第49話「魔導士のジェム」
ディンフルの城に乗り込んだ日から一ヶ月が経った。
ティミレッジは自身の先輩である”ソールネム”という名の女性黒魔導士に呼び出された。
彼女について行くと、村の広場に着いた。
そこでは一メートルほどの大きさのクリスタルが七個、円を描くように並んでいた。
それらはビラーレル村で特に腕のいい魔導士たちが極秘で作っていた「ジェム」だ。赤・オレンジ・黄色・緑・青・紺色・紫と、虹を思わせるように七色あった。
「特定の者へ確実に魔法を掛けられるジェムよ。これでディンフルを倒せるわ」
ジェムを初めて見たティミレッジに教えるソールネム。
だが、彼は喜べなかった。城に乗り込む前なら「フィーヴェが平和になる」と安堵したが、相手の素性を知ってからは魔王を倒す行為に抵抗があった。
だからと言って、反対も出来なかった。
ディンフルの振る舞いは誰にも言っていなかったし、同行した母も途中で気を失い、彼の優しさを知らない。
村で信頼されているティミレッジが言っても、前々からディンフルを倒そうと模索して来た魔導士たちが信じてくれるとは思えない。
それに魔王を庇うとどうなるかも想像がついた。
ディンフルは既にフィーヴェの町村を何件か異次元へ送っていたために、ティミレッジまで皆に睨まれるかもしれない。
「早速、始めるわよ」
ソールネムが合図を出す。
彼女を含む魔導士七人は円を描くように置かれたジェムの内側に集まり、互いに向かい合うように立った。
一斉に呪文を唱えるとジェムはまばゆく輝き、衝撃波も出始めた。
「す、すごい魔力だ……!」
詠唱の序盤なのに凄まじい衝撃に圧倒され、ティミレッジはその場から離れてしまった。この圧は普通以下の魔導士では耐えられない。
村で選ばれた大先輩でないとジェムを作れないし、扱えないのだ。
やがて村全体が七色の光に包まれた頃、ディンフルが空間移動の魔法でやって来た。
魔力に圧倒されているのか、マントで自身の身を庇っていた。
「貴様ら……!」
「来たわね、ディンフル!」
呪文詠唱をあとの六人に任せ、ソールネムが代表で反応した。
「どういうつもりだ……?」
ジェムが効いているのかディンフルはすでに体力が削られ、脂汗をかいていた。
「あなたを倒して、奪われた町村を返してもらうわ! この間、ティミーとアビクリスさんを傷つけたでしょう?」
「くっ! 私だけならともかく、何故ディファートまで苦しめる……?」
ティミレッジは彼の言葉が理解出来なかった。
「ディファートを苦しめる」とは、これまで人間がした行いが思い当たった。
「ディファートのいない世界にするのが、フィーヴェのためなのよ!」
ソールネムは魔法を出しながら答えた。
「このジェムはあなただけでなく、フィーヴェ中にいるディファート全員に向けているの。大昔に色々あってから人間はディファートを虐げているし、ディファートも過ごしにくくなっている。残酷だけども、どちらかがいなくなった方がフィーヴェにとってはいいことだと思ったのよ」
ティミレッジは衝撃的な答えに耳を疑った。
「やはり人間は、愚かだ……!」
「……ええ、愚かよ。でも、その愚かな存在を脅かすあなたも同類よ」
「黙れ……!」
ディンフルはその場で崩れ落ち、両膝をついてしまった。
顔は汗まみれで息切れもし始めた。
ティミレッジはだんだん怖くなって来た。
本当に魔王が倒されるかもしれない。それは、目の前で相手が確実に死ぬということだ。
城では兵士の邪魔が入ったが、いつかまたディンフルと会えたらゆっくり話したいと思っていた。彼なら、話せばわかってくれそうだと思ったからだ。
だがそれは、まもなく永遠に叶わなくなる。
同時に、未知の種族・ディファートとの共存も出来ないまま終わりを迎えようとしていた。
ティミレッジは思い出していた。
母と城へ乗り込んでから数日後のこと。
馬車で移動中、河原で数人が一人を殴る蹴るなどの暴行を加えていた。
「ケンカだ!」やめさせるために降りようとした彼を、同乗していたソールネムが制した。
そして「やられているのはディファートよ」と教えられた。彼女は以前にもそのディファートを見かけたことがあるらしい。
ティミレッジは、ディファートを見たのはディンフルに続いて二度目だった。
強い彼を知っていたために、一方的にやられるディファートを見ると切なくなった。何か事情があったのかもしれないが、数人での暴行は残酷だと思った。
馬車は止まらず、痛めつけられるディファートたちの元を過ぎ去って行った。
何も出来なかった。
その時と言い、目の前で苦しむディンフルと言い、どうしてディファートというだけで傷つけられなければならないのか?
ここまで人間を怒らせた大昔のディファートは一体何をしたのか?
本当に両者の共存は永遠に叶わないのか?
疑問は止まらない。
膝をついていた魔王の体が地面に倒れた。
まだ肘を立てて踏ん張ろうとしているが、限界が近かった。
ティミレッジは無意識に一つのジェムに向かって走り出していた。
魔力の圧に押されながらも、自身が持っていた杖で青色のジェムを割ってしまった。
溢れ出る衝撃波で遠くへ吹き飛ばされてしまった。
あっという間に他のジェムも力を失い、魔導士たちが驚嘆した。
「ジェムが割れてるぞ!」
魔導士七人は驚きを隠せない。
ジェムが耐久力が無かったのか、魔力不足になったのか確認を始める中、ディンフルが辛うじて立ち上がった。
七人は気付いていない。
「やはり、人間に私を倒すのは無理なようだな……!」
魔王へ振り向いた時にはもう遅かった。
ディンフルは彼らを異次元へ飛ばしてしまった。
六人が庇ったお陰でソールネムは助かったが、彼らの次にビラーレル村が消されたのは言うまでも無かった。
この出来事でディンフルの人間への怒りはさらに強まり、次々とフィーヴェの町村を消していった。
ついにはオプダットの故郷・チャロナグタウン、フィトラグスの故郷・インベクル王国まで……。
吹き飛ばされたティミレッジも異次元行きは免れたが、ジェムを割る時に振った杖が壊れてしまった。
魔王の怒気を増長させ多数の被害が出てしまったが、ティミレッジは「これで良かったのだ」とほっとしていた。