第33話「枯れた水の世界」
砂漠を二十分ほど歩くと、町にたどり着いた。
日はすっかり昇っており、五人は疲れきっていた。
「暑い中、ご苦労だったね」
町民である中年男性が、コップに入れた水を人数分持って来てくれた。
暑い中での疲れが吹き飛び、ユアたちはリフレッシュ出来た。
「生き返った~!」
「ありがとうございます!」
「おかわりもあるよ。いくらでも飲んでくれ」
オプダットが感動し、ユアが礼を言うと、町民は親切に言ってくれた。
しかし、ここは砂漠の真ん中。
贅沢に水は使えないはずなので、おかわりをしづらかった。ティミレッジが代表して断った。
「この町も、水が必要でしょう? 砂漠の中にありますから」
「それなら大丈夫。この町は……と言うより、この世界は飲む分の水なら余っているからさ」
「水が余っている? 砂漠なのにか?」
ディンフルはいち早く矛盾を感じた。
「君たち、格好からして異世界から来ただろう? 信じられないかもしれないが、ここは水で潤う水界って世界だよ」
フィーヴェでないことが確定した。
「“砂ばかりでカラカラじゃん”って思ってるだろう? 本当はこんな世界じゃないんだよ」
菓子界でも本来は出ないはずのモンスターが出たので、水界でも何か起こっていると五人は睨んだ。
「私が説明いたします」
町民の後ろから声がした。
やって来たのは、艶々とした青い髪を片方だけ束ねて下げ、水色のマーメイドドレスを着た女性だった。
「こんな町中でドレス……?」と思う五人。すぐにティミレッジがあることに気が付いた。
「もしかして、精霊ですか?」
「そうです。この水界を守る水の精霊・アンディーンと申します」
「君、アンディーン様が精霊だって、よくわかったね?」
「僕、白魔導士なので魔法に関することはわかるんです」
ティミレッジは自信たっぷりに答えた。
精霊からは魔法を扱える者のみが感じるオーラがあるので、ディンフルも気付いていた。
「水界が枯れているでしょう? すべて、私のせいなのです……」
悲し気にアンディーンが言った。
「アンディーン様は悪くありません。全部、カエルのせいではありませんか!」
「カエル」と聞いたユアたちは聞き耳を立てた。
「”カエル”って巨大な? 私たち、とっても大切なものを奪われたんです!」
「君たちもかい?! アンディーン様もなんだよ!」
町民は怒りから声を荒げた。
町で敬われている精霊からも何かを奪ったことから、カエルはここでも厄介者扱いを受けているようだ。
ところが、アンディーン本人はカエルを庇った。
「彼は悪くありません。私が相手の気持ちを考えず、大人げない対応をしたからです」
話が読めず、目を丸くするユアたちにアンディーンは語り始めた。
「あなたたちと遭遇したと思われるカエルは私の友人です。先日ケンカをしてしまい、彼は腹いせに私の力の源である“水晶”を奪って、ピラミッドへ逃げて行きました」
さらにアンディーンは、水界から潤いが消えているのは「水晶が奪われ、精霊の力が使えないから」だと説明してくれた。
ディンフルは「バカバカしい」とため息をついた。
「世界の危機が、単なるケンカから始まるとは……」
しかし何故、水晶を奪ったカエルがリーヴルまで盗んだのか疑問が晴れない。
どっちみち、目の前の精霊や町民は困っているので……。
「俺たちで取り返そうか?」
オプダットが提案した。
嫌な予感を感じたディンフルは、彼を睨みつけた。
「よろしいんですか?」
「ああ。俺たちも大事なもの、取られたからな」
困っている人を放っておけないフィトラグスが答えた。
さらに、ティミレッジとユアもすでに行く気でいた。
「その大事なものがないと、僕たちの旅も進みませんので」
「協力させて下さい!」
ディンフルは「またこれか……」と不服に思った。
