第44話「魔封玉」
前回までのあらすじ
ユアは、ゲームのキャラクターであるディンフル、フィトラグス、ティミレッジ、オプダットと異世界のミラーレで出会い、彼らの故郷・フィーヴェを目指して旅を始めた。
途中トラブルもあったが虹印を手に入れたり、それぞれの世界を救うパーティを間近で見られるなど、いいこともあった。
雪に覆われていた炎界を救った後、ユアは火の精霊・サラマンデルから魔封玉でディンフルらの魔法を封じていることを指摘されてしまう……。
作中用語
〇イマスト
大人気RPGゲーム「イマジネーション・ストーリー」の略。ディンフルたちの代で五作目となる。
今作での略称は「イマストV」。
〇ディファート
イマストに出て来る種族。
見た目は人間と一緒だが、生まれつき不思議な力を持っている。能力は人によって違い、ディンフルは戦闘力に特化している。昔から老若男女関係なく、人間から差別を受けて来た。
ユアは一人、サラマンデルに呼び出されていた。
他の四人は先に外へ出て、彼女を待つことにした。
洞窟を抜けると雪はすっかり溶け、茶色い土の地面が見えて、辺りに松明が灯っていた。
温度も炎界に来たばかりの時とは打って変わって、暖かくなっていた。
「火が戻ってるぞ!」
「草原じゃなくて土だったんだな、ここの地面は」
「さっきまで寒かったのがウソみたい」
オプダット、フィトラグス、ティミレッジの気持ちが高ぶる中、ディンフルのみ「これぞ炎界だ」と冷静に感想を述べた。
「それにしても、人助けって気持ちがいいな!」
「まさか、異世界でもすることになるとはな」
「変動破でフィーヴェから出ていなかったら、経験できなかったね」
ティミレッジが言うと、オプダットとフィトラグスは「そういえば……」と振り返り始めた。
思えば四人は変動破という現象の竜巻で本来の戦いを中断され、ミラーレへ飛ばされた。
そこでユアと出会い、本のボヤージュ・リーヴルを手にしていなければ、異世界を巡ることも無かったし、イマストVの延長とも言える旅に出ることもなかったかもしれない。
そして、これまでフィトラグスとディンフルは犬猿の仲だったが、互いに助け合うまで距離を縮められていた。それだけでも大きな収穫だった。
「助けなきゃしょうがないだろ! ディンフルに死なれたら、異次元に飛ばされた人たちが戻って来ないんだから!」
フィトラグスが焦りながら否定する。照れ隠しにも見えた。
オプダットは次にユアの話題を出した。
「でも、出会ったのが悪い奴じゃなくて、ユアで良かったな!」
「そうだね。僕たちのことも好きでいてくれるし、ドジだけど良い子だし」
「最初は”ディンフルのことが好き”って言うから、敵だと思って警戒したが……。出会って良かったかな。国への想いも理解してくれたし」
フィトラグスら三人は和やかな空気になっていた。
しかし、ディンフルは楽しそうにする彼らへ冷たく忠告した。
「あまり信用しない方がいいぞ」
さっと表情を変え、相手を不思議そうに見つめる三人。
「何でだよ?」
フィトラグスがそう聞いたところで……。
「お待たせ~!」
ユアが洞窟の中から走って出て来た。
火の力が戻ったサラマンデルが洞窟内の温度を上げたため、外に出れば少しは涼しくなると思っていたが、同じく熱気に包まれていた。
「外も熱いじゃん!」
ユアが合流したところで五人は準備万端だ。
次の世界へ飛ぶ前に、借りていたポンチョを老婆へ返しに向かった。
◇
雪が解けて景色が変わったので老婆の家へ戻るのに時間が掛かった。
再び彼女に出迎えられると、ユアが代表でお礼を言いながらポンチョを返した。
「こちらこそ、サラマンデル様を救ってくれてありがとう。何かお礼をしないとね」
「いえ、お構いなく」
老婆は小さな箪笥の引き出しから、小さなスーパーボールサイズのまん丸な赤紫色の石を持って来た。
それを見た瞬間、ユアの全身が強張った。
「それは?!」
ディンフルとティミレッジの顔も引きつった。
老婆は手前にいたユアに石を差し出した。
「良かったら、もらってくれる? 主人から遠征のお土産でもらったんだけど、この部屋に合わないのよ」
「そういうことだったらいいっすよ!」
