第40話「サラマンデル」
しばらく歩くと洞窟に着いた。この中にサラマンデルがいるはずだ。
中に入ると雪に降られなくて済んだが、寒さは外とほぼ同じだった。
真っ暗だったのでティミレッジがランタンを出してくれた。洞窟内が照らされ、ゴツゴツとした岩肌がよく見えた。
「こういうところって絶対にモンスター出るよね? ゴブリン系かな?」
ユアはゲームをして来ただけあって出て来そうなモンスターを予想した。わくわくしているようにも怯えているようにも見えた。
「ゴブリン系だろうが何であろうと、倒せばよかろう」
ディンフルが余裕で言った途端、オプダットが大きなくしゃみをした。
「大丈夫?!」
「あ、ああ……」
心配するユアへ本人は笑って返事をする。だが、無理しているのがすぐにわかった。
オプダットのみ袖無しの服だったので、老婆から借りた防炎のポンチョを着ても凍えていた。
いくら体を鍛えている武闘家でも限度がある。
フィトラグスとティミレッジも彼を気遣った。
「お前だけ残った方が良かったんじゃないか?」
「そうだよね。一番薄着だし」
「だ、大丈夫だ! 武闘家だし、気合いで何とかする!」
オプダットが力強く答えると、ディンフルはマントを外して彼に手渡した。
「羽織れ」
たった一言と渡すだけの行為に四人に激震が走った。
彼らの反応にディンフルは違和感を覚えた。
「何だ……?」
「ディンフルが……敵を思いやってる……?」
フィトラグスの顔から血の気が引いていた。
「優しさではない! この寒い中、袖無しの奴を見るとこちらまで寒気がして来るのだ!」
「ありがとな、ディンフル! でも羽織とかがあると、敵が出た時に動きにくくなるんだ。だから気持ちだけ受け取っておくぜ!」
「それまで羽織っておけ! お前は子供の時に病気をしていただろう? 冷えは万病のもとだ!」
「病気なら、もう乗り過ごしたって!」
「それを言うなら、“乗り越えた”ね!」
言い間違うオプダットにティミレッジが訂正した。
ユアはディンフルの優しさにときめき、フィトラグスはより顔色が悪くなっていた。
「信じられない。こっちが寒気してきたぞ……」
「何で?!」
フィトラグスが体調不良を訴えた後でユアがつっこんだ。
「やっかましーーーーーい!!」
奥から年老いた男性の声が響く。
五人の騒ぎ声に腹を立てているようだ。
おそらく、サラマンデルだろうと思い歩みを進めると、洞窟の突き当たりに赤いトカゲを見つけた。大きさは二メートルほどはあった。
「もしかして、人を襲う大型トカゲ?!」
ユアは一目見るなり怖気づいた。
彼女が住んでいる世界では怖い動物として知られていた。
「失礼な! わしはトカゲではないし人も襲わんぞ!」
大型トカゲは人間の言葉で言い返した。
口調は老人のようで、響いて来た声はやはり彼のものだった。
「まったく! 人……じゃなくてトカゲ……いや、精霊を見た目で判断するでない!」
「精霊? あなたがサラマンデル様ですね?!」
今さっき「トカゲではない」と言ったにもかかわらず一瞬だけ認めたことにはつっこまず、ティミレッジが尋ねると相手は威張って答えた。
「いかにも、わしが火の精霊・サラマンデルじゃ。見たところおぬしら、異世界の者じゃな?」
「この炎界を救うついでに、あんたの見舞いに来た」
フィトラグスが説明すると、サラマンデルは眉間にしわを寄せた。
自分の見舞いを「ついで」と言われて不満らしい。
「で? じいさんはどこが悪いんだ?」
「”じいさん”と呼ぶな! わしは年寄り扱いされるのが嫌いなんじゃ!」
オプダットの呼び方にサラマンデルは怒り出した。
「言葉遣い、じいさんじゃん」とつぶやくフィトラグスにティミレッジが人差し指を立てながら黙らせる。
「“竜巻が起きて以来、体調を崩している”と聞いたのだ」
今度はディンフルがサラマンデルに歩み寄った。
「うむ。竜巻の後、炎界に雪男が現れてのう。そいつが吹雪を起こしたせいで、思うように動けなくなった」
「雪男?」
「竜巻によって現れたのじゃ。そしてわしは、火の精霊ゆえに冷気に弱い。火が衰えるほどの温度になると体を壊すのじゃ」
「その雪男をどうにかすれば、そちらの体調も治り、炎界も元に戻るのだな?」
「その通り! 頼む。人間たちとディファートよ!」
まだ自己紹介をしていないのに、精霊はもうディンフルがディファートだとわかっていた。
「さすがは精霊。私の種族を見抜いていたか」
「伊達に長年生きておらんわい!」
鼻高々で言うサラマンデルをフィトラグスが「やっぱり、じいさんじゃん」とからかった。
「じいさん言うな! それにな、ディファートにはある特徴があるんじゃ!」
「特徴?」
「目じゃ! 普通の人間は目の中が丸いじゃろ? ディファートは細長なんじゃ!」
「目の中? 瞳孔のことですか?」
ティミレッジが言い換えると、ユアたちはディンフルの目を見つめ始めた。
「一斉に見るな……」
彼は嫌そうにするが、しばらく顔を背けないでいてくれた。
