第61話「動機(後半)」
「彼女は“人間を信じて”って言ったんだろ? じゃあ、何で魔王になった? 遺言に背いてないか?」
同じく人間から迫害を受けていたウィムーダは死に際、ディンフルへ遺言を残していた。魔王になって人間を苦しめるのは、彼女の意見を無視している。
疑問に思ったフィトラグスが尋ねると、ユアたちは再びディンフルへ注目した。
「奴らへの怒りはあったし、共存を願いたくなくなったのは事実だ。だが、ウィムーダにああ言われて一旦考えることにした。彼女の望みも無視したくなかったのでな。しかし、ウィムーダの埋葬が終わって帰ると、家が燃えていた。火をつけられたのだ……」
ディンフルがまた声を落として語った。
「“ディファートに帰る場所など無い”と言われている気がした」と付け加えて。
「恋人を殺された上に放火……? ひどすぎるよ!」
ユアはショックで言葉を失い、フィトラグスとオプダットも怒りの表情を浮かべ、珍しくティミレッジも立腹した。
「ウィムーダと築いて来たものをすべて失った。思い出も消えた。それが決定的だった。私は村を出て、人間を消す術を探し始めた。”共存など、夢のまた夢だった”と思ってな」
あまりに惨い出来事に四人はしばらく口が聞けなくなった。
「元々、ディファートを受け入れてくれない村だったんだろ? 何でそんなとこに住んでたんだよ?」
沈黙を破るようにフィトラグスが再び聞いた。
「人間にとって自分たちが危険でないことを伝えるためと、ディファートたちのために我々がその先駆者になろうとしたのだ」
一番手は苦労が絶えない。積極的にそれになろうとしたディンフルとウィムーダを、ユアたち四人は心から尊敬した。
「人間すべてが悪ではないのも知っていた。最後に住んだ村の村長もそうだった」
「待てよ。ウィムーダが暴行を受けた時、村長は何してたんだ? 助けてくれなかったのか?」
今度はオプダットが尋ねた。
ディファートを受け入れた村長なら、村民を止める権利が充分にあった。
「残念だが、暴行を指示したのはその者だ」
ディンフルが声を落として言うと、今度はユアが「何で?!」と怒号を上げた。
「村長は気が弱いゆえ、いつも村民から抗議の的になっていた」
それだけ聞き、四人は大いに納得した。
態度の弱い者が強者の言いなりになってしまうのは、よくある話だった。
「ディファートに賛成しているのは、いつも気弱な人間だ。同じように傷つけられて来たのか、我々の痛みをわかってくれる。だが強い者に凄まれると、服従せざるを得ないようだ」
「それで指示を? ひどいよ……」
「いくら強く言われたからって、暴力振るっていいことにはならねぇだろ!」
「正義のカケラもないな!」
ティミレッジ、オプダット、フィトラグスが、順番に村長を非難した。
「それには、理由があったのだ」
突然、村長を庇うようにディンフルが言った。
「緑界で別行動を取っていた際に、私は一度こちらへ戻った。墓参りをしようとしたら、彼の娘が来たのだ」
「村長さんの娘さんが?」
尋ねるティミレッジへ、ディンフルは無言で頷いた。
「特にこの村には恨みが強かったのでな、村長家族を含めた村全体を一番に異次元へ送った。……共存を願っておいて、おかしい話ではあるが」
「そんなことないよ! 恋人を殺された上に放火までされたんでしょ? 怒って当然だよ!」
ユアは彼をフォローした。
四人は、ゲームを遊ぶ側の彼女がボスの悪行を賛同することに違和感を覚えた。
いくらラスボスに一目惚れしたユアでも、相手が悪行を行うことは良く思わないはずだった。
ディンフルに限っては事情を知っていたからか、彼をたしなめることは無かった。
だが、今の彼女は心から腹を立てていた。推しが傷つけられるのが許せないからかもしれないが。
ディンフルはそれには触れず、話を続けた。
「村長親子は異次元行きを免れていた。娘のエラによると、村長のフォールト共々、村外の病院へ行っていたらしい。彼は入院していた。”天罰が下った”と考えたが、実際は違った」
「天罰じゃなきゃ何なんだ?」
フィトラグスが聞くと、ディンフルは静かに答えた。
「自害を図ったそうだ」
衝撃の回答に四人は再び息をのんだ。
「じがい……?」
「自ら命を絶つことだよ」
初めて聞くであろうオプダットがオウム返しをすると、ティミレッジが解説した。
「命を絶つって、ディンフルたちに辛い思いをさせたのに……?」
ユアはムッとしながら言った。
「させたから、なのだ」
途中を強調させて言うと、ディンフルはエラから聞いたことをすべて話し始めた。
村長・フォールトは、普段からディファートへの振る舞いで村民から抗議されて来た。
気弱だが思うところがあるらしく、どんなに強く言われてもディファートへの扱いを変えるつもりはなかった。
これを面白く思わない村民たちがエラを人質に取り、「ディファートを追放しろ」と再びフォールトへ詰め寄った。
大切な一人娘を助けるため、彼は泣く泣くディンフルたちを追放することに決めた。
だが、ウィムーダが魔物を追い払ったあの日、フォールトは何を思ったのか突然、「追放」から「殺害」へと変更した。
そして「ウィムーダを殺せ」「ディンフルの家に火をつけろ」と、村民に命令したと言う。
ウィムーダが死に、放火で家を失ったディンフルが村を出て行ってから、エラはやっと解放された。
娘の無事を喜ぶフォールトだが、ここでようやく自身の行いを呪い始めた。
「殺害を思いついたのは魔が刺したからだ」とだけ周囲に語った。
釈然としないエラから「それだけ? 誰かに脅されたんじゃないの?」と心配されたが、彼はそれ以上何も言わなかった。
フォールトは二度と戻らない二人を思い、毎晩懺悔して暮らした。
ある時、倒れていた父をエラが急いで村外にある病院へ連れて行った。
フォールトは一命を取り留めたが、しばらく入院することになった。
話を聞くと「ディンフルとウィムーダに申し訳ない気持ちでいっぱいになり、贖罪から命を絶とうとした」と言う。
「ずっと、後悔してたんですね」
話を聞いたティミレッジが憐れむように言った。
一方でフィトラグスは反対した。
「俺は納得出来ないな。村長が死んだところでウィムーダは戻って来ないし、あんただって放火でトドメ刺されたから魔王になったんだろ? もし村長が亡くなってたら、その村人のことだからまたディンフルを責めてたんじゃないか?」
彼の意見にディンフルは「大いにあり得る」と頷いた。
「村長の一件があったから、お前を放っておけなかった」
そう言いながら、ディンフルはユアを見た。
「私?!」
「フォールトの話を聞き、状況が似ていると思った。あいつに比べると、お前の魔封玉はまだ可愛いものだ。だから、見つけたら何らかの罰を与えてから許そうと思っていた。まさか、生贄になっているとは思わなかった……」
最後に悲しく言うディンフルへユアは「ごめんなさい」と、改めて謝った。
そして、彼から言われた「死んで償える罪はない」の意味をようやく理解するのであった。