CHAPTER17『秩序vs革命』
静寂は、次の瞬間、破られた。
看守長レヴィアスの一歩が、立ち入り禁止区域の空気を一変させる。
その動きは静かで――致命的なほど速かった。
ジルの目が見開かれる。
(!? 早い……!)
次の瞬間――
レヴィアスは一瞬でバレルの間合いへ踏み込んでいた。
鋭い蹴りが唸る。
ドガッ!!
バレルは咄嗟に右腕で受け止める。
だが、甲殻に亀裂が走った。
ビシシッ!
衝撃が全身を貫く。
「グッ……!」
バレルが歯を剥く。
「バケモンめッ……! こっちの腕は、まだ治ってねえってのによ……!」
その瞬間――ジルが跳んだ。
レヴィアスの背後へ回り込み、拳を振り上げる。
(……今だっ!)
だが。
レヴィアスの瞳がわずかに動く。
(!?……早い、だが……)
するりと身体をずらし、拳を空へ流す。
次の瞬間。
ドムッ!!
レヴィアスの拳が、ジルのみぞおちへめり込んだ。
「!?」
ジルの身体がくの字に折れる。
「グボッ……!」
息が一気に吐き出される。
「……はぁ、はぁ……」
ジルが顔を上げる。
「こいつ……!」
その背後――
ヴォルグの鉄棒が、レヴィアスの後頭部へ振り下ろされる。
だが。
それすら、レヴィアスは一瞥もせずにかわした。
振り向きざまの裏拳。
ドガッ!!
ヴォルグの顔面に叩き込まれる。
血飛沫が散る。
ヴォルグの身体が吹き飛び――壁へ激突した。
ドンッ!!
「……ッ!」
ヴォルグは血を吐き、膝をつく。
(……クッ、なんて反応速度だ)
口元から垂れた血を、左手の甲で拭う。
そのまま、レヴィアスと背後の看守たちの位置を静かに観察した。
ヴォルグの目が細くなる。
(……背後の看守たちは動いていない……)
レヴィアスを睨む。
(コイツ一人で――俺たちなど十分だということか……!?)
その時――
背後に下がっていたレクスが叫んだ。
「……おめぇら! 目ぇ瞑ってろ!」
次の瞬間。
キィィィンッ……!
レクスの提灯が白く爆ぜた。
橙色だった光が、一瞬で白光へ変わる。
通路の石壁が、昼のように照らし出された。
看守たちの影が、石壁に焼き付く。
レヴィアスの視界が完全に消えた。
「……!?」
その隙を逃さず――
「ウオォォォッ!!」
バレルが突撃した。
だが――
レヴィアスは目を閉じたまま正確に跳躍し――突撃をかわす。
「遅い……」
空中で身体を反転。
次の瞬間――
ドガッ!!
重い蹴りが、バレルの背中に叩き込まれた。
「グワッ!」
バレルの身体が前のめりに吹き飛び、床へ叩きつけられる。
「……クソッ!」
薄目をあけたレヴィアスはゆっくりと息を吐いた。
「……無駄な動きが多すぎる」
静かに言う。
「戦いとは――」
一歩踏み出す。
「最短で終わらせるものだ」
その刹那――
レヴィアスの身体が、再び宙へ舞った。
一直線に――レクスの背後へ。
レヴィアスが低く吐き捨てる。
「……フン、目障りだ」
振り向きざま――
しなる尻尾が、レクスを打ち払った。
バシンッ!!
レクスの身体が吹き飛び、壁へ激突する。
ドンッ!!
崩れ落ちる。
だが――レクスは歯を食いしばり、どうにか立ち上がった。
「……クッ」
息を吐く。
「俺は戦えねえんだ……!」
ジルたちを睨む。
「おめぇら――何とかしやがれ!」
ジルが歯を食いしばる。
「!? レクス!……クソッ!」
右腕が軋む。
ギチッ……
皮膚の下から、鉛色の光沢が浮かび上がった。
ヴォルグの目がそれを捉える。
すぐに叫んだ。
「バレル! 連携だ!」
振り向く。
「ジル! 頼んだぞ!」
「おう!」
バレルが鋏を振り上げる。
ジルが頷く。
「ああ……!」
右腕の鋼が、さらに軋んだ。
ギチッ……
レヴィアスがその様子を眺める。
「……面白い」
口元がわずかに歪む。
「弱者共の連携とやらを――見せてもらおうか」
両腕をゆっくり広げた。
次の瞬間――
バレルとヴォルグが同時に踏み込んだ。
甲殻鋏と鉄棒が、唸りを上げる。
ヴォンッ!!
