第34話「ピラミッド 前編」
ディンフルらはピラミッドに到着した。
入口の扉は固く閉ざされており、フィトラグスが取っ手を持って引いてみるが、びくともしない。
次は押してみたが、やはり開かなかった。
「よし! 俺の出番!」
フィトラグスがどくと、武闘家のオプダットが前に出た。
同様に取っ手を持って押したり引いたりして開けようとするが、扉は動かなかった。
「けっこう重いぞ……」
「鍵が掛かっているかもしれないな」
「それはない。説明書を一読したが、このピラミッドは常に開放しているらしく、鍵もないそうだ」
ディンフルが説明書を持ったまま言った。
開放されているはずの扉が閉まっている……、やはり、アンディーンとケンカしたカエルの仕業なのだろうか。
「どうすりゃいいんだよ~?!」
オプダットがやけになって取っ手を持ったまま動かすと扉はスライドし、両方向に開いた。
「まさかのスライド式かよ?!」
三人はあっけに取られた。
驚かされはしたが、扉は開き内部へ入れるようになった。
入ろうとしたその時……。
「どけーーー!」
乱暴な声が近づいて来る。
そちらへ向くと、ボヤージュ・リーヴルを盗んだカエルが死に物狂いで跳んで来た。
「お前!? 本を返せ!!」
オプダットが捕まえようとするが、カエルは軽い身のこなしでかわし、ピラミッド内へ入って行ってしまった。
「はえ~……」
「おーーーい!!」
オプダットがダウンしたところで、また後ろから声がした。
今度はティミレッジとユアが走ってやって来た。
二人を見たフィトラグスとディンフルは驚いて声を上げた。
「お前たち?!」
「何故、ここに?!」
「あのカエル、町にも現れたんだよ! 今度はクレイスを盗みに来た!」ユアが説明した。
「あいつ、やっぱり魔法の力があるものを狙ってるみたい……」ティミレッジが付け足すが、息が切れで声が上手く出せなかった。
「事情はわかったが、何故来た? カエルが鍵を狙っていることと、ここへ来るのは別の話だろう?」
「あいつが魔法で移動する時に、くっついて行ったんです。ユアちゃんのリュックを離さなかったので……」
「それで、クレイスは無事なのか?」
「うん。守り抜いた!」
フィトラグスの質問に、ユアはクレイスを出して答えた。
「しまっておけ。むやみに出すから、隙をついて狙われるのだ。そうでなくとも、リーヴルを取られたと言うのに」
「ごめんなさい……」
ディンフルが不機嫌に言うと、ユアは罪悪感を持って謝った。
「まあまあ! これから取り返せばいいじゃねぇか! それに寄り道も悪くないと思うぞ!」
ダウンしていたオプダットが起き上がりながら言った。
「そうだな。早く行って取り返して、次へ行くぞ」
フィトラグスが同調するが、ここで新たな問題が生まれた。
「ユアたちはどうするんだ?」
「元々、町に置いて行くはずだった。連れて行けぬ」
「ですよね……。じゃあ僕たち、町へ戻っています」
「我々は町から歩いて来たが、二十分は掛かったぞ」
「二十分?!」
ユアとティミレッジは町で待つつもりで水分を持って来ていなかった。そんな状況で二十分も暑い中を歩かせるのは危険だった。
だからと言って中にも連れて行けず、外で待たせても暑いので、ピラミッド内部の入口で待っててもらうことになった。
オプダットが「すぐ戻るぜ!」と元気よく言うと、フィトラグス、ディンフルと共にピラミッドの奥へ進んで行った。
◇
「“残れ”って言われても、何したらいいんだろ?」
ユアが困ったようにつぶやいた。
「短時間だけ外に出て、外観を眺めるとか? フィーヴェにもピラミッドはあるけど、異世界にもあるなんて思わなかった。せっかくだし、比較してみるよ!」
「ピラミッドって架空の世界にもあるんだね」
「ユアちゃんの世界にもあるの?」
「うん。砂漠にある建物ってとこは、どこの世界も共通だね。ここは本来、砂漠じゃないけど……」
「ずっと思ってたんだけど、ユアちゃんの世界ってどんなところ?」
住んでいた世界のことを聞かれ、ユアは少し表情を強張らせた。
「僕たちの戦いが物語として娯楽になっているのが、気になってたんだ。世界の雰囲気はフィーヴェと一緒? あ、行ったことないからわからないか」
「フィーヴェとは、だいぶ違うかな……」
説明するユアはどこか乗り気ではない。
しかしティミレッジは彼女の世界にも興味津々で、知りたいことがたくさんあるようだった。話さなければいけない空気になりつつあった。