だが、リーヴルがないと次の世界へ飛べないため、仕方なく行くことにした。「早めに終わらせて、次へ行こう」と思いながら。
町民は身を案じ、たくさんのアイテムが入った袋を渡してくれた。
中にはインスタントの食糧と水、方位磁石、ピラミッドに関する説明書、そして傷薬が入っていた。
傷薬は平らな円形の容器に入っていた。
町民に感謝をしたところで、行くメンバーに関する話し合いをした。
「ピラミッドは危険が多いと聞き、精霊の力を奪ったカエルもいる。そこで、ユアは連れて行かぬ。足手まといが目に見えている」
ディンフルの案に、本人も反対しなかった。
「うん。またドジして、足を引っ張るといけないからね」
「あの……、僕も残っていいですか?」
ティミレッジがおずおずと尋ねた。
「本当ならご一緒したいんですが、重荷になってしまいそうなので……」
ティミレッジはフィトラグスやオプダットと違って体力が少ないため、危険な仕掛けから走って逃げる自信がなかった。
それに今は頼みの白魔法も使えず、皆の足を引っ張るかもしれなかった。
◇
こうしてディンフル、フィトラグス、オプダットの三人は磁石を頼りに歩いて行った。
一刻も早く、水界に潤いを取り戻すためにも休憩は取らず、道中はインスタントの食糧を食べて腹ごしらえをし、熱中症を防ぐためにこまめに水も飲んだ。
オプダットと二人きりならともかく、優しいユアとティミレッジがいない代わりに因縁であるラスボスの同行に、フィトラグスはこれまで以上の抵抗があった。
道中で三人が会話を交わすことはほとんど無かった。
途中、オプダットが明るく話を振るがフィトラグスが一言返事をするだけで、それ以上は続かず。あとは言い間違いをディンフルが指摘するだけで、気まずい時間が流れた。
再び二十分ほど歩くと、ただっ広い中に三角形の建物が見えて来た。
◇
その頃、町に残ったユアとティミレッジはレストランで食事をしていた。異世界から来た人のために換金できるようになっていたため、お金に困ることも無かった。
朝はポーションバーだけで、まともな食事にありつけてお腹も心も満たされた。
食事を終えて店を出ると、ティミレッジが尋ねた。
「ユアちゃん、クレイスの方は大丈夫?」
ユアは再びリュックを降ろし、外ポケットを覗いた。
リーヴルとセットで使う鍵「ボヤージュ・クレイス」がきちんと入っていた。
「うん、大丈夫! これだけは奪われないようにしないと」
ファスナーを閉めて背負おうとすると、先ほどと同じつむじ風が発生した。
思わず目をつぶるが、カエルの仕業だとすぐにわかったユアはリュックを強く抱きしめた。
クレイスだけでなく、喉から手が出るほど欲しがった「イマジネーション・ストーリーV」のゲームソフトも入っていたからだ。
風が止むと、今度はリュックが引っ張られた。
目を開けて見ると、やはりさっきのカエルが手を使って引っ張っていた。
「離して!」
「いやなこった! おとなしくその鍵を渡せ!」
カエルはリーヴルに続いて、今度はクレイスを狙っていた。
ティミレッジもこちら側へリュックを引っ張り、ユアへ加勢した。
「どうして魔法の力があるものを狙うんだ?! 君、アンディーンさんの水晶も盗んだんだろ?」
アンディーンの名前を聞いた途端、カエルの表情が青ざめた。
「お、お前たちには関係ないだろ!」
カエルは一瞬ひるむも、諦めずにリュックを引っ張り続けた。
「何をしているのです?!」
両者がリュックを引っ張り合っていると、アンディーン本人がやって来た。
カエルは彼女を見た途端、口をあんぐり開けた。
相手が緩めたので、力いっぱい引っ張っていたユアとティミレッジは後ろへ倒れてしまい、同時にリュックから手を離してしまった。
「チャンス!」
カエルはリュックを持ち上げ、魔法を使った。
「待って!」アンディーンが叫ぶも、カエルは一瞬で姿を消してしまった。