表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/38

CHAPTER18『深海監獄の闇と消えた囚人』

理想は刃となり、

秩序は壁となる。

そして――その狭間で、構造を見抜く者が静かに笑っていた。

深海監獄アビスロックの静寂は、

次の瞬間、再び破られる。






レヴィアスの細い瞳が、ゆっくりとレクスへ向けられた。


冷たい沈黙が通路に沈んだ。


やがて、低い声が落ちる。

「……フン。貴様が何者かは知らんが、囚人が看守に秩序の講釈とはな。だが――結論は変わらん」


細い瞳が鋭く光る。

「秩序が無ければ、この監獄は一瞬で戦場と化す」



通路に冷たい声が響いた。

「勘違いするな。囚人どもを救うためではない。

この監獄を監獄として成立させるために、我々がいる」



レクスが肩をすくめ、くくっと笑う。

提灯の光が、ゆらりと揺れた。

「なるほどな。つまりあんたらは――“地獄を管理してる”ってわけだ」


筆の先を軽く揺らす。

「弱ぇ奴が踏み潰されても、檻の形だけは保つ」


鼻で笑う。

「それが秩序か」


レクスは紙片へ目を落とし、端に短く文字を走らせた。

――秩序の名を借りた放置。

墨が、ざらついた紙に滲む。




レヴィアスの瞳が細くなる。

「……そうだ」


一歩、踏み出す。

「それでも秩序を壊すと言うのなら――」


全員を見据える。

「貴様らは、この監獄を戦場にする覚悟があるのだな」




ジルが前へ出た。

「……ある。覚悟はできている」



通路が静まり返る。



拳を握り、レヴィアスを真っ直ぐ見据える。

「俺たちは、この監獄の論理に従うつもりはない」


低い声が落ちた。




バレルが鋏を鳴らし、低く吐き捨てる。

「ケッ……もともと、ここは地獄みてぇな場所だ。 今さら戦場になったところで、何が変わる」




その横でヴォルグの視線が鋭さを増し、通路を走る。


看守の配置、瓦礫の位置、抜け道の距離。

(……三十歩)


短く息を吐く。

(だが、あのレヴィアスがいる限り――隙はない……)




通路に、短い沈黙が落ちた。




レヴィアスはしばらくジルを見つめていた。


やがて、小さく息を吐く。

「……いいだろう」


細い瞳がジルたちを見据える。

「弱者共の連携も――悪くはなかった」




レヴィアスは静かに背を向けた。

(……今ここで潰すには――少し惜しい)




看守たちの槍先が、かすかに揺れた。




レヴィアスは振り返らない。

「だがここは看守しか入れぬ封鎖区画だ」


冷たい声が落ちる。

「我々の仕事の邪魔をするな」


顎で通路の奥を指す。

「消えろ」




背を向けたまま言葉を継ぐ。

「ここで生き残れるのなら――その理想とやらを、この監獄で証明してみせろ」




声がさらに冷える。

「この監獄は……理想が死ぬ場所だ」




ジルは覚悟の宿った目で、レヴィアスを睨み返していた。




短い沈黙。




その横で、バレルが低く唸る。

「……チッ。どういう風の吹き回しだ」


鋏を鳴らす。

「俺たちを見逃すってのか?」




レヴィアスは、静かに言う。

「……見逃す? 違うな」


背を向け、ゆっくりと通路の奥へと歩き出す。

「貴様らの結末がどうなるのか――見届けてやろう」




その時、レヴィアスがふと足を止めた。


首だけをゆっくりと傾ける。


細い瞳が、バレルを射抜いた。

「……バレル」


低い声が落ちる。

「その連中に賭けるつもりなら――最期まで付き合うがよい」


その声が、さらに冷えた。

「中途半端な覚悟で選んだ道なら――いずれ自分を呪うことになる」




バレルが低く吐き捨てる。

「ケッ……当たり前だ」


鋏を鳴らす。

「自分で選んだ道だ、後悔なんざしてたまるか」



レヴィアスの口元が――ほんのわずかに動いた。


だがそれが笑みだったのかどうか、誰にも分からない。




レヴィアスはそれ以上は何も言わず、そのまま通路の奥へ進んでいく。




看守たちも松明を掲げながら黙って後に続き、足音が徐々に遠ざかっていった。




ジルは、ゆっくりと息を吐く。

(……あれが看守長レヴィアス……)