その時、彼の背後の砂が突然もぞもぞと盛り上がり、一瞬で小さい山が出来上がった。
「な、何……?」目にしたユアの顔が青ざめた。
異変に気付いたティミレッジも後ろへ振り返ると、砂の中からサソリ……それも、一メートルとかなり巨大なものが現れ、こちらへ向かって来た。
◇
ピラミッド内部は複雑な迷路などはなく一本道で、罠のようなものもなく簡単に奥へと進めた。
「何だ。立派な建物だから何かあると思ってたが、大したこと無いな」
「簡単なところだからこそ、思いもよらぬ仕掛けが待っているのだ。油断はするな」
「何でラスボスに言われなきゃなんねーんだよ……」
拍子抜けしていたフィトラグスは、ディンフルからの警告に腹を立てた。
「まあまあ! ピラミッドの造りは置いといて、俺らの目的はカエルだろ? そいつを目指そうぜ!」
オプダットが諫めたお陰で、フィトラグスは「そうだな」と意識がカエルへ向いた。もしオプダットがいなければ、この探索はどうなっていたことか……。
そもそもディンフルと二人きりなら、フィトラグスが行かなかっただろう。
三人は広い石造りの部屋に出た。
ただっ広い空間の中央に上へ続く細い階段があり、頂上には祭壇のようなものが見える。
「カエルはいるか?」
フィトラグスが注意深く見回すと、後ろから男女の悲鳴が徐々に近づいて来た。
「もしや……?」
嫌な予感がするディンフル。
振り向くと、ユアとティミレッジが悲鳴を上げて走って来た。
「いや、何で?!」
オプダットは叫び、フィトラグスとディンフルも驚愕した。
二人はフィトラグスたちの前で止まって呼吸を整えた。
「何故来た?! 外で待つように言っただろう!!」
「中は危険かもしれないんだぞ!」
ディンフルとフィトラグスが怒鳴りつけた。
「外の方が危ないよ!」
ユアが息を切らせて言うと、その後ろから先ほどの巨大サソリが迫って来た。
五人は度肝を抜いた。
「な、何だよ、この大きさは?!」
「いきなり砂から出て来たの~!」
「確かに危険だ!」
フィトラグスはすぐに剣を抜き、必殺技を繰り出した。
「ルークス・ツォルン!!」
剣の衝撃波と同時に発せられた光がサソリに直撃した。
サソリの体から黒いモヤが発生し、完全に抜けきってしまうと小さな姿になり、入口へ向かって逃げて行った。
「どういうこと……?」
「おそらく、悪い力で巨大化した上に狂暴になってたんだよ。フィーヴェでもよくあったし」
ユアが不思議がると、ティミレッジが説明してくれた。元々は普通のサソリだったようだ。
フィトラグスは剣をしまいながら言った。
「やっぱり連れて行こう。俺らがいない間に何かあると危険だ」
こうして、ユアとティミレッジも行くことになった。
どっちみち奥まで来たのだから、「出て行け」とも言いにくかった。
「オープン、大丈夫?」
ユアがオプダットを心配した。
彼は珍しくガタガタと震えていた。いつもの明るい様子を見慣れていたので、他の四人も仰天した。
「どうしたの?!」
ティミレッジも慌てて声を掛けると、オプダットは戦慄しながら答えた。
「あ、あんな、でっかいサソリ、初めて見たから……」
「サソリ、ダメなのか?」
「いや、虫全般……」
四人が再び驚きの声を上げた。
「逆に、いけると思ったか?!」
「思った」
彼らの反応を見たオプダットが焦りと怒りを交えて聞くと、四人は一斉に答えた。
「一番、虫と戯れられそうだ」
「趣味が昆虫採集っぽい」
「フレンドリーだから、虫とも友達になれそう」
「家で大きいクモとか飼ってると思った」
ディンフル、フィトラグス、ティミレッジ、ユアの順に理由を述べた。
オプダットは「んなわけねぇだろ!」と初めてパーティへ怒声を上げた。よく見ると、腕にも鳥肌が立っている。本当に虫が嫌いらしい。
「うるせぇ!!」
階段の上から乱暴な声が聞こえた。カエルが階段の上から、苦虫を噛み潰したような顔を覗かせていた。
フィトラグスが進み出て叫んだ。
「クリスタルの本を返してもらうぞ!」
「やなこった!」
カエルは二本足で立つと、万歳のように上げた両手から水色の光を出した。
すると五人の前に、剣を持ち鎧を着た石像が二体立ちはだかった。
「行け! そいつらを倒してしまえ!」
カエルの命令で、石像二体が動き出す。
ユアとティミレッジは後ろへ下がり、フィトラグス、オプダット、ディンフルが石像に立ち向かって行った。