第30話「初めての虹印」
モンスターはいなくなり、岩の上に閉じ込められていたキャンディーナも無事救出された。
迎えに行ったキャンディアンに、牢から出た彼女は真っ先に「ありがとう……」と言った。
恥ずかしいのか、小声で俯きがちだった。
◇
町まで帰ると、すぐに城で祝勝会が執り行われた。
出された食事はもちろんお菓子で、主にユアたち五人に振る舞われた。
「戦いの後だから、身に沁みるな」
フィトラグスはケーキを食べながら感動した。もちろん、チョコ以外の味を選んでいた。
「フィット。あれだけの長ゼリフ、よく覚えられたな?」
「長ゼリフって、台本読んだんじゃないんだが……」
オプダットもドーナツを頬張りながら言うが、フィトラグスに呆れられてしまう。
「リアルで経験したから、自然に出て来たのだろう」
「その経験をさせたのは、あんただけどな」
ディンフルはガトーショコラを食べており、フィトラグスが相手の言葉につっこんだ。
「だけどフィット。必殺技、使えたんだね?」
ティミレッジはシュークリームを美味しそうに食べていた。
「ああ。必殺技は魔法と違うからな」
「キャンディーナ姫に怒った後で使ったから、より、さまになってたよ!」
「それはどうも。あの人を見ていると、昔の自分を思い出してな……」
ユアに褒められ、フィトラグスは少し照れくさそうにした。
彼女はエクレアを食べた後で、プリンが入った器を小さく振った。皿の上のプリンがプルプルと動いた。
「何をしている?」
なかなか食べようとしないので、ディンフルが尋ねた。
ユアはプリンをスプーンですくい、口に入れた。すると……。
「おいしいよ~! やっぱり、お菓子の世界のプリンは違う~」!
「ど、どうしたの、急に?!」
ユアはプリンの美味しさに感動し、思わず涙を流してしまった。
何事かと思い、ティミレッジが焦った。
「ユアって、プリンが好きなのか?」
オプダットがディンフルに振るが、「私に聞くな!」と怒られてしまった。
昨日のディンフルのピーマンとフィトラグスのチョコの例もあり、ユアはプリンが大好きだと判明した。
ディンフルたち曰く、一番わかりやすかったようだ。
◇
食後、五人はキャンディーナの父である菓子王に、王の間へ呼ばれた。
「本当にありがとうございます。娘は救われ、我々も国民もたいへん喜んでおります。娘も、“面白い話を聞かせてくれてありがとう”と礼を申しておりました。何のことだかわかりませんが」
「面白い話」と言うのは、フィトラグスがしていたものだろう。
菓子王は「こちらを受け取って下さい」と、ピンク一色で描かれたケーキのイラストの手のひらサイズのシールを手渡した。フィトラグスが代表で受け取った。
まさかのプレゼントに、彼は唖然とした。
「シール……?」
「ご存じありませんかな? そちらは”虹の印”と書いて、”虹印”と言います。菓子界以外にも色んな世界があるのですが、場所によって様々な色の印が存在するのです。“虹印帳”と言う虹印専用のノートを持っていれば、そちらに貼るといいです。せっかくなので、一冊差し上げましょう」
菓子王は続いて、虹印帳をフィトラグスへ渡した。
手帳サイズのノートで、彼はすぐに最初のページにケーキの虹印を貼り付けた。
「すごい。何だか、御朱印帳みたい!」
ユアが神社や寺の御朱印を思い出して言うが、他の四人はきょとんとし、菓子王ですら首を傾げた。
「こっちには無いんだね……」
わたがしやべっこう飴も知られていなかったので、当然、御朱印も異世界では未知だった。
「それより、これ集めると何かあるのか? 例えば、願いが叶うとか?」
オプダットが聞くと、菓子王が答えた。
「虹印の一つ一つに魔力が秘められています。人によっては、相応の願いを叶えてもらえるでしょう」
虹印は五人全員、初めて聞くものだった。ユアも色んな空想作品に触れて来たが、初耳だった。
「願いを叶えてくれる」とのことなので皆、関心を持ち始めた。
「願いって、フィーヴェに帰れるのかな?」
「そして、ディンフルに飛ばされた故郷や家族を戻してくれるのか?」
ティミレッジとフィトラグスが言った後、ユアも考えを口にした。
「ディファートが差別されない世界にしてくれるとか?」
他の四人は、はっとした。
元の世界に帰り、異次元へ飛ばされた故郷を戻してもらうこともそうだが、ディファートと共に暮らすという発想は今まで無かった。
ディンフルがユアに尋ねた。
「何故、お前がそれを願う?」
「だって、ディファートって差別されて来たでしょ? いるだけで傷つけられるなんてひどいもん」
ユアは悲し気に返した。ディンフルやディファート全般に同情しているように見えた。
そこへ、ティミレッジも彼女に同調するように言った。
「僕もイヤだな、誰かが傷つけられるのを見るの。いくら過去に何かあったからって、今でも傷つけていい理由にはならないよ」
オプダットも元気よく賛成した。
「そうそう! 理想は差別とかいじめのない世界だよな! 元の世界に帰るとか、異次元から戻すのは魔法が戻ってからでも出来そうだけど、差別のない世界って魔法は関係ないもんな。ディファートに会ったことないから、どんな奴らか見てみたいな~」
「ここにいるだろ」
フィトラグスがディンフルを指して言った。
ディファートが激減している現在、彼らが唯一出会ったディファートがディンフルである。オプダットがすっかり忘れていると思い、半ば呆れながら指摘した。
そして、フィトラグスもユアの意見に賛成だった。
「確かに、差別を無くすのは一番の理想だ。魔王もモンスターもいない世界より実現が難しい。特に、ディファートへの差別が無くなれば、フィーヴェはもっと平和になると思うんだ」
ユアは自分の意見が聞き入れられ、喜ばしかった。
しかし、当のディファートであるディンフルは良い顔をしなかった。
「今さら、そんなものを願ったところで何がある?」
「“何がある”って、ディファートは絶滅寸前ですが、差別をなくせば免れるかもしれないんですよ?」
意外な返事に驚きながらもティミレッジが返答した。
「今いるディファートは救われるかもしれん。だが、命を落とした者達はどうなる? 戻って来ないぞ。誰一人として……」
ディンフルはやや怒りを交えて言った。四人は言葉を失ってしまった。
その時、菓子王の従者から「そろそろ時間です」と声が掛かった。
五人は王の間のど真ん中にいたことを思い出し、急いで退室した。