プロローグ『自由の果て』
深く、冷たく、そして果てしない闇に満ちた海の底。
巨大な監獄船『ネプチューンズ・コフィン』は、その黒々とした水面をゆっくりと切り裂いてゆく。
その船内は鋼鉄の壁に覆われ、囚人たちが重い鎖で縛り付けられていた。囚人たちの表情はみな暗く、ただ諦めだけが彼らを包んでいる。
その中に一人だけ、静かに目を閉じ、呼吸のリズムを崩さない魚人がいた。
彼の名はジル・レイヴン。
トビウオ魚人の彼は、翼のような特徴的なヒレを耳元と頭部に持ち、鋭い眼差しと引き締まった体躯をしていた。
──終身刑。
世界で最も恐れられる牢獄、深海監獄アビスロック行き──
「反乱罪」という札を貼られ、海の底へ沈められる。
それが政府の答えだった。
世界は今や、海洋の覇権を握った魚人と、陸地を支配する獣人が主役となり、かつて栄えた人間は、少数が細々と暮らしているのみだった。
ジルはその世界の中で、“ブルータイド”の一員として戦っていた。
差別と抑圧に抗い、自由と平等を掲げる反体制組織だ。
だが、その理想は政府軍の圧倒的な暴力の前にあっけなく砕かれる。
仲間は死んだ。
叫びも、魂も、深海に呑まれた。
生き残った者も散った。
そして、ジルだけが捕らえられた。
鎖が擦れる音が、船内の静寂を何度も裂く。
誰の呼吸も、重く鈍い。
目を閉じているのは、諦めたからじゃない。
今はまだ――待っているだけだ。
呼吸の奥で、拳の感覚を確かめる。
(……俺はまだ生きている……ならば、抗ってでも生き延びてやる)
やがて船内に冷たいアナウンスが響く。
「間もなく深海監獄アビスロックに到着する。囚人ども、立て!」
囚人たちが立ち上がり、重い鎖を引きずりながら船の窓から外を見た。
窓の外に は闇の中から巨大な影が浮かび上がった。海底の岩盤を掘り抜いて作られた要塞──深海監獄『アビスロック』がその禍々しい姿を現したのだ。
「……あれが……」
誰かの声が震えた。
その瞬間、囚人たちの顔から色が消える。
船が近づくにつれ、監獄唯一の出入口が姿を現す。
それは、海の自由と深海の檻を分かつ境界――鋼鉄の巨大門『深淵の錠前』だった。
やがて、低く重い軋み音を響かせながら、その門はゆっくりと、開き始める。
船はその中に吸い込まれるように入ってゆく。
船が監獄港に到着すると、囚人たちは荒々しく降ろされ、冷たい石畳の上に立たされる。
その前に立ちはだかったのは、巨躯のシャチ魚人。
ただ立っているだけで、周囲の空気が重くなる。
看守たちですら声を潜め、背筋を伸ばしている。
監獄長ギルバート。
この監獄の“王” 絶対的支配者だ。
ギルバートが冷たく囚人たちを見下ろした。
「囚人ども、お前たちを拘束している鎖を外してやる。自由に動くがよい」
囚人たちはわずかに期待の表情を見せたが、ギルバートはすぐにそれを打ち消すように続ける。
「勘違いするな。この監獄の外郭
は、超高密度の岩盤に閉ざされている。逃げ道など存在しない。
脱獄などは、不可能だ」
ギルバートの口元が、わずかに歪む。
「お前たちが自由に動ける理由はただひとつ──お前たち囚人同士が勝手に争い、互いに潰し合うことが、我々看守にとって都合がいいからだ」
一拍置き、冷たく付け加える。
「そうすれば――我々が“管理”する必要すらなくなる」
ギルバートは冷たく笑い、背を向け歩き出す。
看守たちが無言で続いた。
周囲の囚人がざわつく中、ジルだけは冷静に拳を握りしめ、ギルバートの背中を睨んだ。
(絶望に屈するつもりはない。俺は必ずここから出る──)
ギギギギィ……
その時だった。
下の階層へと続く扉が開かれ、囚人たちは混沌の中に投げ込まれていく。
ジルは深く息を吐き、暗闇の中へ踏み出した。
──闇の扉が開かれた瞬間、囚人たちは“地獄のルール”に縛られる。
だが、その鎖を断ち切ろうとする者が一人だけいた。
これは、反逆者ジルが世界を変えるまでの物語だ。
《蒼海の解放軍》より、深海監獄から感謝を込めて。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
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これからも『半魚囚人ジル』をよろしくお願いします。




