。
「変動破……あれはどれぐらいの周期で起きる?」
「何故、そんなことを聞く?」
「前に話していただろう? ”変動破が起きると、異世界に飛ばされる”と。それで我々はフィーヴェからミラーレへ飛ばされたのだぞ」
「変動破は不定期で起きるし、必ず異世界へ飛ばされるとは限らん。実際飛ばされる者もおったが、リアリティアへ行った話は聞かん」
「本当か?」
「疑うのか? わしは長年、炎を通して色々なものを見て来た。それゆえ、知らんものは無い。お前さんが恋人を殺されたことや放火されたこともな」
過去を蒸し返され、ディンフルは苛つきながら鼻を鳴らした。
そして「もう、よい!」とぶっきらぼうに言い、洞窟を出て行こうとした。
「思い出した!!」
数歩歩いたところで、サラマンデルが声を上げた。
「もう昔になるが、一人いたな。こちらからリアリティアへ行けた者が!」
ディンフルは急いで引き返して来た。
「ど、どうやって?!」
「知らん」
必死に聞いたにもかかわらず、反応はたった一言。解決にもならず。
思わぬ結果に、ディンフルは思わず怒鳴りつけた。
「馬鹿にしているのか?!」
「まあまあ。それがの、不思議なことにわしの炎を通してもよくわからんのじゃ。その者は空間移動の魔法は使えん奴だったが、ある日突然消えてしまったんじゃ」
「消えた……?」
「魔法を使った形跡も無いし、掛けられた様子もない。気が付くとリアリティアに移動しておった。それからは、一度もこちらに戻らずじゃ。わしからしても不思議な話じゃ」
サラマンデルは事実を話してくれたが、何でも知る彼が不思議と感じていたので参考になりにくかった。
しかし、リアリティアへ行けた者がいる。もしかすると「何かしらの方法を使えば行けるのでは」とディンフルは希望が湧いた。
◇
洞窟を出た。
サラマンデルに苛ついたがようやくユアの居場所がわかり、ディンフルは大きな収穫を得たと思っていた。
「幻と言われるほどの世界だ、よほど行きにくいのだろう。だが、物は試しだ」
ディンフルは左手を上げ、空間移動の魔法を唱えた。
行き先は、もちろんリアリティア。
しかし、何も起きない。
左手から魔法を使う際の光は出たが、すぐに消えてしまった。
「一度も行ったことが無いのだ。無理もない……」
諦めようとしたその時、突然目の前で竜巻が起こった。
ディンフルはそれに見覚えがあった。
「変動破?!」
フィーヴェでフィトラグスと一騎打ちを行った際に現れたものと同じだった。
「ちょうどいい! 私をリアリティアへ飛ばせ!!」
ディンフルは空間移動の魔法を使いながら、自ら竜巻に突っ込んで行った。
彼の魔力と変動破の力が激突する。
竜巻が消えると、ディンフルの姿も忽然と無くなっていた。