第58話「決着」
ようやく、念願のフィーヴェに戻って来た。
魔封玉が無くなり、ディンフルに魔力が戻った今、アイテム無しでも空間移動できることを四人は思い出していた。
特に、魔法が封じられるとデメリットが多いことを思い知ったユアは改めて罪悪感に見舞われた。
彼女の沈む顔を見てディンフルが声を掛けた。
「もう良い。魔法を封じられて、悪いことばかりではなかったからな」
「えっ?」
「魔法で思うままにしていれば、もっとたくさんのものを失っていたかもしれぬ。……何より、魔法を当たり前のように使い過ぎていた。これがいつまでも続くとは限らぬ。この世に永遠なんて無いのだからな」
最後の台詞は、フィトラグスが菓子界でキャンディーナにした説教を引用したものだ。
「何で俺の真似するんだよ?」
すぐに気付き、不満を垂れるフィトラグスへ「そんなつもりはない」とディンフルはクールに返した。
妙な雰囲気になる前に、オプダットが話を切り替えた。
「そんなことより、フィーヴェに帰って来たんだろ? 早く故郷へ顔見せに行こうぜ!」
「え? 故郷って、異次元へ送られたままじゃ……?」
ティミレッジが指摘をすると、「そうだな」といきなりフィトラグスは剣を抜き、ディンフルへ向けた。
「フィット?!」
「フィーヴェへ帰って来たら一番にしようと思っていた。あんたと決着をつけさせてもらう!」
「せっかく仲良くなったのに……」と残念がるオプダットへ「なってない!」と否定するフィトラグス。
ディンフルも相手を真っ直ぐに見つめながら、大剣を出した。
「面白い。私も再戦したかった」
「ディンフルも?!」
炎界で少しだけ距離が縮まったように見えた二人だが、因縁同士という関係は忘れていなかった。
思わぬ展開にユアたちはうろたえるしか出来なかった。
「ま、待ってくれないかな?!」
同じく困惑しているティミレッジが二人の間に入った。
「ティミー、どいてくれ!」
「お前も斬るぞ」
両端の二人に言われても、彼はその場に居続けた。
「……フィットに言っておかなければいけないことがあるんだ。ディンフルさんは元々、僕らの故郷まで奪うつもりは無かったんだ」
「どういうことだ?」
不思議がるフィトラグスの向かいで、ディンフルはティミレッジが何を言おうとしているのかすぐにわかり、冷や汗をかいた。
「お前、まさか……? 私は初めから、お前たちの故郷を含む全地域を消そうと目論んでいた」
「でも、あの一件が無ければ、僕らの故郷も消しませんでしたよね?」
ティミレッジはディンフルへ振り返る。
フィトラグスやオプダットとユアは、まったく話が読めなかった。
「何の話だ?」
ティミレッジは再びフィトラグスへ向かい合った。
「ディンフルさんが他の地域まで消したのは、僕のせいなんだ」
彼の告白に三人は言葉を失った。
「消したのは私の判断だ。お前のせいではない」
「僕が余計なことをしたからです!」
ディンフルは沈黙を打ち破るように言うが、ティミレッジは首だけ振り返って否定した。
「二人だけにしかわからない話するなよ! 何があったんだ?!」
痺れを切らしたフィトラグスが詰め寄ると、ティミレッジが説明し始めた。
「ビラーレル村で、魔導士がジェムで魔王を倒そうとした話は知ってるよね?」
「ああ。話を聞いただけだが、七つも作ったんだろ? かなり大掛かりだったらしいな」
「そのジェムで、ディンフルさんを倒す寸前までいったんだ」
「そうなのか?!」
当時、村にいなかったフィトラグスとオプダットは、そこまで知らなかったために驚愕した。
ユアも驚くと同時に「ディンフルが倒されそうな展開があったのか……」と絶望し、気を失いそうになった。
「ディンフルが生きてるってことは、失敗に終わったんだろ? やっぱり強いからか?」
オプダットがディンフルを見ながら聞くと、相手はまるで関わりたくなさそうに顔を背けた。
「僕がジェムの一つを壊したんだ」
フィトラグスとオプダットは目を見開いた。
ティミレッジは打ち明けると、申し訳無さそうに俯いた。
「僕らの故郷が被害に遭ったのはその後だから……全部、僕のせいなんだ」
「な、何で壊したの?」
黙って聞いていたユアも、思わず話に入っていった。
ティミレッジはフィトラグスたちと会う前、母と共にディンフルに出会ったことを始め、すべてを打ち明けた。
母にトドメを刺さなかったこと、危機的状況の自分たちを逃がしてくれたこと、魔法で村へ送ってくれたこと……これらを経て、魔王であるディンフルは実は優しい人で、人間を襲うようになったのもよほどの理由があるのではないかと思い、やられそうになった彼を助けたのだ。
そして、ディンフルとは話し合いで解決できそうだと思っていた。
フィトラグスたちは言葉が出なかった。
当事者のディンフルは、ついに背中を向けてしまっていた。
「ティミーまで、こいつの味方かよ……」
ディンフルを敵視して来たフィトラグスは明らかに失望していた。
これまでティミレッジも、ユアやオプダットと一緒にディンフルを支持していたのは知っているが、まさか故郷が異次元へ送られるきっかけにもなっていたことは予想外だった。
ティミレッジは「本当に、ごめん!」と、フィトラグスに向かって頭を下げた。
許してもらえないのは覚悟の上だった。菓子界の馬車の中でフィトラグスが家族と国を大切にしていることを知ったので、彼の反応は手に取るようにわかっていた。
「もういい。ティミーのことだから、旅してる間もずっとモヤモヤしてたんだろ?」
「え?」とティミレッジは顔を上げてフィトラグスを見た。意外な反応にユアとオプダットはきょとんとし、ディンフルも首だけ振り返った。
「ゆ、許してくれるの?」
ティミレッジが聞くと、フィトラグスは剣を構え、再びディンフルへ向けた。
「ティミーは助けようとしてジェムを壊したんだ。それなのにあんたは、ティミーや俺らの故郷を消した……。恩を仇で返しやがって!」
ディンフルも再びフィトラグスへ向かい合った。
「決着は避けられぬか。仇で返したわけではないが、その言い方は気に入らぬ」
ディンフルがジェムの破壊を知ったのは、緑界でティミレッジと話した時。それまで恩は感じていなかったが、恩着せがましく言われるのも不快だった。
彼もフィトラグスへ大剣を向けた。
「フィットにディンフルさん、待ってよ! 僕が悪いから、決着なんて……」
「こいつが正義に反しているのは事実だ!」
「私も王子と戦いたい。邪魔をするな」
説得を遮るフィトラグスとディンフルは戦うつもりでいた。
魔法を封じてまで争いをやめさせようとしたユアにとって、一番望んでいない展開となってしまった。