第45話「砕けた絆」
クリスタルの本・ボヤージュ・リーヴルに、クリスタルの鍵・ボヤージュ・クレイスを挿すと五人は次の世界へ飛んだ。
到着したのは、うっそうとした森の中だった。
木の本数が樹海のように多いのと一本の木自体が大樹のように太く長かったので、出口が見通せなかった。あちこちに木漏れ日が射していた。
「どう? 今度はフィーヴェにもありそうな光景だけど……?」
「う~ん……。似たようなとこがあったような無かったような……」
ユアが聞くとフィトラグスが唸った。
「僕らの世界にも森はあったよね? とても広いところが」
「よっしゃ! 戻ったぜ、フィーヴェ~!」
ティミレッジが確認をすると、オプダットが喜びながら歓声を上げた。もう目的地に着いた気分だった。
フィトラグスが「まだ確定してないだろ!」とつっこんだ。
「明らかに違う。よく見ろ! フィーヴェに樹齢何千年もあろう大樹が並ぶか?!」
希望を抱いていた四人にディンフルが怒りを込めて否定した。
ユア以外の三人は「確かに……」と納得する。
「ここも違うか~」
「ユア、次を頼む」
オプダットは肩を落とし、フィトラグスも残念そうにユアへ振った。
彼女は手の中にあったリーヴルとクレイスを再び使おうとした。
「待て」
ディンフルが鋭く低い声で制した。
「どうした?」とフィトラグスが聞くと、ディンフルは突然ユアの胸ぐらをつかんだ。
「ひゃっ?!」
いきなり掴まれ、思わずリーヴルとクレイスの両方を地面に落としてしまった。
以前みたいに失くさないよう、急いでティミレッジが二つを回収する。
「何するんだ?!」
これから暴力を振るいそうなディンフルへフィトラグスが怒鳴りつけた。
突然のことにオプダットとティミレッジはおろおろするばかりだ。
「出せ」
ディンフルはフィトラグスには答えず、ユアを睨みつけた。
「持っているのだろう? 魔封玉を?!」
語尾へ行くにつれて語気を強めるディンフル。
彼の言葉に四人の表情が凍り付いた。
「な、何言ってるんですか、ディンフルさん? ユアちゃんは、異世界から来たんですよ? 僕らの世界のアイテムなんて、持ってるわけ……」
「出せ!!」
ディンフルはティミレッジの言葉を遮り、再度ユアへ詰め寄った。
ユアは震える手でボトムスのポケットから緑色の魔封玉を取り出した。
その場の空気がさらに変わった。
「さっき、ばあさんの家で見たやつ?!」
「色が違うけど似てるな……」
「紛れもなく魔封玉だよ! しかも緑色だから広範囲に封じるタイプだ!」
オプダット、フィトラグスが息をのむ中、ティミレッジが興奮しながら分析した。
ディンフルは魔封玉を奪い取ると、ユアを乱暴に離した。
「水界でアンディーンとカエルから聞いたのだ。“パーティの中に魔封玉の気配がする”と。最初はアンディーンの気のせいだと思ったらしいが、ピラミッドでカエルが“魔法が不調”と言ってただろう?」
「言ってた言ってた! あいつの不調はこの石のせいだったのか!」
オプダットが納得した後も、ディンフルは説明を続けた。
「そして決定的なことに、炎界で雪男と戦っている時も白魔法や大剣が突如消えた。私のマントも力が消え、崖から落ちそうになった!」
戦闘中、魔法と魔法剣が突如消える事態があった。
そしてディンフルのマントにも魔法による飛行能力があったがユアが来た瞬間、その力が失われた。
これにより、パーティは不便さを感じていた。
そして、炎界でディンフルが四人とユアを意図的に離したのは、魔封玉の有無を確認するためだった。
ラスボス戦を控えていたフィトラグスと魔法を使わないオプダットは持たないと思っていた。魔法を主に使うティミレッジなら尚更。消去法なら、あとはユアしか考えられなかった。
「輝きが弱いところを見ると、効果が弱まっているな」
ディンフルは魔封玉をじっくりと観察した後、それを地面に叩きつけ、踏みつぶしてしまった。
足をどけると、まん丸だった魔封玉はバラバラに砕け、弱かった輝きがすっかり無くなった。
ユアはショックで棒立ちになり、欠片と化した魔封玉を見つめるしか出来なかった。
彼女へ見向きもせず、ディンフルはティミレッジへ尋ねた。
「魔法は使えそうか?」
ティミレッジが試しにパーティに回復魔法を掛けると全員、疲労が全快した。
これで一行に魔力が本格的に戻った。
「体が軽い!」
「お~! これだけ元気になりゃ、当たって砕けそうだぜ!」
「砕けてどうするの……?」
「その勢いで、まずは頭を良くしてくれ」
