第32話「奪われたリーヴル」
朝、目を覚ますとディンフルが皆に背を向け、あぐらをかいて座っていた。約束通り、戻って来たのだ。
ユアがかすかに音を立てたため、彼はこちらへ向いた。
「……お、おはよう」
「起きたか」
ユアはディンフルからマントを借りて寝たことを思い出し、急いで体を起こした。そして、彼の元へ行くと、整えたマントを差し出した。
「これ、ありがとう……」
ディンフルは「ああ」と軽く返事をして受け取ると、ジャケットの上にマントを羽織り始めた。
装備しながら、ユアへ話しかけた。
「昨日のことだが、何故ディファートとの共存を望む? お前はフィーヴェとは関係ないだろう」
「な、ないけど……」
「良かれと思ったのだろうが、むやみに庇おうとするな」
「何で? 差別するより仲良く暮らした方がいいと思ったけど、ダメなの?」
「以前も言ったが、庇った人間も同様の目に遭う。その光景を何度も目にして来た」
ユアは何も言えなくなった。人間同士のいじめでも、庇った者が次のターゲットになる。
そして実際に見て来た彼が言うのだから、なおさら説得力を感じた。
「私、わかるんだ。傷ついて来た人たちの気持ち。だから、放っておけなくて……」
「それは、故郷で絶望していたことと関係があるのか?」
ユアはまた黙ってしまった。
「……軽々しくする質問ではなかったな」
ディンフルが気を遣ったその時、オプダットの大きなくしゃみで静寂が打ち破られた。
今のでフィトラグスとティミレッジも目を覚まし、体を起こした。
「何だ、今の爆音は?」
「オープンのくしゃみだよ……」
皆が起きてしまい、ユアたちの話は中断となった。
「何だ、こりゃあ?!」
くしゃみの次は絶叫が聞こえた。
「騒がしいな」と思いつつオプダットを見ると、視界に周囲の景色も映った。
「こ、ここって、まさか……?」
ユア、ティミレッジ、そしてフィトラグスも言葉を失った。
何故なら、五人がいた場所は広大な砂漠の上だったからだ。
「もう少し、日が昇ると暑くなる。早めに切り上げるぞ」
すでにこの光景を知っていたディンフルは冷静だった。
「昨日は暗くなってから着いたし、日が沈んで気温も下がってたから気付かなかったんだね。ディンフルさんは特に熱中症に注意ですね」
「人のことを言えるのか? そちらも暑そうなローブだろう」
ティミレッジは、ジャケットにマントという夏向きでない格好のディンフルを心配するが、自分もフード付きの丈が長いローブなので、砂漠には不向きだった。
その次に暑そうなのはフィトラグス。鎧の下は熱を吸収しやすい黒色の上下で、上はタートルネックだった。
唯一袖無しを着ているオプダットだが、さすがに砂漠は苦手だった。
「この砂漠、どれぐらい続いてるんだ? 日が昇り切る前に出たいぜ~」
「少し歩けば町がある」
一行はディンフルが教えてくれたその町を目指すことになった。
しかし、肝心なのは……。
「ここ、フィーヴェなのか?」
フィトラグスが尋ねるも、ディンフルは言葉を詰まらせた。
「それはわからぬ。歩いて行ける範囲は限られているし、フィーヴェにもこのような砂漠は存在していたからな」
「確かにありました。砂漠があるからって、フィーヴェだと判断出来かねますよね。砂漠の砂って似たような感じだし……」
「ひとまず歩いてみるか! 近くの町がフィーヴェに無いとこだったら、本を使って飛ぶってことで!」
皆、オプダットの意見に賛成した。
ディンフルいわく砂漠はまだ続くので、空腹で歩かなければならなかった。
「腹減らしたまま歩くのか……。町までもつかな?」
フィトラグスが心配したところで、ティミレッジが持っていた袋から小型のバー状の食品を取り出した。
「これならあるよ」
「おぉ?! ミラーレで準備したのか? 気が利くなぁ!」
「違うよ。フィーヴェにいた時のをそのまま持っていたんだ」
「それしか無いのか?」
「他にもあったけど、竜巻の時にほとんど落としちゃって……。これしか無いよ」
ティミレッジが持っていたのは、ユアの世界でも見かける栄養補給用のバー四本。
ユアはそのアイテムがすぐにわかった。
