第60話「動機(前半)」
周りの余分な草やゴミを取り除き、水をかけると、墓石はすっかりキレイになった。
「終わった……」
ティミレッジが疲れながら言った。
「なかなかの出来である。感謝するぞ」
最後にディンフルが、緑界で入手したものを入れた袋を持って、墓石の前に屈んだ。
袋には数本の花が入っており、出すとすぐ墓に供えた。
「買い物って、このためにしたのか?」
フィトラグスが驚きながら聞いた。
「他に使い道があるか? 私に花の趣味はない」
「似合わないもんな」
ディンフルが答えると、フィトラグスがからかった。
今までと違い、ユアたちは茶化された魔王を怖がらなくなっていた。
彼が、もう皮肉を受け流すことがわかっていたからだ。
「墓もキレイになった。これで、お前への罰は完了だ」
ディンフルはユアを見ながら言った。
「本当にいいの……? こんな軽い罰で?」
「先ほども言ったが、これは大切な者の墓だ。少しの汚れも許さぬ」
緑界でもっともユアへ怒りを露わにしたのに、罰が墓掃除。
しかも連帯責任として、仲間たちと一緒に行った。
ユアは拍子抜けするしかなかった。
「足りぬと感じるなら増やすが?」
「いえいえ、けっこうですっ!」
部下を恐怖へ陥れて来たディンフルなので、罰が増えるとシャレにならなそうだった。
彼の提案を、ユアは即答で断った。
「なら、二度と勝手な真似はするな。魔封玉と言い、生贄と言い……」
最後に憐れみを含めてディンフルは言った。
ユアが命を捧げようとしたことは、彼にとっては辛かったようだ。
ユアはやっと許してもらえたと感じるのであった。
「……ところで、何か忘れてないか?」
和んだ空気の中、フィトラグスが尋ねた。
墓掃除が始まると二人は武器をしまったが、まだ決着が残っていた。
「待て」
ディンフルはフィトラグスを制すと左手を上げ、天へ向かって紫色の光を出した。
光は幅広い棒状になり、空へ伸びると上空で弾け、フィーヴェのあちこちへ飛んで行った。
くもっていた空全体が一瞬だけ白く輝き、爆音が響いた。
四人はその瞬間だけ目をつぶり、耳を塞いだ。
「元どおりだ」
左手を下げながらディンフルが言った。
音が止み、空も黒っぽい灰色に戻っていた。
主語がないので、ユアたちは何のことだかわからず、立ち尽くした。
「……もう一度言う。もとどおりだ」
反応がない四人へ、ディンフルは肝心なところを一語ずつ強調しながら知らせた。
それでもわからず、今度はオプダットが聞いた。
「な、何が……?」
「……お前たちの故郷だ」
「もしかして、異次元から戻してくれたのか?!」
再度尋ねると、ディンフルは「ああ」と短く返事をした。
さらにティミレッジも「本当ですか?」と、信じられない様子で聞いた。
「この状況で、ウソを言うと思うか?」
「何で急に……?」
フィトラグスも半信半疑だった。
「お前たちの望みだっただろう?」
「そ、そうだが……」
これまで、故郷を取り戻すために戦って来たフィトラグス一行。
紆余曲折あったが、その故郷がようやく異次元から戻って来た。
町や村まで行き、自分たちの目で見るまでは信じられない。
だが、ディンフルがこの場で冗談を言うとも思えなかった。
苦労した割にはどちらも傷を負うことなく、取り戻せた。
あまりにあっけなく終わり、フィトラグスは拍子抜けした。
「国も家族も皆、無事だ。これで文句はない筈」
「俺は全然いいぜ~!」
オプダットは満面の笑みだった。
フィトラグスは、今度は彼の対応も信じられなかった。
「いや、軽すぎないか? めちゃくちゃ大変だったのに……」
結果的にはハッピーエンドだ。
しかし、あまりに突然の心変わりに、ユアたちは戸惑うしかなかった。
察したディンフルは、つぶやき始めた。
「不思議なものだ。共に旅をして来たからか、お前たちを異次元へ送る気がなくなった」
「もしかして、墓掃除を手伝ったからですか?」
「……認めたくはないが、お前たちを敵とは思いたくなくなった」
ティミレッジの質問に返すディンフル。
その内容に、オプダットが目を輝かせた。
「仲間と認めてくれたか?!」
「それはない」
ディンフルは、剣でばっさりと斬るような速さで即答した。
「……だが、これで良かった気がする。元々、人間との共存を願っていた私には、彼らの抹消など難しかったのだ」
「共存を願っていた……?!」
「ディンフルが……?」
フィトラグス、オプダットは初耳らしく、驚愕した。
一方でユアとティミレッジは驚かなかった。