また出たオプダットの言い間違いにつっこむティミレッジとフィトラグス。
いつもなら笑える光景だが、今はそんな気分にはなれなかった。
「今まで魔法が使えなかったのは、ユアの仕業だったんだな?」
今度はフィトラグスが彼女を睨みつけた。
「何で封印したの……?」
次にティミレッジが困惑した目で見た。
「な、何か理由があったんだよな?」
オプダットは庇うように朗らかに尋ねるが、顔が引きつっているように見えた。
「言え!!」
答えずうつむくユアに、ディンフルはこれまで以上に声を張り上げた。
他の三人も一瞬だけ身を震わせた。
「そ、そんなに怒鳴らなくても……」
「大問題だ! どれだけ不便だったと思う? 魔法と無縁の武闘家には、わからんだろうが!」
再び庇おうとするオプダットをディンフルが遮る。
フィトラグスも同様にユアへ語気を荒げた。
「俺も聞きたいな。どうして魔法を使えなくしたのか?!」
「ぼ、僕も……。ミラーレにいた時からだから、もう一週間か。魔封玉が弱っていたから、やっぱりそれぐらいから使い出したんだよね? どうして?」
ティミレッジも尋ねた。
先に怒鳴ったディンフルたちに圧倒されたが、魔法が使えなくなって一番つらかったのは彼だ。
誰よりも魔法を封じられた理由を聞きたくて仕方なかった。
ユアは重い口を開いた。
「ま、魔法が使えたら……、ディンフルとフィット、やり合うでしょ……?」
蚊の鳴くような声だった。
聞き取ったフィトラグスが淡々と答えた。
「ああ、因縁同士だからな」
「もしかして、二人にケンカして欲しくなかったのか?」
今度はオプダットが質問した。
言い方が気に入らず「“ケンカ”はやめてくれ」とフィトラグスが不満を垂れた。
「戦って欲しくなかったから、魔法を使えなくしたのか?」
再びフィトラグスが尋ねると、ユアは無言でゆっくりと頷いた。
「それはユアの都合だろ? こっちには戦わなきゃならない理由があるんだよ!」
「わ、わかってる! でも、戦って欲しくなかったの……」
「そもそも、ユアは関係ないだろ! 俺らとは別の世界で生きて来たんだから!」
「戦って欲しくないから魔法を封じた」という理由にフィトラグスは納得がいかなかった。
横からティミレッジが「ユアちゃんは争いごとが嫌いなんだよ」と付け足した。本人から直接聞いたわけでは無いが、彼女の性格から推測していた。
「そのような理由で妨害など大迷惑だ! やはり、お前も他の人間と同じだな。勝手に力を封じ、騙すなど!」
「ご、ごめんなさい! でも、騙すつもりは無かった!」
「ウソをつけ!!」
「ディンフルとフィトラグス、どっちにも死んで欲しくなかったの!!」
怒鳴るディンフルへ、ユアも同じ声量で声を上げた。
その内容に四人は言葉を失った。
彼らが固まっている間に、ユアは怯えながらも説明し続けた。
「勝手なことをしたのはわかっている! 一番好きなのはディンフルだけど、フィトラグスも嫌いじゃないし、傷ついて欲しくない。もちろん、オプダットとティミレッジにもイヤな思いをして欲しくない! 住んでる世界は違うけど、私は“イマジネーション・ストーリーV”が大好きなの。私の生き甲斐だし、居場所だから……。みんなの中で誰が欠けてもイヤなの!!」
ユアがすべて吐き終えると、フィトラグスは再び意見をぶつけて来た。
「まだわかってないんだな……。こいつは俺らの故郷と家族を奪ったんだぞ! “誰が欠けてもイヤ”って言われても知ったこっちゃねぇ! 菓子界で俺の気持ち、わかってくれたんじゃなかったのか?!」
ユアは菓子界でフィトラグスが家族や国への思いを話してくれたことを思い出した。
彼が魔王を許せないことには納得したが、自分にも譲れないものがあった。
ディンフルは皆に背を向けると、マントを翻した。
「やはり、お前たちとは馴れ合えぬ!」
どこかへ行く素振りをする彼に、オプダットが「ユアもわざとじゃなかったから」と擁護するが……。
「一週間もウソをつかれていたのだ! 陥れられたも同然だろう!!」
またディンフルに遮られてしまった。
彼はそう吐き捨てると、炎界でフィトラグスを助けた時に使ったマントの飛行能力で飛び去って行った。
「……俺も行くわ」
フィトラグスも冷たく言いながら、ディンフルとは反対方向へ歩き始めた。
「やっぱり、ディンフルを好きな時点で信用すべきじゃなかったな!」
制したティミレッジを振りほどいて、フィトラグスも去って行った。
これではミラーレの出発前日と同じである。
五人の間に今までで一番重い空気が流れ始めた。