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断罪

リチャードの突然の宣言に周囲がざわつく。なにせ武力で成り上がった狂犬といわれるような国の王族だ。最近は大人しくしていたようだが、ガタイも大きく強面だから、単純に怖い。素直にリチャードの話を聞いた方が後々面倒にならないだろう。大半の人間はそう思った。


「いいか、大事な話だ! これから話すことをよく聞いてほしい!」


元から声が大きなリチャードの声は、ダンスホールの音響効果と合わさって端にまでよく届く。


一体何の話をするのか。アルフレッドも気になって奥の壇上にいるリチャードに注視する。


「これ食っていいんだよな? 食うぞ」


対してリーズフェルドは用意されている料理の残りに手を付けていた。バイト帰りでパーティーに直行したため、何も食べていない。とりあえず目に入ったローストビーフを一口頬張った。


「手掴みで食べないでよ! それより、リチャードが何かしようとしてるけど」


アルフレッドが思わず注意をした。手掴みで物を食べることもそうだが、今はリチャードの動向に注意するべきだ。何かと因縁のある相手が、わざわざこのタイミングに目立つ行動を取る理由が気になった。


「あ? 犬が吠えてるだけだろ? ほっとけ」


だが、リーズフェルドは我関せずといった感じ。まるで興味を示していない。


「そうだといいんだけどさ……」


入学初日に絡んできた相手だ。剣術の授業でも教師に無理を言って対戦させられた。放置したらしたで、面倒なことになりそうだった。


「単刀直入に言う! 今、俺のクラスで苛めが起きている! それは承知しているな?」


リチャードが発した言葉に何人かが反応を示した。当然アルフレッドも反応を示す。ただ、不可解なのが、なぜリチャードがそのことに声を上げているのかだ。


「心当たりがある奴がいるようだな。そうだ、苛めを受けているのは特待生で入学したソフィアだ!」


「なにッ!?」


その言葉にリーズフェルドが振り向いた。驚きに目を見開いている。


「知っての通り、ソフィアは平民出身だ。高度な治癒魔法の使い手だから、身分に関係なくワイズ学院に特待生として入学を許された。それが気に入らなかった奴がいる!」


リチャードの話への反応は様々。ざわざわと隣にいる者と話をする者もいれば、黙って視線を外す者もいる。リチャードの話の続きを待っている者なども。


「そんな奴が……ッ!」


リーズフェルドは怒りに手を震わせていた。平民だからという理由だけで理不尽な苛めをした奴がいる。弱い立場の者を強い立場の者が甚振る行為は、リーズフェルドが最も嫌悪するものだった。


「ソフィアは入学して早々に嫌がらせを受けるようになった! それは大なり小なりある。単に無視する者もいれば、直接的な嫌がらせをする者もいる! 人気のない場所に呼び出されて罵詈雑言を浴びせられたことなど日常茶飯事。それだけじゃない。寮の部屋を水浸しにされたり、飼っている猫を殺されたこともあるそうだ! だが、本当に悪質なのは、それらの嫌がらせ行為ではない! 本当の悪は、自分の手を汚さずに、手駒を使ってソフィアを苛めるように仕向けた奴、そう、苛めの主犯格だ!」


リチャードは声を高らかに言い放った。


「許せねえ……ッ!」


話を聞いていたリーズフェルドは、もう我慢の限界とばかりに壇上へと向かう。


「この卑劣な苛めを終わらせるために、今この場で、その主犯格を暴く!」


壇上の近くまでやってきたリーズフェルドは、その言葉に動きを止めた。これからソフィアを苛めた奴が暴かれる。誰がそんなことをしたのか、聞き逃すまいとリチャードを注視した。


「ソフィア、上がって来い」


「はい」


呼ばれたソフィアが壇上へとやってきた。その顔は真剣そのもの。いつもは優しい笑顔のソフィアが、憎悪に顔を曇らせているのが分かる。


(ソフィアにあんな顔をさせた奴がいるってのか……。絶対に許さねえッ!)