確かにディンフルの瞳孔は猫のように細長い形をしていた。
「本当だ。気付かなかった!」
形を確認すると四人はディンフルから離れた。
「長生きならば、今回起きた竜巻について何か知っているか? 住んでいた世界でも起き、我々は別世界へ飛ばされた。他の世界でも竜巻が原因で困っているところもあった」
ディンフルが再度質問をするとフィトラグス、ティミレッジ、オプダット、そしてユアも興味津々でサラマンデルを見た。
竜巻については五人全員が知りたいことだった。
「精霊以外で知っている者は少ないから、教えてやろう。あの竜巻はこちらの世界でたびたび起こる“変動破”というものじゃ」
「へんどーは?」
ユアが、今出た名前を復唱した。
サラマンデルは続けて、男性陣四人に話を振った。
「お前さんたちは最近現れた世界の出身じゃな?」
「“最近現れた”? 前から居たんだが?」
「お前さんたちの中ではずっと存在はしていたが、“アンリアル”に現れたのは最近と言う意味じゃ」
先ほどの変動破に続き、新しい言葉が出て来た。
「アンリアルって何だ?」
「お前さんたちが住む世界じゃ」
「俺らが住む世界はフィーヴェだが?」
オプダットが疑問に思っていると、次にサラマンデルはユアへ話を振り始めた。
「少女ならわかるはずじゃ。彼らの戦いがそちらの世界で触れられるようになったのは、最近だったな?」
「は、はいっ!」
ユアは、もっとも興味がある内容だったので自信たっぷりに返事をした。
「話が早い。アンリアルはこの少女の世界で創造された世界で構築された異世界なのじゃ」
「ユアの世界で創られた世界」という説明を彼女が詳しく付け足した。
「つまり、私の世界で創られたゲームやアニメ、マンガなどの創作作品で出来た世界の集合体ってことですか?」
「その通り。彼らが住む“フィーヴェ”という世界は、アンリアルの一部なのじゃ」
ユアは理解出来たが、他の四人はまだピンと来ていなかった。
そんな彼らにさらにユアが助言した。
「イマストはみんなの作品で五作目なの。一から四がすでに出てるんだけど、アンリアルの中には五作目のフィーヴェだけじゃなくて、一から四の世界もどこかにあるってことだよ。もちろん、イマスト以外の創作作品の世界も存在してるの。こういうことですよね、サラマンデル様?」
「そう! 少女の住む“リアリティア”で創られた創作世界が反映されているのが、アンリアルってことじゃ!」
また新しい言葉が出て来た。
そして、今のサラマンデルの言葉をティミレッジは聞き逃さなかった。
「“少女の住む”って、リアリティアってユアちゃんが住んでる世界なんですか?」
「その通り!」
「普通に言ってますけど、何でわかったんですか……?」
言い当てられたユアの表情はこわばっていた。
「わしは炎の力で炎界だけでなく外の世界まで熟知しておる。最近現れた世界からわしが生まれるはるか前から存在していた世界まで全てをな」
「なら、ミラーレや菓子界、水界とかもアンリアル……、つまり、リアリティアで創られた世界と言うことか?」
ディンフルが聞くとサラマンデルは首を横に振った。
「それらはまた違う世界じゃが、今は説明せん。たぶん、今のお前さんらは“変動破”や“アンリアル”、“リアリティア”と三つの言葉で頭がこんがらがっとるはず。他にも異世界関係の言葉があるが、今はこの三つさえ押さえておけば良い」
サラマンデルは話し続けた。
「そして最初に言ったきりじゃが、“変動破”と言うのはランダムに起きる異常気象じゃ。今回は竜巻が多かったが時には大地震、火山の大噴火など様々じゃ。いずれも世界全体を揺るがすほどのレベルで、場合によっては死者が出る。これにより各世界の者が行くはずのない異世界へ飛ばされることもある。例えば水界の者が炎界に、ミラーレの者が菓子界に……と言った感じでな」
「てことは、ユアも変動破の竜巻でミラーレに?」
解説を聞いて「リアリティアのユアがこちらへ来たのも変動破のせいでは?」とオプダットは思った。
しかし、意外な答えが返って来た。
「それがの……リアリティアの者が来ることは頻繁にはない。何故なら、リアリティアとアンリアルの間には扉があり、それの番人が管理しておるからじゃ。普段扉が開いていても、滅多に行き来は出来んはずじゃが……」
ユアが住む世界「リアリティア」
そのリアリティアで創作された作品世界の集合体が「アンリアル」
アンリアルでたびたび起こる異常現象を「変動破」
重要事項だと思ったティミレッジは小さいノートを出して、必死にメモを取った。
「何でユアはこっちへ来れてるんだ?」
フィトラグスも疑問に思うと、サラマンデルが頭をひねりながら説明し始めた。
「リアリティアでは最近、変動破は起きていないはずじゃ? あちらで起きるとすれば、十数年に一度のはず……?」
皆がユアに注目する。
だが、彼女はうつむいていた。
何かを隠すために躊躇しているように見えた。