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11. 夕焼け

 私達が海に行ったのは、雨もすっかり上がった梅雨明けの後だった。

 車を止めた小塚くんはひょいひょいと階段を上がっていく。私も小塚くんの後ろについて堤防をのぼった。顔が堤防の一番上を越すと眩しくて目をまともに開いていられない。夕暮れの海は、先月と同じ場所とは思えないほど明るく、金色のはじける光が美しかった。

 そのまま堤防を上がりきり、海に魅入る。小塚くんがぼそりと言った。

「絶景ポイントなんだ。夕焼けの、だけど。」

 夜景には見るべきところがない。それは私も知っている。

「そうだね。」

 じっとしていると掬い取るように手を握られた。

「ちょっと、小塚くん。心配し過ぎだって。平気だって言ったじゃない。」

 声をかけると彼は私を肩越しに振り返った。ばつの悪そうな表情をしている。

「いや、でも。ていうか違うんだけど。うん、やっぱりいいや。」

 要領を得ない返事の後で小塚くんは手を離して海へ向いた。大きく息を吸ってから両手でメガホンを作って彼は思い切りよく叫ぶ。

「朝比奈さん、失恋おめでとー!」

「はあ?」

 思わず出た声は裏返っていた。驚き過ぎて、ふらっと足元が揺れる。ぱっと小塚くんの手が戻ってきて、今度は肘の上をしっかり掴まれた。

「ほら、危ない。」

 したり顔で言うので、思い切り睨んでやった。

「こ、これは、あんたのせいでしょうが!」

 怒鳴られた小塚くんは、私をまじまじと見てから大声で笑いだした。

「怒った!ははは。怒られた!」

 何がおかしいのか分からないけど、小塚くんは体をねじって大笑いしている。それでも私の腕だけはしっかり握って離さない。

「もう。何なのよ。」

「だって、朝比奈さんがそういう風に怒るの初めて見たよ。」

「怒らせるようなことするからじゃない!」

 驚き過ぎて今でも心臓がどきどきしている。この堤防は本当に落ちたら洒落にならない。でも、小塚くんは全く堪えた様子がなかった。

「怒る元気が出てよかったよ。」

 急に優しげににっこり笑ってそう言うので、私はどんな顔をすればいいのか分からなくなった。中途半端に顰め面をキープしたまま戸惑う私に生意気な流し目を寄越してから小塚くんは海に目を向けた。

「それにさあ、夕日をみたら叫ぶもんでしょ。」

「知らない。ドラマの見過ぎじゃないの。」

「またまた。本当は一回くらい馬鹿野郎って叫んでみたいくせに。」

 振り返った彼はにやにやしている。

「いらないわよ。」

 こっちは驚かされて笑われて振り回されてばかりなのに小塚くんが余裕ぶっているのが憎らしくて、意地になってむくれた。

 すると小塚くんはふっと肩の力を抜いて小さく笑った。

「もう。朝比奈さんは素直じゃないんだから。」

 しょうがないな、そう言って小塚くんは海に向き直った。


 あ、また間違えた。見捨てられてしまう。諦められてしまう。


 急に心臓がどきどき言いだして、胃のあたりがきゅっと痛む。でも、小塚くんの手は私から離れていかなかった。

「もう一回、お手本見せてあげるから。」

 そう言って彼は空いている片手だけでメガホンを作って叫んだ。

「ばっきゃろー!」

 彼のお手本は馬鹿馬鹿しくて、いっそ清々しかった。さあどうだ、と言わんばかりにこちらを振り返って見せる顔はとても自慢げで、楽しそうだった。見捨てられた訳じゃない。そう思ったらほっとして、私は久しぶりに声をあげて笑ってしまった。これはもう、私の負けだ。

 ようし。こうなったらやってやろう。私は海に向かって仁王立ちになった。大きく息を吸う。


「小塚千夏の馬鹿野郎―!」


「ええ、俺?!」

 目を丸くして自分を指さしている小塚くんを見て笑ってやる。

「元カレへのご挨拶はもう済んでるから。」

 今更、春市に何か言う必要はない。

「え。でも、なんで俺なの?」

 私は夕日に赤く照らされている小塚くんに向かって偉そうに顎を上げた。

「褒めたのよ。」

「どの辺が。」

「素直だねって。」

 困惑顔の小塚くんを放っておいて、私はもう一度海に向かって叫んだ。


「小塚千夏の、大馬鹿野郎―!」


 大きな声を出した勢いに任せて、肘に添えられたままの小塚くんの手ごと大きく伸びをする。なかなか爽快な気分だ。

「朝比奈さんって、本当に素直じゃないんだねえ。」

 つられて伸びながら小塚くんが繰り返した言葉は、今度は、それでもいいよと言ってくれているように聞こえた。


おしまい。

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