レヴィアスの瞳がわずかに細くなる。
「……フン」
静かに呟いた。
「単調な攻撃だ……」
次の瞬間――レヴィアスの身体がわずかに沈んだ。
下段蹴りが、閃く。
踏み込んだバレルの左足が――
容赦なく刈り払われた。
「!?」
バレルの体勢が崩れる。
その瞬間。ヴォルグの鉄棒が、バレルの背中をかすめた。
「チッ……!」
レヴィアスはその隙を逃さない。
次の瞬間――
ドゴッ!!
拳が、バレルの顎を打ち抜く。
バレルの巨体が宙に浮き、そのまま吹き飛び――
隅に積み上がっていた瓦礫へ叩き込まれた。
ドガァン!!
石片が弾け飛び、瓦礫が崩れ落ちる。
レヴィアスは、さらに身体を回転。
ヴォルグの鳩尾へ裏回し蹴りを叩き込んだ。
ドムッ!!
「グッ……!」
レヴィアスがゆっくりとジルを見る。
「……次は貴様か?」
一歩踏み出す。
その瞬間――
瓦礫の中からバレルの鋏が伸びた。
ガシッ!!
背後からレヴィアスの両腕の付け根を掴む。
「……!?」
バレルが歯を剥く。
「捕まえたぜ……レヴィアス!」
次の瞬間。
ヴォルグが地を蹴った。
低く滑り込むようにレヴィアスの足元へ飛び込み――
右膝に腕を絡めるようにして掴み取る。
ガッ!!
踏み込んだ衝撃で床石が砕け、石片が弾け飛んだ。
ヴォルグが叫ぶ。
「今だ、ジル!」
ジルの身体が沈み込み、次の瞬間――
トビウオ魚人特有の跳躍が爆発した。
床を蹴ったジルの身体が、一瞬でレヴィアスとの間合いを潰す。
右腕が振りかぶられ、鉛色の拳が唸った。
「当たれぇッ!!」
だが――
レヴィアスは動けない。
両腕を、バレルの鋏にがっちり挟まれ、足元ではヴォルグが右膝を掴み、床へ押さえ込んでいる。
「クッ……!」
次の瞬間――
バギィィィンッ!!
鋼鉄の拳が、レヴィアスの胸骨へ叩き込まれた。
衝撃が通路を揺らす。
バレルとヴォルグごと、レヴィアスの身体が弾き飛ばされた。
ドガァァン!!
三人の身体が壁へ激突する。
石壁が震え、破片が散った。
背後の看守たちの目が見開かれる。
「!?」
瓦礫の中で、レヴィアスが低く呻く。
「……グッ」
その隣で――
壁に叩きつけられ、逆さまになったバレルが口元を歪めた。
「……なんて威力だ」
ニヤリと笑う。
「ヘッヘッヘ……」
その横で、ヴォルグがゆっくりと頭を振った。
「……フゥ」
息を吐き、こめかみを押さえる。
「危ないな……危うく意識が飛びかけた」
奥の瓦礫の中から、手が伸びる。
ゆっくりと石片を払う。
レヴィアスが立ち上がった。
胸元には、拳の跡が残っている。
その奥で――骨がわずかに軋んだ。
「……グッ」
口元から、細い血の筋が落ちた。
レヴィアスはそれを親指で拭う。
「……なるほど」
小さく息を吐いた。
細い瞳が、ジルへ向けられる。
レヴィアスが口元を歪めた。
「面白い技を持っているようだが……」
一歩踏み出す。
「もう仕舞いか?」
その時――
ジルの鉛色の腕が、ゆっくりと元の色へと戻っていた。
ジルが歯を食いしばる。
(……クソッ、効いてないのか!?)
レヴィアスが、さらに一歩前へ出た。
だが――
ズキンッ……!
