第46話「説得」
森の中。
ディンフルとフィトラグスが去り、残された三人の間に重い空気が立ち込めていた。
「き、気にするなよ! と、言いたいところだが……」
オプダットがいつものように明るく声を掛けるが、今回は明らかにユアの過失であるため擁護が難しい。さらに……。
「言っちゃ悪いけど、フィットやディンフルさんの怒りはごもっともだよ。オープンは元々魔法が使えないけど、僕は唯一の力を勝手に止められたんだよ。いい気はしないよ……」
珍しくティミレッジの口から厳しい言葉が出た。
「ご、ごめんなさい……」
「唯一の力」と聞いたユアは自分のしたことの愚かさを痛感し、涙声で頭を下げた。
「ユアは優しいから、“傷ついて欲しくない”って思ってたんだろ? 俺は評価するぜ!」
オプダットはユアを励ますように、変わらずに笑って受け止めた。
「僕も争いごとは好きじゃないからユアちゃんの気持ち、わからなくもないよ。フィットは正義感に溢れているし、ディンフルさんも本当は優しい人だし、そのうちわかってくれるよ。だけど、二度とこんなことしないでね」
ティミレッジも彼女が本気で反省していることを理解し、今度はフォローし始めた。
ところが、ユアは下げた頭を上げようとはしなかった。
「ユア、もう頭上げろ!」
「陥れるつもりじゃなかったのはわかってるから。それより、どうして魔封玉を持っていたの? そっちの方が気になるんだ」
オプダットはすでに許しており、ティミレッジも話題を変えようとしてくれたが、ユアは割れた魔封玉の一番大きい欠片を拾って、その場から走り去ってしまった。
「ユア?!」
「ユアちゃん!!」
後ろから二人が叫んでも、必死に走るユアの耳には届かなかった。
(ひどいことしちゃった。みんなが怒るのはわかってたのに……。せっかく、ディンフルたちも良い感じになって来たのに、振り出しだよ。これじゃあ、異世界でも嫌われる……)
ユアはどんどん、森の奥深くへ入って行った。
◇
置いてけぼりにされたティミレッジとオプダットは、先に抜けたフィトラグスらの説得へ行くことにした。
ユアを追い掛けたかったが、二人へ説得しに行くなら彼女はいない方がいいと思ったのだ。
なので、ディンフルたちの説得が終わった頃に迎えに行くことに決めた。成功するかわからないが……。
ティミレッジはディンフルを探してさまよっていた。
彼への説得は頭がいいティミレッジの方がいいと思った。オプダットでは言い間違いによっては状況を悪化しかねないからだ。
歩く道は足元が見えないほど草が生い茂っており、歩きやすいとは言えなかった。
「こんなとこ、人は通れないよ。ディンフルさんみたいに飛べたらな~」
その時、ティミレッジの体が宙に浮いた。
誰かが仕掛けたであろう罠が作動し、網の中に捕らえられてしまった。
「何で罠が?! 誰か助けて~!」
必死にもがくが、網は丈夫で破れない。
持っていたナイフを使おうとするが、最悪なことに荷物は全部下に落としてしまった。
「何をしている……?」
途方に暮れていると、罠が仕掛けられている木の上からディンフルが呆れながら見ていた。
ティミレッジが助けを求めるとディンフルはすぐさま彼を救出し、草がほどよく生えている平らな場所に降ろしてくれた。
「ありがとうございます!」
「まったく。あいつらほどではないが、お前も手が掛かるな。何度、私がおぶったことか……」
おそらく、パーティの中では一番ディンフルにおぶわれているティミレッジ。
改めて「その節もありがとうございました……」と礼を言った。
「まぁ、いい。誰かと違い、黙って魔法を封印するような奴ではないからな」
あいまいにユアをけなしたのはわかったが、ティミレッジはどうしても頼まずにはいられなかった。
「あの、ディンフルさん。僕らの元に……」
「戻らぬ」
先が読めたディンフルは最後まで聞かずに否定した。
「お前も見ただろう? あいつは自身の都合で我らの邪魔をしたのだ! あいつさえいなければ、ミラーレで自己を犠牲に働くことはなかったし、お前たちのような敵と旅をすることも無かった!」
「でもディンフルさん、ミラーレでも道中でも協力的だったじゃないですか?」
「言うな!!」
ディンフルは全力で否定し、さらに言い続けた。
「人間に尽くしても報われなかった上に大切なものまで奪われたのだ! そんな経験をしたと言うのに、また奴らと協力など冗談じゃない! どうせまた裏切られるに決まっている……!」
最後は憎しみと哀愁が込められたような口調だった。
「に、人間と何があったか教えていただけませんか?」
「話したところで、あいつは戻って来ない!」
ディンフルは人間との過去をかたくなに話そうとしない。
ティミレッジが「あいつ?」と聞くと、相手はすぐに「お前には関係ない」と言い、すぐに話題を変えた。
「それより、お前一人か?」
「はい。オープンはフィットの説得へ行って、ユアちゃんはどこかへ走り去って行きました」
「どこかへ? 被害者面か。お前たちもあいつが許せないなら、ここへ置き去りにして他へ飛んだ方がいいぞ」
「置き去り?! そんな残酷なこと……」
ティミレッジが言葉をつぐむと、ディンフルは表情を暗くしてつぶやいた。
「あいつだけはわかってくれると思っていたのに……」
「ユアちゃんのこと、信じていたんですか?」
「私を好いてくれる者は他にいない。だからあいつをきっかけに、再び人間を信じようと考えたこともあったが……、非常に残念だ」
「彼女も好きで魔法を封じたわけじゃありません! 振り回されてしまいましたが、ユアちゃんはオープンと一緒で、フィットとディンフルさんにも和解して欲しかったんです!」
「みんな仲良く……? 戯言だな」
「確かに戯言かもしれません。でも、オープンやユアちゃんの考えは素敵だなって思ってます。僕もどちらかと言うと、争いは好きじゃないので……」
「一番に負けそうだものな」
ディンフルがストレートに言うと、ティミレッジはしゅんとなった。
事実なので言い返せなかったのだ。
「そういうディンフルさんだって、本当は好きじゃないんじゃないですか?」
今の言い方に反論するように、ティミレッジは真剣な目でディンフルを見つめた。
「いきなり何だ? 私は戦闘力に長けたディファートだぞ?」
「知っています。でもそれは生まれ持った力で、誰かを殺すとか傷つけるために使っているわけじゃないですよね?」
「……何が言いたい?」
ディンフルが尋ねると、しばらくしてからティミレッジは口を開いた。
「ディンフルさん、覚えてますか? フィットやオープンと出会う前に僕、あなたの城に行ってるんですよ」
ディンフルも真っすぐに相手を見つめ返した。
そして目の色一つ変えず、落ち着いた口調で答えた。
「忘れるわけがあるまい」
フィトラグスとオプダット、そしてユアが知らないディンフルとティミレッジの過去が存在した。
二人は当時を少しずつ振り返り始めた。