オプダットがユアの前に出て、代わりに受け取ろうとすると……。
「ならぬ!!」
突然ディンフルが怒鳴った。
「な、何だよ? せっかくおばあさんがくれるって言ってるのに」
「僕も、もらわない方がいいと思う……」
フィトラグスが言うと、ティミレッジも怯えながら拒否した。
「何か知ってるのか?」
オプダットが聞くとフィトラグスも興味津々で、ティミレッジらの顔を覗き込んだ。
「お前たちは知らぬのか……?」
ディンフルは信じられないような目で二人を見ると声を落として説明し始めた。
「魔封玉と言って、どんな魔法も封じてしまうとんでもない石だ」
彼の説明に二人は動揺した。
「魔法を封じるって……? 二人が知ってるってことは、フィーヴェにもあったのか?」
「一応あるけど、現在は魔導士しか持ってないよ。“魔法を使えない人が持つと危ないから”って」
フィトラグスの疑問に今度はティミレッジが沈んだ声で答えた。
「我らディファートにとっても忌々しい。人間がそれで魔力を封じ、ディファートを襲撃した事件もあった。魔法が使えなくなると、封じられた側は圧倒的に不利だろう?」
話を聞き、老婆は魔封玉を急いで引っ込めた。
「そんな石だったの? ごめんなさいね。そうとは知らずに勧めてしまって……」
「構わぬ。そちらも知らなかったのだろう?」
「しっかりと覚えておくわ。でも魔法を封じる物なら、サラマンデル様の体調が悪くなったのって……?」
老婆はだんだん寒気がして来た。
自分が魔法を封じるアイテムを持っていたがために、精霊が不調になったと思い始めたのだ。
「それは関係ないです。魔封玉は持っている人が“魔法を封じて”と願わない限り、力を発揮しません。おばあさんは、それが何なのかわからなかったんですよね? だったら効果は出ていないので大丈夫です。それとサラマンデル様はとっても元気になりましたから!」
ティミレッジが老婆を慰めるように言った。
「じゃあこれ、持ち主が一回願ったら、ず~っと魔法を封印し続けるのか?」
「それはない。どの魔封玉にも期限はあり、少しずつ力を失っていく。最後は物理的に魔法を封じる石となる」
オプダットの質問にディンフルが答えると、今度はフィトラグスが疑問を抱いた。
「二つ聞きたいんだが……? まず、“どの魔封玉も”ってことは?」
「ニ種類ある。広範囲か狭範囲かである。それは赤紫だから、狭範囲の魔法が封じられる」
「建物一個分の中しか効果がないタイプだね。広範囲だと世界単位で封じるから、かなり厄介だよ」
ディンフルとティミレッジの説明を聞いたフィトラグスらは「魔法メインじゃなくて良かった……」と心から思った。
「なら、”物理的に封じる”って言うのは?」
「これは説明が難しいのだが、わずかな力しか無くなった魔封玉を、魔法を使う敵にぶつけるとその者の魔力を確実に封じられる。例えば……その昔、フィーヴェを恐怖に陥れたと言われる“超龍”がいただろう?」
「千年ほど前、凄腕の魔導士たちが命を懸けて封印した、あの超龍ですね?」
「超龍は膨大な魔力を持ち、多彩な魔法を使うことで知られている。白魔法の補助でも効かぬと言われたそいつの口に入れると、確実に魔法を封じられるかもしれぬ」
白魔法の補助というのは仲間の攻撃力や防御力を上げたりするものだが、敵相手には逆に攻撃力や防御力を下げて弱体化させるものだ。
だが、超龍というモンスターにはそれらが効かないらしい。
「”かもしれない”? 実験しなかったのか?」
「残念だけど、魔封玉は超龍が封印された後に作られたんだ」
フィトラグスら四人は今度は「超龍」という存在を中心に会話が白熱した。
いつもならイマストの要素に飛びつくはずのユアは参加できずにいた。
「ユア? 元気ないけど大丈夫か?」
見かねたオプダットが声を掛けた。
「う、うん。ちょっと疲れちゃったみたい……」
「寒暖差がすごいからね。次の世界が安全なら、少し休憩しよっか」
ティミレッジの提案に老婆が「良かったら家で……」と気を遣ってくれたが、「急いでいるゆえ、申し訳ない」とディンフルが代表で断り、魔封玉については捨てるように忠告した。
五人は改めて老婆に礼を言い、家を出た。