第62話「謝罪」
ディンフルは過去の話を続けた。
居場所を失くして村を出た後は、人間を消すために魔王となるべく修業を始めた。
しかし、魔王になっても人間を殺さなかった。
彼らを恨んでいるのは事実であり、戦闘力があるディンフルに殺害は難しいことではない。
だがどうしても、ウィムーダの「いつかはわかり合える日が来るから」という遺言が頭を過ぎる。
「もし一人でも殺してしまえば、共存を夢見た日々が苦い思い出になる。それを考えると、躊躇してしまった。だからと言って奴らを許したくもなく、生きたまま異次元へ送ることにしたのだ」
ディンフルは内心、人々を異次元へ送ったことすら悔いているように思えた。
「よかったぜ!」
オプダットが明るく言った。
「やっぱりディンフルはいい奴だってことだ! 怖い思いはさせちまったが、一人も殺してないなら罪にならないよな?」
フィトラグスへ疑問をぶつけるが、彼は首を縦には振らなかった。
「いや、脅すだけでも罪になる。俺の国が裁きを下すのだが、他と同様の被害に遭ったからな……」
「ましてや、フィットのお父さん……国王様は相当厳しいお方だから、厳罰は覚悟してた方がいいかも」
フィトラグスが言葉を濁した後で、ティミレッジが恐れながら言った。
ディンフルは魔王としてフィーヴェ全体を襲った。罰は免れそうになかった。
「ごめんなさい!」
突然、ユアがディンフルの前に歩み出て頭を下げた。
「な、何だ……?」
「ディンフルが辛い思いをしてたの知らなくて私、ずっと舞い上がってた。イマストVの始まりがそんなに悲しいなんて思わなかった……。人を恨むのも、魔法を使えなくなって怒る気持ちがわかったよ。今まで何も知ろうとしなくて、本当にごめんなさい!」
急に謝られ、ディンフルは困惑した。
ユアはフィーヴェの住民ではなく、その世界のゲームを遊ぶプレイヤー。
ディンフルの背景を知らないのは仕方ないとしても、今までは「ネタバレはダメ」という理由で自分から知ろうとはして来なかった。
そのことでつっこもうとした時、今度はティミレッジが歩み出た。
「ぼ、僕からも……。ウィムーダさんの件、ご愁傷様です。彼女を殺した者の行為は絶対に許されるべきではありません! 同じ人間として恥です。僕も人間代表として謝ります。申し訳ありませんでした!」
最後にティミレッジも頭を下げて、謝罪の言葉を述べた。
ディンフルの気がユアから彼へ移ったところで、今度はオプダットが近づいた。
「もし、ウィムーダを殺した奴らを見つけたら俺も許さねぇ! 今はそいつらの代わりに謝らせてくれ! 悪かった!」
「お前まで……?」
ユア、ティミレッジ、オプダットは悪くないのに立て続けに謝られ、ディンフルはどう返すべきかわからなかった。
「俺も……」
さらに、フィトラグスまで口を開いた。
「今まで、国と家族を奪ったあんたを殺したいぐらい恨んでいたが、考えが変わった。あんなことがあったら、人間がイヤになって当然だ。……だからと言って、罰は免除しない」
「……わかっている」
「でも、先に人間……いや、フィーヴェ代表で謝らせてくれ。事情を知らずに、頭ごなしのようになってしまって、その……」
「もう良い!」
たどたどしいが謝ろうとしていたフィトラグスを、ディンフルは遮った。
「お前たちが謝っても仕方ないだろう! 私の事件とは関係ないし、我々に手を掛けたわけではないのに……。大体、何故フィトラグスまで謝ろうとする? ユア以外は被害者だろう?」
確かに、ユア以外の三人はディンフルの被害に遭って来た。
それでも、ディファートを痛めつけて来た人間たちへ怒りが湧いたのも、ディンフルたちを気の毒に思ったのは事実で、加害者の代わりに頭を下げたかった。
もちろん、それで解決にならないのは承知の上だった。
「だが、一つだけわかったことがある。もっと早く、お前たちのような者と出会いたかった。せめて、ウィムーダが生きていた時に……」
ディンフルの切実な思いを聞き、情に脆いユアの目から大粒の涙が流れ始めた。
本日二度目である。
「またか?!」
ディンフル、思わず声を上げる。
ティミレッジが再びティッシュを出そうとするが使い切ってしまっており、空の袋しかなかった。
見かねたディンフルが指で彼女の涙を拭った。
「ありがと……」
「俺らと出会えて良かったってことは、やっぱり仲間と認めてくれたか?!」
ユアが涙声でお礼を言った後で、オプダットが目を輝かせて尋ねた。
「それとこれとは違う」
いつものようにディンフルの答えは冷たかった。
打ちのめされるオプダットへフィトラグスが声を荒げて指摘した。
「お前も学習しろよ! 仲間とは違うが、ディファートを傷つけない人間として認めてくれたんだよ!」
「ディンフルさん。前から言いたかったんですけど、僕はディファートを尊敬しています」
ティミレッジの発言にディンフルは目を丸くした。
「尊敬だと?」
「だって、人間が習得出来なかったり、数年かかって覚える魔法や特殊な力を生まれつき使えたり、すごいじゃないですか!」
「全員がそうではない。特殊能力が使えない奴もいるし、それらが使える前提でいると期待外れになるだけだ」
「それでも構いません。ディファートは僕たちにとって未知の種族。もっともっと知りたいんです! 出来れば、仲良くなりたいです!」
ティミレッジがディファートに期待を込めて言うと、オプダットがまた明るく言った。
「俺はアティントス先生の教えで、出来た仲間は大切にしたいんだ。もちろん、あんたも例外だぜ!」
肝心なところで言い間違え、急いでティミレッジが訂正に入った。
「逆っ!! “例外”だと仲間外れになっちゃうから! それを言うなら“例外じゃない”だよ!」
ディンフルも言い間違いはわかっていたが、今回は即座に直さなければ誤解が生じかねなかった。
これまでも訂正して来たティミレッジをディンフルは改めて憐れんだ。
「お前も大変だな……」
「ティミーだけじゃない。俺もだよ! ユアやあんたと違って一緒にいる時間が長い分、共に正して来たんだぞ!」
フィトラグスが加わった。
確かに、魔王討伐の旅から彼もオプダットの言い間違いに翻弄されて来た。
「これからあんたも大変になるぜ? オープンの指導はきっちりしてもらうからな!」
「了解だ……」
ディンフルが渋々了承するが、ユアはフィトラグスの言葉を聞き逃さなかった。
「“これから”って……?」
「俺らと一緒にオープンを調教するってことだ!」
「一緒に」ということは、「ディンフルがパーティに居てもいい」という意味だった。
ユアとティミレッジとオプダットは心から喜んだ。
しかし、オプダットは盛大に喜んだ後で……。
「“ちょうきょう”って何だ?」と聞いた。四人は一斉にガクッとなった。
「確かに調教が必要だ……。スパルタで良ければ協力しよう」
ディンフルは呆れながらも賛成した。
「何をしているの?!」
ようやく五人がまとまって談笑していると、女性のとげとげしい声がした。
振り向くと、黒魔導士のソールネムと女性武闘家のチェリテットがこちらを睨んでいた。