「もしかして、“ポーションバー”じゃない? ゲームで見たことあるよ!」
「それ、初期のアイテムだし、体力は回復しても腹は満たされないんだよな……」
「文句があるなら飢え死にするしかない」
「“食べない”とは言ってないだろ!」
不満を垂れるフィトラグスは、ディンフルの意見に反論した。
「まあまあ、フィット。それより、四本しかないよ?」
パーティは五人。明らかに足りなかった。
ティミレッジが唸ると、ユアが提案した。
「私はいいよ。みんなで食べて」
四人は目を丸くして、彼女を見た。
「だって、モンスターが出たらみんな戦うでしょ? 私は戦えないし隠れるだけになるだろうから、たくさん動くみんなが食べた方がいいと思うんだ」
説明している間にディンフルはティミレッジの手からバーを一本取ると半分に割り、「ほら」と短く言うとユアに渡した。
「戦えなくとも走って逃げてもらう。特にお前は、腹を空かせるとぶっ倒れるだろう? そうなると、却って困る。……それに人間が作った物だ。私が食べるには少ない方がいい」
ディンフルはユアにバーの半分を渡すと、もう半分を食べ始めた。
「あ、ありがとう……」
ユアは驚きながらも、ディンフルが割ってくれたバーを受け取った。
残ったのは、三本。これで人数分に行き渡った。
「やっぱり優しいな!」
オプダットが嬉しそうに言うが、ディンフルは眉間にしわを寄せた。
バーは小さいので、すぐに食べ終わった。
五人は町へ向かって歩き始めるが、日は少しずつ上昇していた。
「これから暑くなるぞ。急ごう」
フィトラグスが指示を出す中、ユアがリュックを地面に降ろしていた。
ディンフルが「何をしている?」と聞く。
「ポーションバーの紙を入れるんだ。ゲームの中のアイテムって、私の世界じゃ売ってないし」
記念にバーの包み紙を持って帰るようだ。
ユアがリュックの口を開けながら包み紙をキレイに畳んでいると、小さいつむじ風が起きて砂を巻き込みながら五人を襲った。
風が止むと全員、体についた砂を払い落とした。
「ビックリした……」「何なんだよ?」と、迷惑そうに言う中……。
「あぁっ!!」
ユアが絶叫した。
「どうしたの?」
「本が無くなってる!」
本こと「ボヤージュ・リーヴル」はユアのリュックに入れていた。
言うとおりリーヴルが無くなり、リュックに広い空間が出来ていた。
「包み紙を入れる際に、出したのではないか?」
「今は使わないから、そのまま入れてたよ」
ユアがディンフルに答えると、今度はオプダットが叫んだ。
「あれ、リーヴルじゃないか?!」
彼が指す先にはリーヴルを持った一匹のカエルがいた。体長は三十センチ程とかなり大きく、両手で本を持っている姿からして、普通のカエルではなかった。
彼はこちらと目が合うと、高く跳ねながら逃げて行った。
「待て!!」
フィトラグス、オプダット、ディンフルが一斉に追い掛ける。
しかし砂の上では足が沈み、上手く走れない。
日はだんだん昇り、気温も上がっていた。これ以上走るのは体調的に危険と判断し、今は町を目指すことだけに集中した。
普通のカエルではないので、町に着いたら何か情報も得られるかもしれなかった。
ユアはリュックを開けていた自分を責めていた。
「ごめんなさい。リュックを開けっぱなしにしたばかりに……」
「ユアちゃんのせいじゃないよ。あんな生き物がいるなんて、誰も想定出来なかったんだから」
「そうそう! ましてや、本を盗まれるとは思わねぇし、対策もしようがないだろ!」
優しいティミレッジとオプダットがユアを庇った。
「町の人も知ってるかもしれないしな。暑い中進むなら、一旦休んでリフレッシュした方がいいだろう」
フィトラグスもフォローをしてくれた。
昨日から怒ることが多く、そこまで満たされていない腹に、徐々に上がって行く気温もあってまた怒られると身構えていたユアだが、彼の優しい反応に驚いた。
「昨日は鍵で、今日は本か……。他の者が持っていた方が良さそうだな」
ディンフルだけは無愛想。
そして、ユアが想像していた不機嫌なフィトラグス以上に機嫌を損ねていた。
五人はそのまま暑い砂漠を歩き続けた。