第56話「罪滅ぼし」
緑王の計らいで、五人は村の宿屋に無料で泊めてもらった。
ユアと他の四人は別々の部屋。
彼女は魔法の効力が抜け切るまで休ませなければならなかった。
◇
村の儀式の場。
ユアを宿で寝かせている間、他の四人は緑王からあるものをもらっていた。
「緑界を救っていただいたお礼です」
彼女はそう言いながら、緑色のインクで描かれた木のイラストのシール……集めると願いが叶うと言われている虹印をディンフルへ渡した。
手のひらサイズのシールを見るなり、オプダットが歓喜した。
「ラッキー! 虹印だ!」
「ありがたく受け取ろう。それよりユアのことだがこの先、魔法による弊害はないだろうな? あいつは異世界から来た普通の人間だ。魔法には慣れていない」
ユアを心配してディンフルが緑王へ尋ねた。
「大丈夫です。本来なら祈祷師の魔法と大樹の力で命が尽きるのですが、目覚めたところを見るとそれら全てを跳ね返したようです」
「跳ね返した?!」
緑王の思いがけない答えに四人は思わず声を上げた。
「で、でも、彼女、魔法とか一切、使えないんですよ?! ディンフルさんもおっしゃったように、普通の人間です! それなのに、魔法を跳ね返せるのですか?」
今度はティミレッジが慌てて聞いた。
「おそらく……」とまで言うと、緑王はディンフルを見ながら推測した。
「口付けをしたことで、彼の力が少しだけユアさんの体内に入ったのでしょう。私の考えですが……」
「私か?!」
ディンフルも驚きを隠せなかった。
しかし、これを聞いたフィトラグス、ティミレッジ、オプダットは大いに納得した。
これまで色んな異世界を回って来たが、モンスターに襲われた時はほとんどディンフルの無双で切り抜けて来た。
その延長として、ユアに掛かった魔力も戦闘力に長けたディンフルが解いたのだと三人は確信した。
◇
宿屋の一室。
皆が寝静まる時間にユアは目を覚ました。
たっぷり休んだからか体の調子はすっかり良かった。
「気が付いたか」
ベッドの傍にはディンフルがいた。
「ずっと、いてくれたの?」
「他の者と交代で見ていた。たまたま私に当たっただけだ」
ディンフルはお湯を張った洗面器から一枚の布を取り出し、固く絞って水気を切った。
「汗を拭いておけ。さっぱりするぞ」
彼から絞られた布を受け取った。
ユアはそれに見覚えがあった。
ピンク色のチェック柄のハンカチ。薄暗いこの部屋でも、自分の物だとわかった。
それはミラーレの公園でディンフルと出会った時、眠っている彼の額に水で濡らして置いたものだった。
他にも、ユアが歩道橋の階段から落ちて膝をケガした時に一時的な処置のために彼が巻いてくれた。
これはディンフルとの思い出が詰まった特別なハンカチとなっていた。
「これ……」
「ミラーレからそのまま持って来た。よく考えたら、あちらで私の額に置いていたものだな」
「ずっと持っていてくれたんだ?」
「お前の物だと思い出したのは、最近だ。勝手に拝借してしまった」
ユアは出会った時のことを思い出していた。
初めて会う推しのキャラと実際に会って話すのはかなり緊張した。
ましてや、ディンフルは整った顔立ちもあってまともに見れず、思わず両手で顔を隠しながら話すと言う奇妙な始まりとなった。
もうすぐ二週間になるが、すでに懐かしい思い出となっていた。
ユアが服の下で体を拭いていると、ディンフルが言い始めた。
「療養中申し訳ないが、今回は改めて残念だ」
彼は顔をしかめていた。
ユアも心苦しくなり、ハンカチを持った手を膝の上に置いた。
「本当にごめんなさい。もう魔封玉は持ってないし、これからも持とうなんて考えないから……」
「魔封玉はもう良い」
「えっ?」
彼が魔法を封じたことを怒っていると思ったユアは口をあんぐりと開けた。
ディンフルの怒りと言えば、魔封玉以外には自身のドジ行為しか心当たりがない。
「私が怒っているのは、死に急いだことだ」
「べ、別に、急いだわけじゃ……」
「命を落とすことは承知していたのだろう?」
ディンフルの問いにユアは言葉が出なくなった。
「贖罪のつもりか? 私やフィトラグスから再び嫌われ、“自分なんかいない方がいい”などと思い、自暴自棄になり名乗り出たのではなかろうな?」
見抜かれていた。
あまりの図星にユアは返事が出来ず、目をぎゅっとつぶったまま俯いてしまった。
「もしそうなら、大迷惑だ」
目を開け顔を上げると、ディンフルはこちらを睨みつけていた。
「ただでさえ魔法を封じられて煩わしいと言うのに、避けられたことを理由に命を捨てられると、こちらが汚名を着せられる。仮に死んでいれば、我々はお前を責めたことを一生悔いて生きることになる。そこは考えたか?」
そんな発想はなかったので、ユアは唇を結んだまま首を横へ数回振った。
ディンフルは「やはりな」とため息まじりに言った。
ユアは生贄に名乗り出たことを後悔し始めた。
彼の言う通り、自分が死ぬとディンフルとフィトラグスがこの先、悔やんで生きていくかもしれない。それは二人に新たな迷惑を掛けるということだった。
彼らだけでなく、ティミレッジとオプダットにも新たな心配をさせてしまう。
危うく、誰も喜ばない結末になるところだった。
「いいか? この世に死んで償える罪はない。心から悪いと思っているなら、生きて罪滅ぼしをしろ」
「生きて……罪滅ぼし?」
「明日、お前に罰を下す。しっかりと覚悟しておけ」
ディンフルは依然として、険しい表情のままだった。
しかしユアは何故か安心していた。今回の魔封玉で完全に嫌われたと思っていたが、下される罰を受ければ許してもらえるかもしれない。つまり、また前のような関係に戻れるかもしれなかったからだ。
ところが、またすぐに不安が襲った。
ミラーレを出る前日、彼から聞いた話を思い出した。
その内容は、ディンフルの部下は魔王の厳しさを理由に脱走する者が多かったが、彼は一人残らず連れて帰ったことだ。
このことから罰も相当なものに違いないと思った。
ましてや、オプダットを除くパーティの魔法を封じて困らせたのだ。緑界に着いた時の怒りっぷりも半端なものではなかった。
ディンフルは部屋を出て行ってしまった。
ユアは目を覚ましたばかりなので眠気が来ず、彼からの罰をずっと考え続けた結果、朝まで一睡も出来なかった。