胸の奥に、重い何かが沈む。




やがて、静寂が戻る。


誰も動かない。




その沈黙を破ったのは――


レクスだった。

「……クク」


肩をすくめる。

「どうやら看守長さんは、俺たちの続きが見たいらしい」


口元に皮肉を浮かべる。

「この地獄で、どこまで生き残れるか――ってな」


提灯の光が、ゆらゆらと通路の壁を照らしていた。




その揺れる光の中で、ジルは静かに拳を握る。





やがて――


四人は互いに目を交わし、言葉を交わすことなく踵を返す。


錆びた鉄格子と湿った石壁が続く長い通路の奥へ、足音が静かに吸い込まれていく。


第二階層 封鎖区画の闇を抜け、彼らは一度、蒼海の解放軍のアジトへと戻ることにした。


この監獄で生き残るための、次の一手を考えるために。







第二階層 蒼海の解放軍アジト――




古びた木の壁と梁に囲まれた旧補給庫の中で、提灯の淡い光がゆらゆらと揺れている。


四人は奥へ入り、崩れた木箱の周りに腰を下ろした。

バレルは壁にもたれ、ヴォルグは膝に手を置く。

ジルは右腕を押さえ、レクスは提灯の光を少し落とした。





しばらくの沈黙のあと、バレルが大きく息を吐く。

「……ふぅ」


鋏をだらりと下げる。

「結局、収穫ゼロかよ……」


力の抜けた声が木の壁にぼんやりと響いた。




その横で、ヴォルグが静かに首を振る。

「……いや、看守長レヴィアスと正面からやり合えた」


ゆっくりと言葉を選ぶ。

「それで分かった。

俺たちが――どこまで戦えるのか」





バレルが顔をしかめる。

「クソッ……。レヴィアスの野郎……体のあちこちが痛え……!」


鋏を鳴らし、忌々しそうに吐き捨てた。




その横で、ジルが拳を握る。

「……四人がかりで、ようやく一発返せた」


低い声が落ちる。

「それでも、あいつは余裕だった」




ジルの視線が床に落ちる。

「看守長――か」


静かな声がこぼれた。




その時、レクスがくくっと笑う。

「いや、俺は戦力に入れなくていい」


三人の視線が向く。


レクスは提灯を揺らしながら言った。

「俺はただ――見てただけだ。 この監獄が、どういう場所かをな」


レクスは天井の梁を見上げ、わずかに笑う。

「面白い場所だぜ、ここは――生き残る奴と、消える奴がはっきり分かれる」


静かな声が落ちた。




バレルが笑う。

「ハハッ……確かに。妙な場所だな、この監獄は」


鋏を鳴らす。

「強ぇ奴があっさり死ぬかと思えば――」


レクスを指す。

「戦えもしねぇおめえが、まだ生きてやがる」




レクスの眉がぴくりと跳ねた。

「うるせぇ! だから面白ぇんだろうが!」


――そして、ふと顔をしかめる。

「……って、おい」


レクスの視線がバレルに向く。

「そういえばお前、元看守って――どういうことだよ……!」




バレルが気まずそうに視線を逸らす。

「お、おお……やっぱりバレちまったな」


少しばつが悪そうに笑う。

「俺の黒歴史ってやつだな」




レクスの眉が跳ね上がる。

「黒歴史だと!? 看守から囚人にジョブチェンジって……とんでもねぇ経歴じゃねぇか、おい! それに普通は、囚人になる方が黒歴史だぞ!」




その横で、ジルが静かに口を開いた。

「……何があったんだ」


視線はまっすぐバレルに向いている。





バレルはすぐには答えなかった。


鋏の先で、首の後ろの甲殻をがり、と掻く。

それから、深く息を吐いた。




やがて――


「……昔の話だ。 まだ俺が看守だった頃――第二階層で、妙な囚人に出会った」


鋏を肩に担ぎ直す。

「デメニギス魚人の男だった。罪状は軽いもんだ。政府の古い記録を盗み見たとか、そんな程度のな。

だが……あいつは妙に静かな奴だった」


鋏を鳴らす。

「他の連中みてぇに騒ぎもしねぇ」


バレルは、少しだけ声を落とす。

「まるで、この監獄の裏側まで見えてるみてぇな目をしてやがった」


遠くで、水の落ちる音がした。


バレルは少しだけ視線を落とし、鼻を鳴らした。

「一度だけ、そいつが乾パンを半分、俺に寄越したんだ。

“看守も腹は減るだろ”ってな」


バレルは鼻で笑った。

「囚人が看守に食いもん分けるなんざ、普通じゃねぇ。

……変な奴だった」




ヴォルグが眉をひそめる。

「……それで?」




バレルは鼻を鳴らす。

「ある日、気づいた。このままじゃ、あいつはもうすぐ処刑に回されると」




ジルが低く問う。

「……何でだ?」




バレルは鋏を小さく鳴らした。