リーズフェルドが歯噛みしながら、ソフィアの様子を見た。


「それじゃあ、ソフィア。お前の苛めを指示していた主犯格の名前を言ってくれ」


「はい。私の苛めを主導していた人物、それはあなたですッ! リーズフェルド・ベゼルリンク!」


ソフィアがまっすぐ指さした先、怒りに満ちたその目がリーズフェルドを捉える。


「……はァ?」


全くの想定外の答えに、リーズフェルドが素っ頓狂な声を上げた。何故自分の名前が挙がっているのか、まるで理解できない。


「リーズフェルド・ベゼルリンクは平民である私のことを嫌い、自分の手を汚さず、主に取り巻きのマチルダ、コーデリア、ミラの三人を使って様々な嫌がらせをしてきました! 先ほどリチャード様が話をされた通り、私はずっと辛い苛めを受けてきました!」


涙目のソフィアがリーズフェルドを睨む。平民出身のソフィアが、バルド王国でも有数の上級貴族を名指しで苛めの主犯格であると宣言する。この行為がいかに勇気のいることであるか。生半可な覚悟ではなかった。


「……は? ちょ、っちょ、ちょっと待って! 俺が? 苛め? 主犯? 何言ってんだ? なあ、なんかの冗談だよな……?」


「あなたはッ! これまで私にしてきたことを冗談だったと言うのですかッ!」


ソフィアは牙を剝くようにして声を上げた。これまでのことを冗談で済ますすもりなのかと、怒りをさらに露わにした。


「い、いや、待て! 待て! 俺は知らない!」


「この期に及んでまだ白を切るというのですかッ! マチルダ達3人の後ろにあなたがいることは分かっているんですッ!」


「だから、俺は何も知らないッ! あいつらの後ろに俺がいるって、どういうことだ!?」


「あの3人から直接聞きました! あなたが私を嫌っていると! だから私は苛めを受けているのだと!」


ソフィアは3人で固まっているマチルダ達を指さして声を上げた。


リーズフェルドもソフィアが指さした方を向く。マチルダ達3人は俯いて視線を合わせようとしない。


その様子を見たリーズフェルドは、速足でマチルダ達の元へと向かった。


「おい! お前ら! ソフィアを苛めてたっていうのは本当なのか?」


リーズフェルドがマチルダ達を睨みつける。静かだが低い声音が、その怒りの強さを表していた。


「ヒィッ……。あの、私達は……。その……」


「やったのか、やってないのかどっちだッ! ハッキリ答えろッ!」


我慢できずにリーズフェルドが大声で怒鳴り散らす。


「……やって……いました……」


恐怖のあまり、震えながらマチルダが素直に答える。


「どうしてそんなことをした?」


再びリーズフェルドが低い声音で聞いた。


「そ、それは……」


「何度も言わすなッ! なんでそんなことをしたッ!」


リーズフェルドが怒声を巻き散らし、ビリビリと会場を揺らす。


「わ、私達は、リ、リーズ、フェ、フェルド様、のために……。リーズ、フェルド様に……気に入ってもらいたく……」


マチルダは涙目でまともに答えることもできない状態だ。他の二人も同様。同じ質問をしても、帰ってくる答えは同じだろう。


「俺のためだって言いたいのか?」


「は、はい……」


マチルダ達3人が怯えながら頷いた。


「皆! 見ただろ! あれがリーズフェルド・ベゼルリンクのやり方だ! ああやって、力で押さえつけ、恐怖で人を操る! 手駒にされた3人もまた被害者なのだ! 今も苛めの主犯を擦り付けようとしていた! だがな、そうはいかない! 公衆の面前でやり口を晒したんだ! もう言い逃れはできないぞ!」


