第55話「救出」
「戻って来てくれたんだな?!」
ユアのピンチに駆けつけ、巨大虫を追い払ってくれたディンフルへオプダットが声を弾ませた。
ディンフルはユアを指しながら答えた。
「こいつに用があって来ただけだ」
「ユアちゃんに用があるって、もしかして……?」ティミレッジも「許してもらえるのでは」とわずかに希望を抱いた。
「それよりも、何故三人もいてモンスターを止めぬ? 魔法も戻ったと言うのに」
「しょうがねぇだろ! 儀式はもう始まっていたし、ムカデだって高い場所に現れたんだから! あんたみたいに飛べるマントも持ってないんだよ!」
ディンフルの指摘にフィトラグスがとげとげしく反応した。
弾かれた巨大虫が戻り、今度はディンフルへ牙を剥け始めた。
「貴様が五〇〇年に一度現れる奴か。フン、大したことはない」
ディンフルは大剣を構えると、下にいる緑王へ尋ねた。
「この巨大虫とやらを倒せば、儀式はしなくても良いのだな?」
「え、ええ。生贄を捧げるのは、巨大虫を封じるためですので……」
「なら……」とディンフルは武器に魔法を込めた。大剣に紫の光が宿る。
ディンフルは巨大虫へ駆け、大剣を思い切り振った。剣先から黒と紫の光が出た。
「シャッテン・グリーフ!!」
虫に黒と紫の光が当たる。
同時に大剣で頭部を斬られると、全身が黒いモヤとなって消滅してしまった。
悩みの種になっていた巨大虫があっという間に倒された。
「これで、儀式は無しだ」
緑王と祈祷師たちは唖然とした。
感謝を告げるはずが、あまりにも一瞬だったので驚きで言葉が出なかった。
ディンフルは大剣でツタを斬ると、ユアを大樹から解放した。
彼女はまだ目覚めなかった。
彼はユアを抱き、地面に降り立った。
フィトラグスらも集まって来た。
「ユア!」
「しっかりしろ!」
オプダットとフィトラグスが呼びかけるが、返事はない。
「よし、ティミー! 白魔法だ!」
オプダットが指示を出すが、ティミレッジは悲しげな顔でユアを見つめていた。
「ティミー?」
「……魔法を使っても、ユアちゃんは目を覚まさないよ」
そう言うと彼は俯いた。
「やってみないとわからないだろ!」
「わかるよ。ユアちゃんから生気が感じられないもん」
「俺らがダウンした時、白魔法で回復してくれてたじゃねぇか?」
「その時は生気があったから魔法も効いたんだよ。でも、今のユアちゃんには効かない。断言出来るよ」
フィトラグスたちは息をのんだ。
さらにディンフルも目を見張り、ユアへ呼び掛けた。
「目を覚ませ」
やはり反応がないので次は大きな声で名前を呼び、体を揺すった。
「ユア!」
やはり微動だにせず、ユアの体はぐったりと垂れてしまった。力がまったく入っていなかった。
その時、ディンフルの脳裏にある光景が浮かんだ。
自分の胸の中で誰かが力尽きるのは、これが初めてではなかった。
同時にユアと過ごしたこの二週間が突然、走馬灯のように駆け抜けていった。
出会った時に顔を隠されたり、弁当屋初日で無理やり髪を束ねられたり、ドジを注意したり、滑落した時に助けに行ったり、捻挫した時におぶって行ったり、夜の公園で二人で話したり、魔物から助けたり、勝手にマントを繕われたり、魔封玉のことで怒ったりと色々なことがあった。
嫌われ者のディファートとして生まれたディンフルにとって、ユアは唯一自分を好きでいてくれる。
その命が今、消えようとしていた。
「申し訳ありませんが、残念な結果になってしまいました。儀式で掛けた魔法と大樹の力で、ユアさんの命は神に捧げられたもの……」
「え……? 巨大虫はもういないのに、ユアは生贄になったってことか?」
フィトラグスが聞くと、緑王は哀愁に満ちた表情で頷いた。
パーティは戦慄に震えた。
特にフィトラグスは彼女へ再び怒鳴ってしまった後悔から、胸が締め付けられた。
「ウソだろ……? そんな……」
「ユア!!」
彼が叫ぼうとしたその時、ディンフルが胸の中のユアを抱きしめ、絶叫した。
「ディンフル……?」
魔封玉の一件で一番怒りを露わにしていたディンフルが、誰よりも悲し気な表情を浮かべていた。
他の者は驚きながら彼を見た。
「変な真似はよせ! 共にフィーヴェへ行くのではなかったか?! 我々の冒険を娯楽として楽しむのではなかったか?! またミラーレの弁当を食べるのではないのか!? ここで起きねば何も叶えられぬぞ! ユア!!」
何度呼び掛けても彼女は目覚める気配がない。
ユアを抱く彼の手が震えていた。
「死ぬな!!」
ディンフルは叫ぶと、ユアの唇に口付けをした。
さらに騒然とする他の者。
フィトラグスは固まり、ティミレッジは目を輝かせ、オプダットは両手で顔を覆ってしまった。
驚愕する周囲をよそに、ディンフルはユアから唇を離さなかった。
「ここは……?」
ディンフルの胸の中で眠っていたユアが目を覚ました。
「ユア!!」
声がするとディンフルは唇を離し、彼女を見つめた。
端で、眠るミントを抱いていたミドリも「王子様のキスで目を覚ますお姫様と一緒だ」と涙を流して安堵した。
「まったく、心配させんなよ……!」
「良かった、ユアちゃん……」
「本当だぜ……」
フィトラグス、ティミレッジ、オプダットはそれぞれ涙を流し、彼女の復活を喜んだ。
「みんな……、何で泣いてるの?」
ユアはまだ意識が朦朧としていた。
そのため「何故、仲間たちがここにいるのか」より泣いている方が気になった。
「泣くに決まっているだろう……」
ディンフルが俯き、力なく言う。
そして顔を上げるなり、目覚めたばかりのユアを怒鳴りつけた。
「この、バカ者!!」
ユアは身を震わせ、他の三人も涙が引っ込んでしまった。
「何故、こんな危ないことに首を突っ込んだ?! 魔法の耐性も無いくせに! 私と出会ったがために生き続けようと思ったのではなかったのか?! 自害と一緒だぞ!!」
「ご、ごめんなさい……」
ディンフルは涙して喜ぶ三人と違い、大声で彼女を叱りつけた。
怒気に圧倒されながらも、ユアは彼が本気で心配していることを思い知った。
傍で聞いていたティミレッジとオプダットは「ディンフルと出会ったから生きようと思った」の件は初耳で首を傾げ、菓子界で知っていたフィトラグスは冴えない表情をした。
「でもディンフル……、私のことを許せないでしょ? 私が、魔法を、封じた、か、ら……」
ユアは語尾へ行くにつれて、言葉が途切れ途切れになった。
目覚めることは出来ても、まだ疲れが残っていた。
言い終える前に彼女はまた気を失ってしまった。
それでも先ほどみたいに生気を失くしたわけではなく、今度は普通に眠っていた。
ディンフルは再びユアを抱きしめ、安堵の表情を浮かべた。