「乾パンをもらったあと、妙に気になっちまってな……巡回のたびに、少しだけ話すようになってよ」


少し声を落とす。

「そしたらあいつ、妙なこと言いやがった。 “この監獄はおかしい”ってな」



バレルは続ける。

「囚人が死ぬ順番が、出来すぎてる。

まるで何かを試してるみてぇだ、次は俺の順番だと」



ヴォルグの表情が険しくなる。




バレルは肩をすくめた。

「最初は馬鹿な話だと思った」


低い声が落ちる。

「だが、その数日後だ。第一階層の詰所で、副看守長と看守どもが話してるのを聞いちまった」


鋏が、ギリ、と鳴る。

「“次はあのデメニギスだ”ってな」


アジトの空気が、少し重くなる。


「罪状は軽い。暴れたわけでもねぇ。派閥に入ってたわけでもねぇ。

それなのに、処刑名簿に上がってた」


吐き捨てる。

「ふざけてやがる。もっとやべえ奴らなんて、山ほど野放しだってのによ」




バレルは鼻で笑う。

「それが一度や二度じゃねぇ。そんなのが何度も続きゃ、さすがに気づく」


一拍置く。

「ここじゃ、罪の重い軽いなんて関係ねぇ。政府の都合ひとつで、処刑に回される」


低く吐き捨てる。

「……この監獄は、腐ってやがる」




その言葉を、誰も否定しなかった。





「だから――そいつを逃がそうとした」




ジルの目が、はっきりと見開かれた。

看守だった男が、囚人を逃がそうとした。



バレルは続けた。

「看守服を着せてな。

一緒に巡回してるって顔で、第一階層まで連れてった」




ヴォルグが顎に手を当てる。

「なるほど……看守でなければ使えない手だ」




バレルは淡々と言う。

「ちょうどその日、補給船が来てたんだ。食糧を持ち込む船だ」


短く息を吐く。

「そいつを、その船に紛れ込ませた……それで終わりのはずだった」




「……だが、すぐバレた」

鋏を鳴らす。




レクスが笑った。

「そりゃそうだろうな」




バレルは下を向く。

「ケッ……で、俺は捕まった」


低い声が落ちる。

「看守が囚人を逃がした……当然の処分だ」




アジトの中に静寂が落ちた。




ジルが静かに口を開いた。

「……それで、その逃がそうとした囚人はどうなったんだ?」




バレルは少しのあいだ黙り込んでいたが、やがて鼻を鳴らした。

「……さあな。俺はすぐ、ぶん殴られてそのまま第二階層送りだ」


鋏をだらりと下げ、肩をすくめる。

「その後のことは知らねぇ。ここじゃそいつの姿も見てねぇし……すぐに処刑されちまったのかもしれねぇ」




短く息を吐く。

「もしそうなら――俺がやったことは、ただの自己満足だったのかもな」




アジトの中に、しばし静かな空気が流れた。




やがて、その沈黙を破ったのはレクスだった。


提灯を軽く揺らし、鼻で笑う。

「……処刑、か」


肩をすくめる。

「この監獄じゃ、死体でも転がってなきゃ本当に死んだかどうかも分からねぇ」


口角をわずかに歪める。

「消えた囚人なんざ、いくらでもいる」




その横で、ヴォルグが静かに口を開いた。

「……だが、看守だったお前が、命令に背いてまで逃がした相手だ」


バレルを見据える。

「それだけの価値がある男だったということだろう」




ジルが小さく息を吐いた。


そして、まっすぐバレルを見る。

「……だったら、そいつはきっと生きてる」


静かに続けた。

「お前が命がけで逃がしたんだ。 簡単に終わるような奴じゃない」




バレルがぼそりと呟く。

「……だといいがな」




提灯の火が、静かに揺れていた。






深海監獄アビスロック。

この監獄では、理想は――簡単に折れる。

名も、罪も、存在した痕跡さえも、闇に沈む。

だがそれでも、誰かがまた理想を掲げる。

そしてこの監獄の闇は、そんな理想さえも静かに呑み込み続けていた。


だが、その闇の底で――

第二階層の均衡は、すでに崩れ始めていた。


《蒼海の解放軍》より、深海監獄から感謝を込めて。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。


もし物語を面白いと感じていただけたら、

あなたの一票(=★評価・ブックマーク)が、

監獄で抗い続ける仲間たちの力になります。


▼作者Xはこちら

https://x.com/00aomiray00?s=21


これからも『半魚囚人ジル』をよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