胸の奥に鋭い痛みが走る。
「……!」
レヴィアスは反射的に胸へ手を当てた。
背後の看守たちが、一斉に武器を構える。
前へ踏み出そうとした――その瞬間。
スッ。
レヴィアスの左腕が伸びた。
「……下がれ」
低い声が落ちる。
看守たちの動きが止まった。
レヴィアスがジルたちを見据える。
「……フッ」
口元がわずかに歪む。
「お前たちは――何者だ?」
通路に、短い沈黙が落ちる。
ジルが一歩前へ出た。
「……俺たちは」
鋭く睨み返す。
「蒼海の解放軍だ」
レヴィアスの細い瞳が、わずかに細められる。
「……蒼海の解放軍、だと?」
一瞬、考えるように視線を逸らす。
「そういえば、報告に上がっていたな」
ゆっくりとジルたちを見渡す。
「三大派閥にも属さない――第四の勢力が動き始めている、と」
そして、口元がわずかに歪む。
「……貴様らのことだったか」
バレルが起き上がり、吠えた。
「おうよ!」
鋏を鳴らす。
「俺たちは三大派閥にも屈しねえ!」
睨みつける。
「お前ら看守どもの掌の上で踊るつもりもねえ!」
レヴィアスが小さく鼻を鳴らす。
「……フン」
細い瞳がジルたちを見据える。
「抵抗してみせたところで――所詮は囚人だ」
一歩、静かに踏み出す。
「囚人風情が……何をしようという?」
ジルが睨み返す。
「……決まってる」
拳を握る。
「差別と抑圧で腐りきったこの世界を――変える……そのために、俺はこの監獄を生き抜いて外へ出るんだ!」
レヴィアスの口元が歪む。
「フッ……大それたことを言う」
細い瞳がジルを射抜く。
一歩、静かに踏み出した。
床に落ちた瓦礫が、コツ……と小さく転がる。
「世界を変えたいのなら、まずは――」
わずかに首を傾ける。
胸元の拳痕に手を当てたまま、レヴィアスは四人を睨み据えた。
「この監獄を支配する秩序を叩き潰してから言え」
低い声が、通路の奥まで静かに響いた。
ジルは鋭い視線をレヴィアスへ向ける。
「……そのつもりだ」
わずかな沈黙。
レヴィアスの眉が、ほんのわずかに動いた。
「……ほう」
細い瞳が細められる。
「明確に――我ら看守にも牙を剥くと言うのだな……?」
ジルは一歩踏み出す。
「……俺たちの道を塞ぐと言うのなら」
拳を握る。
「薙ぎ倒してでも、進むしかない」
レヴィアスが小さく息を吐いた。
「……愚かな」
ゆっくりと首を振る。
「秩序というものはな……力ある者が弱き者を守るためにある」
細い瞳が鋭く光る。
「そう簡単に崩れるものではない」
ジルが一歩踏み出した。
「……お前の言う通りだ」
拳を握る。
「俺は――俺たちは」
「この力を弱き者たちのために使うつもりだ」
レヴィアスの瞳がわずかに細くなる。
ジルは続けた。
「……だが、その秩序が弱き者を押さえつけるためのものなら――」
拳を強く握る。
「俺たちは、それを壊す」
わずかな沈黙。
レヴィアスが小さく笑った。
「……なるほど」
細い瞳がジルを見据える。
「革命家きどりの理想主義者か」
わずかに肩をすくめる。
「だがな」
一歩、踏み出す。
「世界というものは、理想だけで回っているわけではない……理想だけで守れる命など、一つもない」
静かな声が落ちる。
「だから秩序が必要なのだ」
レヴィアスはゆっくりと腕を下ろした。
「そして――」
細い瞳が鋭く光る。
「その秩序を守るのが、我ら看守の役目だ――貴様らのような者を、ここで止めることも含めてな」
レヴィアスの足元で、砕けた石片が音を立てて崩れた。
それでも彼の姿勢は、微動だにしていない。
通路に静寂が落ちる。
その時――
レクスが鼻で笑った。
「……ほぉ」
提灯の光が、ゆらりと揺れる。
「面白ぇこと言うじゃねぇか、看守長さんよ」
肩に乗った土埃を払う。
「秩序が弱ぇ奴を守る、ねぇ」
わずかに首を傾ける。
「俺の見てきた秩序はな――だいたい強ぇ奴が自分たちを守るために出来てたんだがな」
通路が静まり返る。
レヴィアスの細い瞳が――
ゆっくりとレクスへ向けられた。
理想、秩序、そして構造――三つの思想が、今、正面からぶつかる。
《蒼海の解放軍》より、深海監獄から感謝を込めて。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
もし物語を面白いと感じていただけたら、
あなたの一票(=★評価・ブックマーク)が、
監獄で抗い続ける仲間たちの力になります。
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これからも『半魚囚人ジル』をよろしくお願いします。