リチャードが勝ち誇ったように声を上げた。その言葉に、周囲も再びざわつき始める。


「てめェ……よくもぬけぬけと……」


リーズフェルドが振り向いてリチャードをに見つけた。同時にその隣のソフィアと目が合う。軽蔑に塗れた冷たい目でリーズフェルドを見ている。


その目にリーズフェルドは思わず顔を背けてしまう。


「言いがかりはよせッ!」


そこにアルフレッドが割り込んできた。一連の話を聞いて、居ても立っても居られずにやってきた。


「言いがかりなものか! 現にソフィアは酷い苛めを受けているだろう!」


すかさずリチャードが反論する。


「リーズが苛めを主導するはずがないだろう! 苛めなんてものは、リーズが最も嫌う行為だ!」


アルフレッドも負けじと対抗するが、周りの反応は薄い。


「アルフレッド様! でも、私が苛めを受けていたのは事実です! それはご存じでしょう?」


ソフィアが必死に訴えかける。


「それは……。それでも、リーズが苛めに加担するなんてことはあり得ない!」


ソフィアが苛められていたというのが事実であることは、アルフレッドも知っていただけに切り返しが辛い。


「苛めに“加担”じゃない、主犯だって言ってるんだ! リーズフェルドが手駒を使って、ソフィアを苛めていた犯人なんだよ!」


追い打ちをかけるようにしてリチャードが言及した。全てはリーズフェルドが元凶であると。


「それがあり得ないと言って――」


「アル……。もういい……」


リーズフェルドは、言い争いを始めたアルフレッドの肩に手を置いて制止した。


「リーズ……?」


少し驚いたような表情でアルフレッドが振り返る。そこには少しだけ悲しそうなリーズフェルドの顔があった。こんな顔をしたリーズフェルドは初めて見た。


「下がってろ。これは俺の問題だ」


「でも、リーズ……このままじゃ……」


「お前の気持ちは嬉しいが、ケジメは俺がつける」


リーズフェルドは静かに言った。そのまま前に出て行き、ソフィアの前まで来る。


「ソフィア……。苛めの原因は俺なんだな……?」


「はい! 何度もそう言っています!」


ソフィアは強い口調で言い返した。決して屈することのない決意がその眼には見て取れた。


「辛い思いをしてきたんだな……」


「……はい」


「すまなかった!」


リーズフェルドは張り裂けんばかりの声を上げて、深く頭を下げた。そして、言葉を続ける。


「俺のせいでソフィアを苦しめた。だけど、これだけは信じてほしい、俺はソフィアを傷つけたいとは思っていない」


「それを信じろと言うのですか……?」


「ああ、そうだ。それだけは信じてほしい。だけど、許してくれとは言わない。俺のせいで嫌な思いをさせた。本当にすまなかった」


深く頭を下げたまま、リーズフェルドは謝罪の言葉を述べた。


「リーズがそこまでする必要ない! 冤罪だ!」


堪らずアルフレッドが飛び出してきた。まさか、無実の罪でリーズフェルドが深々と頭を下げて謝罪をするなんて思いもしなかった。


「アル……。いいんだ。下がってくれ」


「嫌だ! 僕は納得していない!」


「アルッ! これでいいんだ……」


「いいことないだろうッ!」


「俺にできることはこれだけだ」


リーズフェルドは最後にそう言い残すと、踵を返して去って行った。


「待って、リーズ!」


「来るな!」


後を追いかけようとするアルフレッドをリーズフェルドが制する。


「リーズ……」


その後は、誰もリーズフェルドを止めることができずに、無言で会場から去って行くのを見送るしかなかった。


残されたのは静寂のみ。誰も声を上げることができない。


そして、幾ばくかの無音が続いた後――


「そういうことだ諸君! 今宵、リーズフェルド・ベゼルリンクという悪が裁かれた! ダンスパーティーの締めとしては、相応しい余興だっただろう!」


勝ち誇ったリチャードが声を高らかに宣言する。


「余興だと!? 貴様ッ! 罪もないリーズを吊るし上げておいて、何が裁きだ!」


怒りに震えるアルフレッドが声を上げる。


「罪もない? ソフィアが苛められていたのは事実だろう?」


「リーズは関係ない!」


アルフレッドは諦めずに抗議の声を上げ続ける。


「アルフレッド様、お願いです、目を覚ましてください! 先ほどの怒鳴り声を聞いていたでしょう? あれが、あの女の本性なのです! 自分の手を汚さずに苛めをするような卑劣な女なのですよ!」