ユアはミラーレで彼におぶわれて店まで戻っていた時に、その話を少しだけ聞いていた。
ティミレッジも母と訪れた際に、「かつて人間との共存を願っていた」と本人から聞いていた。
四人が驚く中で、ディンフルは石碑を指しながら言った。
「この墓で眠るのは私の恋人で、名を”ウィムーダ”と言う」
今度は四人そろって、驚きの声を上げた。
特にユアは、ディンフルに本当に恋人がいたことに衝撃を受けた。
同時に、彼に恋人がいた話を一度ミラーレでしていたことも思い出していた。
それに気づかず、彼は語り続けた。
「ウィムーダは私以上に人間を信じ、共存を願っていた。私が同じように思い始めたきっかけは、彼女だった」
「何で亡くなったんだ?」
フィトラグスに聞かれ、ディンフルはうつむいて答えた。
「人間に殺された」
哀愁に満ちた声と答えに、四人は固まってしまった。
彼は顔を上げ、もう一度ユアたちへ向いて話し始めた。
「ディファートが差別を受けているのは知っているだろう? 私も彼女も、同様に虐げられて来た。だが、ウィムーダは、どんな時でも”いつかはわかり合える”と信じていた」
「何でそこまで……?」
ユアは信じ続けた人間に殺されたウィムーダを、切なく感じた。
「かつてウィムーダはある人間に救われ、恩義を感じていた。それから“優しい人間もいる”と信じ始めたのだ。事実、私と彼女は幼少期にそのような者に出会い、良くしてもらった。二人で住んだ村の村長家族も我々には優しかった」
「ディファートに優しい人間もいたんだね」
「すべての人間がディファートを嫌っているわけではない。そういう者たちがいたから、ウィムーダも私も“受け入れられる世の中を作れる”と信じて疑わなかった。……だがある時、住んでいた村にモンスターが現れた。見かねたウィムーダが魔法で撃退し、人間たちを守った」
「なら、感謝されたんじゃないか?」
フィトラグスが期待を込めて聞いた。
しかしディンフルは眉をひそめ、声を低くして答えた。
「甘いな。“ディファートの株を上げるための自作自演か”と罵倒され、暴行を受けた。感謝など一切ない」
「な、何で? 自作自演って……?」
「普段、モンスターが出くわすことのない村だった。たまたま現れたと言うのに、我らが呼び寄せたと思われたのだ。ウィムーダも召喚する力を持っていないし、魔物を呼ぶ奴でもない」
「まさか、その暴行で……?」
ティミレッジが戦々恐々としながら聞いた。
「暴行は私がいない時に行われた。“その場にいれば助けられた”と、今も悔やんでいる。だが、死に目には会えた。ひどい目に遭いながらもあいつは、“必ずわかち合えるから負けないで”と、最期まで愚かな人間どもを信じて亡くなった……」
ディンフルが悲し気に言い終えると、ユアの目から涙が溢れた。
「ひどいよ……。ウィムーダさんが助けなかったら、みんな死んでたかもしれないのに……」
ティミレッジがティッシュを差し出すと、ユアは「ありがとう」と涙声で受け取り、思いっきり鼻をかんだ。
「そうそう、ウィムーダはお前によく似ていたな」
悲し気な顔から一転、ディンフルはユアへ向かって優しく言った。
「私に?!」
ユアは鼻をすすりながら、驚嘆した。
「ど、どこが?」
「……そうだな。まず、頭髪だ。ウィムーダもピンク系統だがもっと赤みの濃い色で、同じくせっ毛だった。あとは……性格だ」
「こっそり魔法を封じてしまうところか?」
「自責の念から、何かの生贄になるとことか?」
「隙がありまくって、大事なアイテムを盗まれたり落としたりするとこか?」
フィトラグス、ティミレッジ、オプダットが順番に聞いた。
すべて心当たりがあるので、ユアはがっくりとしてしまった。
「一斉に心を抉るな……。どんなに辛くてもめげないところだ。ユアも店で失敗をしまくったが、すぐに次へ活かそうと奮起する。それとよく似ている」
ディンフルにフォローされ、ユアは一瞬で立ち直って顔を輝かせた。
次を話す前に彼は一度、ため息をついた。
「……あとはドジなところだ。ユアと一緒で包丁で毎回必ず手を切ったり、金額や在庫数を間違えたり、何もないところで転んでケガをする。あいつのために、共に頭を下げることも少なくなかった……」
他の四人は呆然とした。
ディンフルが気に入る人物なので、優秀な人物を想像していたが、イメージとは大いに違い過ぎた。
同時に「ほぼ完璧なディンフルなのに、ドジな人と出会いやすいのは偶然か? それとも運命なのか……?」と思うのであった。