ソフィアが強く訴えた。マチルダ達に怒鳴り散らす姿を見ていても、アルフレッドはまだリーズフェフドを信じようとしている。もはや呪いにでもかかっているのではないかと疑うほどだ。


「なんだとッ!? リーズを卑劣と言ったか! お前はリーズの何を知っているというんだ!」


「ア、アルフレッド様……? 私は……、私はアルフレッド様のために――」


「何が僕のためだ! リーズを侮辱することは僕が許さない! 相手が誰であろうとなッ!」


完全に頭に血が上ってしまったアフルレッドが、ソフィアに対しても強い口調で返していた。


「ど、どうして……? アルフレッド様……、私はあなたを……」


アルフレッドの怒りをぶつけられたソフィアが困惑の表情を浮かべる。あれほど優しかったアルフレッドが、ここまで激高するとは思いもしなかった。純粋にアルフレッドを救いたいだけっだったのに。その想いがまるで届いていない。


「おいおい、アルフレッド王子様よぉ。立場の弱い人間にそんな態度は良くないだろう? まるで脅しているみたいだぜえ?」


笑いを堪えながらリチャードが割り込んできた。ニタニタと嫌な顔をしている。


「リチャード、貴様の差し金だろ! ソフィアを利用して、こんな茶番をでっち上げて!」


「おっとぉ? 今度は俺に難癖を付けるつもりか? あぁん? これはこれは、大変だあ。バルド王家がカラザス王家に言いがかりをつけてきやがった。さてと、どうするかなあ? 問題になるだろうなあ」


リチャードは大袈裟な動きで、アルフレッドを煽った。弱腰王子様はどんな反応をするのか楽しみといった表情をしている。


「問題にするならしてみろ! リーズを虚仮にされたんだ、国同士の問題になろうが関係ない! 僕は徹底的にやってやる! 覚悟しておけッ!」


アルフレッドは一歩も引かなかった。それどころか徹底抗戦の構え。カラザスと揉めることはバルド王国にとっては厄介なことではあるが、当然、カラザスの方としても歓迎したくないことだ。むしろ、カラザス側の方が分が悪いとも言える。それでも喧嘩を吹っかけてくるから狂犬国家と言われるのだが。


「――ッチ、調子に乗りやがって……」


リチャードはそれに対して、明確な態度を示すことはできない。想定外の反応に対処することができないでいる。


「二人とも落ち着きなさい!」


そこに割り込んできたのは、水色の長い髪をした少女。白いドレスに包まれたセシルだった。


「……セシル様」


アルフレッドがやってきた少女の名前を呼ぶ。一連の騒ぎはどこかで静観していたようだ。


「冷静さを欠いた状態では話し合いになりませんよ? それに、ソフィアはバスティア聖国の民です。バルド王国とカラザス王国だけで話をするものではありません。そうは思いませんか?」


セシルは落ち着いた口調で話しをした。それは過熱したアルフレッドの頭を冷やすには十分だった。


「…………はい」


「今宵は楽しい宴です。無関係の人まで巻き込むような真似は控えてください。ソフィアの件については、教会が預かります。よろしいですね、お二人とも?」


「はい……」


「……ああ、構わない」


アルフレッドとリチャードは、渋々ながらにもセシルの提案を承諾した。リチャードとしてはもっと甚振りたかったし、アルフレッドは何も納得していない。だが、教皇の娘が教会という立場を持ち出して、信徒であるソフィアの件を預かると言った以上、それを無下にすることはできない。


「それでは、時間も遅くなっています。今夜はこれで御開きといきましょう」


セシルはそう言うと振り返って、全員に帰るよう促した。そして、自然とアルフレッドの傍に来ると――


「アルフレッド様、少々お話があります。腑に落ちない部分が多すぎます。後で伺ってもよろしいですか?」


セシルは小声でアルフレッドに囁いた。


「はい……。承知いたしました」


セシルの物言いから、何かあるのだと感づいた。アルフレッドも誰にも気づかれないように返事をした。



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